悪魔と契約した男
ある日本のアパートの一室。
30代の男は古びた本を片手に祖母の遺灰で魔法陣を描き、自らの血を数滴垂らして悪魔を召喚した。
悪魔は、頭に山羊の角とコウモリの翼をもつ、長身の人のような姿だった。
「我を呼び出した人間は久しいな。お前がそうか。望みを言え」
男は迷うことなく、望みを羅列した。
「大金持ちにしろ。宝くじなどではなく、あくまで投資と起業による資産、50億円ほどがいい。その次は、美人で俺に一途な女と結婚させろ。できるだけ自然な恋愛結婚がいい。後は、絵や楽器の腕前をプロ並みにしろ。実際に賞をとった過去を作ってもいい。そして、詐欺や犯罪で俺と妻、そしてその子供に被害が出ないように守れ。最後に、俺を学生時代虐めてきた奴らと、元の会社の上司を苦しめて殺せ」
悪魔はニヤリと笑う。
「欲深いな。代償は契約者の子孫の命だが、この量の望みだ。十数人では足らん。もし足りなければ、お前の両親、親友、そして、お前の命もとることになるぞ」
「足りるはずだ。構わない」
男は悪魔の冷酷な言葉に少し怯んだが、毅然として言った。
「では、3日後にお前の子供を殺し、望みを叶える。それまで親子としての最期の時間を楽しむがいい」
悪魔は少々不服そうにそう言って、影となって消えた。
男は、精子取引の精子提供者であり、これまで100件以上の取引を成立させてきた。
男が以前、母親たちに確認したところ、連絡が取れないものもあったが、少なくとも70人は元気に生まれたようだったので、悪魔との契約は成功すると確信していた。
1か月後、男は引っ越した一軒家で女とのデートの支度をしていた。
グランドピアノを弾き、風景画を描き、男は幸福だった。
しかし、男は迂闊であった。
男は見たことのある漫画や小説のように一瞬で心臓を止めるものだと思い込み、悪魔に子供の殺し方を聞かなかったのだ。
契約の代償に選ばれた計66人の子供たちはその全員がテイ・サックス病であったことにされ、精神は狂い、筋力は衰え、最後には息を吸うことすらままならずに死んでいった。
精子提供者には、遺伝性疾患であるこの病の遺伝子検査は当然、義務付けられていた。
66人の子を失った母親たちによる、同時訴訟が今朝のニュースになった。