プリントを無くした。
小学生の記憶と言ったら、仲が良かった友達のことが真っ先に思い浮かぶ。
……逆に、ヤーコフとの思い出しかないのかも知れない。
* * * * * *
「ねえヤーコフ、プリントがないんだけど」
「どの?」
「算数の。今日の宿題のやつ」
「あー、あの分数のやつ?」
「そうそう。もう、ランドセルの中、全部ひっくり返したけどどこにもないの」
「落とした?」
「わかんない。もしかしたら持って帰ってくる時点で失くしてたのかも……あーもう最悪!」
「うんうん。まあそういうこともあるよ」
「でねヤーコフ。一つ聞きたいことがあるの。 ヤーコフが今、絵を書いてるプリント、なあに?」
「人生って実によくできていてね、私の頭に一つのイメージが降りてきて、
それを形に残したいと思った時に都合よくプリントが落ちてい……
別の話をしましょう。 好きな小籠包は?」
「露骨に話をすり替えないでもらえるかしら。 ねえ、そのプリント、いつ拾ったの?」
「まさに内藤が、ランドセルをひっくり返した時ね」
「どこから出てきたの?」
「あなたのランドセルね」
「…… ヤーコフ、そのプリント見せてもらえるかしら。ことと次第によっては、映画ハンニバルの再現が今ここで起きるわよ」
「…… ……いいわ。ただ、それ相応の覚悟があると思っていいのね」
「?」
「深淵を覗くことができるのは、深淵を受け入れる覚悟ができた人間のみよ」
「その薄汚い口を閉じなさい」
「聞いて、内藤。……私はこのプリントに何を書いたと思う?
おおよそ小学生が書いてはいけないような下世話なことです」
「……」
「この世の汚いものを全て、このプリントに記しました。
いいえ、記したのではない。封印したのです。封印が解かれるときどんな恐ろしいことが起きるか、
あなたにならわかるかし…… ……」
「だあ!!! (プリントを奪う)
…… ……え、なにこの紙!?」
「だから言ったでしょ。これは…… いわゆる三行半よ。
我が家の混沌の象徴」
「……なんか『めまい』してきたわ……。
うん……うん。これに関して、詳しくは聞かないし、詮索もしないよ。ただ、一つ聞いていい?
なんで私のランドセルから出てきたの?」
「通学時、私があなたのランドセルに入れたからでしょうね。
でもこうやって我が手に戻ってきてしまった。皮肉よね」
「…… ……ヤーコフ コルァァァアァァ!!!」
ヤーコフとは中学生で離れ離れになってしまったが、一緒にいた六年間は、全ての思い出に彼女がいる気がする、が、
覚えていることはその破天荒さだけなの。ヤーコフ。