第六話 幻のファルスアレン
戦争は数でするものではない、とは、数を揃えることができなかったものの言い訳である。
基本的に数で勝敗が決するするものなのだ。
戦いは。
一千人の兵で一万の軍勢を破ることはできない。
正面からまともぶつかりあったと仮定するなら、絶対に、と断言してしまって良いだろう。
奇策や奇計などというものもあるが、これだって一〇倍という兵力差の前には無力に近い。
一人で一〇人以上を相手取って戦えるものもいるが、その存在は稀少である。
だからこそ、そういう人物は勇者として褒め称えられるのだ。
つまり、必勝の条件の第一とは、敵よりも多くの味方を揃えるということになる。
第一があるということは、むろん第二第三の条件もある。
補給線を確保せよとか、指揮官の意志を過たずに伝達せよとか、戦場の地形に留意せよ、とか、さまざまだ。
とはいえ、数が力とばかりもいっていられない状況もある。
ルーン王国のように。
もともとこの国は巨大な兵力を抱えていたわけではない。
陸海軍あわせて二〇万足らずだから、ルアフィル・デ・アイリンの三割にも届かない。
これがアリーズ動乱とディワーヌの戦いで激減した。
大陸暦二〇〇五年現在。
ルーン王国軍の総数は一〇万を少し超える程度である。
不足、などという可愛らしい次元の話ではないのだ。
そこで、ルーンはある兵器を導入する。
魔導アーマー。
正式名称を、機動魔導歩兵という。
遙かな昔、イェール帝国においてその原型が作られたが、現在にいたるまで実用化はされていない。
実用化されなかった理由は散文的だ。
ようするに対費用効率が悪すぎるのだ。
ざっと計算すると、魔導アーマーを一機つくる費用があれば、精兵二〇〇名を育成することができる。
いくら魔導アーマーが強力な兵器だといっても、二〇〇人分の働きができるわけではない。
投入できる局面だって限られている。
真っ当な軍事指導者ならば、こんなものの開発に時間と資金をかけるよりは新兵の徴募でもするだろう。
それができないところに、ルーンの台所事情の苦しさがあった。
「二〇機の魔導アーマーですか。
思い切ったことをしますね」
言ったフェルミアース・ミルヴィアネスがちらりと視線を動かした。
さして大きくもない城館。
窓には完成間近いアスカ要塞が映る。
一般に、彼は運だけで出世した男と思われている。
たしかに表面的には、娘であるアイシアに対する花木蘭大将の寵愛によって爵位を得、新設される要塞の司令官に任じられ、王国西部に広大な男爵領を下賜された。
娘の七光りだと思われても仕方がない。
しかし現在のミルヴィアネス男爵領、対ドイル戦略の要地である。
運だけの男に守護できるような簡単な場所ではないのだ。
まして、アスカ要塞が掌握する兵力は西方面軍の全軍。
数でいうと緑の軍四個連隊、一二万五千名である。
重責といって良い。
それをフェルミアースは、これまで大過なくこなしてきた。
戦略眼、政治的手腕、軍団指揮官としての能力、すべてに高い水準を見せている。
その彼の目から見て、ルーンの思惑は理解しやすい。
魔導アーマーはコストがかかる。
だが逆の言い方をすれば、金銭で購いえるものだということである。
ルーンが兵力を過去の水準まで戻そうとするなら一〇万人近くを徴募しなくてはならない。
高まりつつある国際間の緊張を考えれば一二万ほどは必要になるかもしれない。
一〇から一二万人を新たに集め、それを一人前の兵士に教育する。
どれほどの費用と時間が費やされることになるか。
費用の方は、もう仕方がない。
どういうやり方をとったとしても絶対にかかるものだから。
しかし、時間を金で買うことはできない。
魔導アーマーが量産できるとすれば、パイロットと後方支援のオペレーターが二〇機分四〇名で済む。
おそらく、この二〇という数が、現在のルーンが用意できるギリギリのラインなのだろう。
「補修や整備のことを考えても、そうだろうな」
スクリーンにの中の人影が笑みを浮かべた。
「いずれにしても、その矛先がこちらに向く可能性もあります。
そのあたりはどうお考えです?」
フェルミアースの方は苦笑未満といったところである。
「ドイルに試作型が現れたと聞きましたが、それがこちらに出る可能性だってありますよ」
普通に考えればそんな可能性はない。
ルーンとアイリンは同盟国なのだから。
「まあそうなったときは」
「ときは?」
「なんとかするが良い」
「そういうと思っておりました。
なんとかいたしましょう」
「よろしくな」
無愛想な一言ともにスクリーンが白濁する。
ややあって溜息を漏らすフェルミアース。
いつもながら難題を押しつけられることだ。
「さて‥‥どうするかな」
建造中の要塞に目を向ける。
これがひとつの切り札になるはずだ。
もうひとつの切り札は‥‥。
大陸暦二〇〇五年二月九日。
アイリン王国西部に位置する男爵領が独立を宣言する。
領名はミルヴィアネス。
改名してファルスアレン王国を名乗った。
それはかつて中央大陸に存在した小国の名である。
支配域はアイリン王国五パーセントにも達しないが、アスカ要塞と一二万を超える兵力は、大陸中のどの国にとっても脅威以外のなにものでもない。
そして独立宣言と同時に、ファルスアレン王国は対アイリン大同盟への参加を表明する。
アイリンを囲む同盟は、バール、セムリナ、ドイル、シャロウ、そしてファルスアレンの五カ国になった。
ただし、ドイルがアイリンに侵攻するためには必ずファルスアレンの領域を通らねばならず、アイリンとしては前戦が広がったわけではない。
もちろん、同盟国の領域を通過するわけだから、大同盟としては何の問題もないはずであった‥‥。
独立宣言に対して、アイリン王国首脳部は対外的には沈黙を守り、ルーンに対しての協力要請すらおこなっていない。
ただ、ファルスアレン王国第五代国王
―――これはかつて滅びたその小国が四代続いたことに由来する
―――フェルミアースの息女であるアイシアには、国王マーツの名において逮捕状が出された。