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第五話 ふたつの戦い

 政治的配慮、という言葉がある。

 アレク・ディリアスに、魔術師ギルドを裏切った大魔法使い討伐の勅命が降ったのには、その言葉が複数からみついていた。

 まず、彼女が裏切り者‥‥オリフィック・フウザーの弟子だという事情。

 これは、愛弟子と相対することになったフウザーが手心を加える可能性がある、などという次元の話ではない。

 フウザーが危険分子だと見なされれば、当然のようにアレクだってそう思われているのだ。

 だからこそアレクをぶつけるのである。

 首尾良く彼女がフウザーを打倒できれば良し。

 彼女自身の潔白を証明することにもなる。

 相打ちだったら、ギルドが危険視する魔術師が二人まとめてこの世から消えるだけ。

 負けた場合でもフウザーは傷を負うだろうから、直後に無傷の魔術師たちをぶつければきわめて勝算が高い。

 実際、いくらアレクが史上最年少でソーサラーの称号を得たといっても、彼女より優秀な魔術師はいくらでもいるのだ。

 現時点においては。


「つまり、どういう結果になってもギルドは損をしないというわけじゃな」


 淡々と小柄な少女が告げる。

 彼女の名はティアロット。

 やや不機嫌に見えるのは、昔から変わらない魔術師ギルドのやり口が気に入らないからだ。


「だからといって、勅命では拒絶できませんよ」


 対面に座ったスピカ・シュライアーが言った。


「そう。

 それじゃ」


 ティアロットの機嫌がますます悪くなる。

 勅命とは、国王が下す特別な命令のことだ。

 遂行する人間を指名し、国王の書いた詔書が渡される。

 その重さは、通常の指示や命令とは比較にならない。

 国王から名指しされているのだから拒否することなど論外だ。

 そんなことをすれば族滅されることだってある。

 それほどまでに格式ある命令なのだ。

 もちろん、勅命を受けるということは国王がその人に対して強い信頼感を抱いているということであり、いわゆる「箔がつく」ということになる。


「表向きは、じゃがな」

「つまり、裏の事情もあるあるということですか‥‥」


 うつむくアレク。


 師匠と戦うことですら気が重いのに、勅命ときては気分的には海底まで沈んでいるようなものだ。

 父は単純に喜んでいるかもしれないが。


「さすがスティアロウだ。

 その通り、この話には裏がある」


 カウンターにもたれかかった花木蘭が口を開く。

 スティアロウとはティアロットの本名である。

 彼女だけは本名で呼ぶのだ。


「どうせギルドが裏から手を回したのじゃろうが。

 中立だのなんだのほざいておきながら、自分たちのやり方を通すためなら国に圧力をかけることなど何とも思っていない輩じゃからな」

「‥‥汚い」


 じっと話を聞いていたシェルフィ・カノンが呟いた。

 一言のなかに膨大な感情が押し込められている。

 中立不干渉を旨とするのが魔術師ギルドではないのか。


「あやつらのいう中立とは、ようするに日和見じゃからな」


 苦々しく吐き捨てるティアロット。

 ギルドは中立などではない。

 自分たちの利益を守るために国にでも個人にでも圧力をかける。

 犯罪者グループより性質が悪い、と、彼女は思っている。

 マフィアは富を得ようとするが、その富は使わないと意味がない。

 だから結局、世の中に還元しているのだ。

 しかし魔術師ギルドが独占しているのは知識だ。

 それは最悪の犯罪である。


「のう木蘭。

 この件、わしに任せてはくれぬか?

