『やさしさ』と日本人
日本人は、よく自分の意見を言えないと言われているが、それは本当だ。
私は、学校などで議論を行う場面に遭遇する。
その時。皆あれほどメモ帳に、ノートに書いていた意見を誰一人として言おうとしない。
不思議だ。その熱意を議論に向ければ良いものを、どうしてこうも誰も言おうとしないのだろうか?
そして、無言の謎に重苦しい空気のまま時は流れ、結局誰かが言い始めなければ、はじまる事も終わることもなかっただろう。
私は考えた。自分の感情と、その場の空気と、照らし合わせて。
何度も観察し、そして結論に至る。
意見を『言わない』のではなく、意見を『言えない』のだと。
原因の一つとしては、日本で特に強い傾向のある『同調圧力』が挙げられる。
一例としては、1+1=?という問題で、A.2、B.11という選択肢が五人に与えられたとする。四人はAと答え、一人だけがBと答えた。この場合、多数の支持を得ているのはAであり、Bを選んだ人は一人しかいない。Aを選んだ4人対Bを選んだ1人、の構図となったのだ。
Aと答えた者は、Bと答えた者の真意が分からず、『何故Bと答えたのか』と迫る。メンタルが弱い人が多い日本人はその『疑問』を『圧力』と受け取り、自らの意見を渋々変えざるを得ないのだ。
そしてもう一つの原因は、『ヒエラルキー社会』である。