 もう少し状況を楽にできると思うのじゃがな」

「よかろう。

 わたしはこちら側を整合させる」

「相変わらず決断が早いのぅ」


 少女が苦笑を浮かべた。

 だが、彼女にもわかっているのだ。

 時間をかければかけるほど状況は悪くなってゆく。

 鬼姫に先手を取られ、現在のところ取られっぱなしだ。

 ここは多少強引でも、相手の予測を上回る行動を取っておくべきだろう。


「人はこれで足りるか?」

「ちと要義が軽いかもしれんな」

「ではイブレットとアロスを連れて行け。

 体裁が整うだろう」

「そうじゃな」


 意味不明な会話。

 スピカとアレクが小首をかしげた。

 女将軍が名を出したふたりはアイリンの軍人でも騎士でもない。ただ単に木蘭と仲が良いだけの人物である。


「なるほど‥‥そういうこと」


 一人頷くシェルフィ。

 さすがは軍学校に通っているだけあり、時間はかかってもちゃんと本質を見ることができる。

 木蘭が可愛がっている、つまり、高く評価しているティアロット、イブレット、アロスの三人全員を使うというのは、それだけで政治的な意味を持つのだ。

 誰の目から見ても手を抜いているようには見えないし、それ以上に、対外的にどう映るか。


「じゃあ、あたしも‥‥」

「そなたはダメだ。

 シェルフィ」

「どうしてですかっ!

 足手まといにはなりませんよっ!」


 機先を制されて、思わず声を高めるシェルフィ。

 困ったように木蘭が頭を掻く。


「シェルフィはのんびりドイルへ行ってる暇ないでしょ。

 明日から慣熟航行なんだから。

 アラバスターの」


 タイミング良くホールへと降りてきたイブレット・シャーロンが苦笑とともに言った。

 その横ではアロス・ティ・フォルフィードが穏やかにほほえんでいる。


「あ‥‥」


 シェルフィが頬を赤らめた。


「良いタイミングで現れたものじゃな」

「狙ってたんじゃないですか?」


 席を立つティアロットとスピカ。


「これで‥‥役者がそろいましたね」


 アレクもまた立ち上がる。

 眸に決意の色を浮かべて。




 セムリナ公国海軍には他の国にない種別の軍艦がある。

 高速戦艦。

 巡洋艦並みの速度と戦艦並みの火力を有する高性能艦だ。


「という触れ込みだけどねぇ」


 セラフィン・アルマリック「大佐」が、不機嫌そうに舵を回した。


「気に入らないのか?

 セラフィン」


 横合いから声をかけるテオドール・オルロー「中佐」。

 セムリナ海軍総旗艦ティターニアの艦橋である。

 セラフィンがセムリナに亡命したことにより、それに関与した人々の待遇も変わった。

 テオドールとリアノーン・セレンフィアは中佐に。

 セラフィンはアイリン海軍中佐からセムリナ海軍大佐に。

 そして乗艦は総旗艦ティターニア。

 SSSことサミュエル・スミスの指揮座も、むろんこの船にある。

 その艦長に抜擢されたのだから、セラフィンという女性士官がどれほどの評価を得ているかわかろうというものだ。


「直進性は問題ないわ。

 けど」

「けど?」

「柔軟性が低すぎる。

 軍艦はスピード競走をするためにあるわけじゃないのよ」

「なるほど。

 セラフィン嬢は高速戦艦の評価はあまり高くないようだな」


 司令官席からサミュエルが笑いかけた。


「低くはないですね。

 レッドスピネルを沈めるだけの火力がありますから。

 でも小回りがきかない分、ああいう特殊な戦局でなければ不利になるかもしれません」


 セラフィンの言葉には遠慮がない。

 横で見ているテオドールの方がはらはらしている。

 アイリン海軍ではさぞ上司に嫌われたことだろう、と、サミュエルは思った。


「けどまあ、火力と機動力というのは悪くない着眼点だと思います。

 ちょっと試したいこともありますから、このまま公海まででちゃっていいですか?」

「艦レベルの判断は艦長の裁量だ。

 セラフィンの良いようにしてくれ」

「ありがとうございます」


 にこりと笑うセラフィン。

 ティターニアが徐々に速度を増してゆく。

 大海の荒波を蹴立てて。




「くっ‥‥」


 膝から崩れるようにリンネ・ファルンが倒れ伏した。

 一撃。

 もらったのはたった一発だ。

 たったそれだけで立っていられないほどのダメージを受けるとは。

 口から血があふれる。

 遙か後方で起きる巨大な爆発。

 リンネの身体を突き抜けた魔法が、本来の威力を発揮しているのだ。


「もしあれをまともに喰らったら‥‥」


 ごくりと唾を飲み込むアレク。

 距離が近かったため、リンネは爆発前の魔力‥‥つまり余波のようなものを受けただけだったから死なずに済んだ。

 アレクにはそれがわかる。

 理解できる故に、恐怖が心と体を支配する。

 それは、倒れたまま動けないアロスやリンネやスピカも同じだろう。

 目前には、笑みをたたえた青年。

 師匠。

 彼に憧れ、彼のようになりたいと望み、ずっと背中を追いかけてきた、稀代の大魔法使い。


「フウザーさん‥‥」

「アレクちゃん。

 本気できなさい」

「‥‥はい」


 アレクの杖に収束されてゆく魔力。

 使うのは憶えたばかりのホーミングレーザーではない。

 あれはフウザーが開発した魔法だ。

 ということは利点も弱点も完全に把握されているだろう。


「アイシクルランスっ!」


 冬の草原。

 師へと一直線に伸びる氷の槍。


「スリーウェイっ!!」


 さらに続けて二本。

 反動で、少女の身体が後ろに吹き飛ばされるほど。

 渾身の一撃だ。

 これが、いまの自分にできる精一杯だ。

 どうですかフウザーさん?

 ボクは強くなりましたか?

 あなたとの弟子として恥ずかしくないですか?

 無言のメッセージを込めた魔法。


「なるほど。

 この状況だからこそスリーウェイアイシクルランスか。

 先にアロスちゃんが使ったウェザーリポートも布石として利用できるしね。

 満点だよ。

 アレクちゃん」


 優しげな、フウザーの微笑。

 瞬間。

 粉々に砕け散る氷の槍。

 師匠のはなった魔力を相殺する形で。


「あ‥‥」


 そして、身体を突き抜ける激痛。

 ゆっくりと地面に崩れ落ちながら、後方で聞こえる爆発音をアレクの耳は捉えていた。

 悔しいとは、思わなかった。

 最初から、戦って勝てるなどとはうぬぼれていない。

 それでも戦う以上、最高の自分を見せたかった。

 成長を見て欲しかった。

 ギルドの思惑などどうでもいい。

 一歩でも良い、半歩でも良い。

 近づいたことを証明したかった。


「ありがと‥‥ござい‥ます‥‥」


 薄れゆく意識の中、アレクの唇がわずかに動く。


「やれやれ。

 手荒い卒業試験じゃな」


 ちらりと後ろを振り向いたティアロットが杖を下げた。

 イブレットの方は、まだ剣を構えたままだ。


「もういいよ。

 イブちゃん。

 ギルドの後詰め連中は処理したから」


 相好を崩すフウザー。


「いつから気づいていたの?

 ティアロットちゃん」


 問い。


「ほぼ最初からじゃ」

「さすが僕のラマン」

「誰が愛人じゃ?

 そなたならば殺すことができるのにそうしなかった。

 理由は情からではないと思えば、答えはでよう」

「どういうこと?」


 剣を鞘に収め、イブレットが問う。


「ようするに、ギルドの目を欺くための三文芝居じゃよ。

 アレクもアロスも気絶しているだけじゃ」

「ギルドの魔術師たちには死んでもらったけどね。

 事態を知るのは遅いほど良いから」

「わしもドイルに残る。

 奇術の種を実らせねばならぬのでな」

「さすが木蘭の一番弟子」

「弟子になった憶えはないぞい?」

「さっぱりわからないんだけど?」


 ややいらついた表情のイブレット。


「いまは言えん。

 とりあえず木蘭には予定通りじゃと伝えてくれ」


 真剣な目でティアロットが言った。


「そう。

 でもあとでちゃんと説明してもらうわよ」


 不満顔ながら、一応は納得する。

 なんだかんだいっても、彼女もまた木蘭を信頼する一人だった。


「あとはセムリナだね」

「さて‥‥SSSは鬼姫に踊らされておるのか、それとも‥‥」


 最後まで言わず、南へと眼差しを向ける少女。

 むろん遠いセムリナの情景は見えない。

 青みがかった瞳に映るのは、風に吹かれる草原だけだった。




 慣熟航行というのは、新造艦のためにおこなわれる特殊な航海だ。

 完璧を期して作られる新造艦だが、人間が作るものである以上、どこかに不具合がある可能性は充分にある。

 それをチェックするために公海まで出てさまざまな演習をおこなうのだ。

 これは訓練も兼ねられている。

 新造艦に配属される者は、古参だろうと新兵だろうと、その艦の乗務ははじめてだからだ。


「たいして心配はしていなかったんだけど、ね」


 ブリジット・ナイツ中佐が溜息を吐いた。

 竣工したばかりの新造巡洋艦アラバスターは、乗員のほとんどがレッドスピネルからの転出だ。

 というより、レッドスピネルが沈んだので代替としてアラバスターがきた、と思っているものが大多数だろう。

 代わったのは艦長と第二砲手くらいのものだ。

 レッドスピネルの艦長だったセラフィンはセムリナに誘拐され、その護衛役兼第二砲手だったレナ・ベルンシュダットは辞表を提出した。

 いまの乗組員たちは、セラフィンを奪還しようという気運が高まっている。

 だが、


「事態は、そう単純なものではないわ」


 呟くブリジット。

 遙か前方に艦影が見える。

 見間違うはずもない。

 常勝不敗だったレッドスピネルに最初で最後の黒星をつけた相手。

 セムリナ海軍総旗艦、ティターニア。

 妖精の女王と同じ名を持つ優美な船。

 ゆっくりと戦闘態勢を取りつつある。


「艦長‥‥やはりあなたなんですね‥‥」


 言葉にはできぬ思い。

 まさかこんな海域まで出てきているとは思わなかった。

 お互い。

 典型的な遭遇戦である。


「遭遇戦ってのは不測の事態なのよ。

 だから弱気になっちゃダメ。

 驚いてるのは相手も一緒よ。

 最初から強気にがんがん攻めて、相手がひるんだら引き揚げる。

 これが基本」


 脳裏で木霊するセラフィンの声。

 前方の敵艦が元上司の手によって操られていることを、もはやブリジットは疑わなかった。

 好戦的で、でたらめで、甘えん坊で、手のつけられない悪戯者で。

 でも、海の上では最高に頼もしい海鷹。

 ブリジットの知る限り、あれほど船を手足のように扱えるものはいない。

 本来、無機物の集合体でしかない軍艦をレッドスピネルのクルーたちはどれほど大切に思ってきたか。

 実の兄弟のように。

 恋人のように。

 相棒のように。

 それは、あまりにもセラフィンの操船が巧みで、まるで艦が生きているような気持ちにさせられたからだ。

 沈没のときだって、最後の一人が脱出するまでレッドスピネルが頑張って持ちこたえてくれたのだ、と、信じて疑わないものも多い。

 彼女は話でしか知らないが、駆逐艦イーゴラもそうだったらしい。

 そんな思いまで抱かせるセラフィン。


「私は勝てるの‥‥?

 そんな人に‥‥」


「勝てるのじゃなくて、勝つしかないの。

 あなたの肩には一七〇人の命がかかってるのよ」


「そうね‥‥フィランダー准将の弟さんも乗ってる。

 死なせるわけにはいかないわよね」


「無様な戦いなんかしたら合わせる顔がないわよ。

 艦長にも。

 そして」


「そして‥‥」


「そして‥‥」


「先輩にもっ!」


 繰り返される自問と自答。

 拳を握りしめる。

 大きく息を吸い込む。

 吐き出す息とともに、


「最大戦速!

 ヨーソロー!!!」


 叫びにも近い命令。


「アイアイサー!」


 唱和する艦橋要員。

 その中には、新たに第二砲手となったカールレオン・グリューン少尉もいた。

 緊張に青ざめて。




 ティターニアとアラバスターの戦いは、当初、互角だった。

 速度はほぼ互角だが、火力においてティターニアが勝り、旋回性能においてはアラバスターが勝る。

 ただ、大艦隊の激突ではないので、小回りの利くアラバスターの方がやや有利だろう。

 主砲が咆吼し、互いの舷側すれすれを通過する。


「第二砲塔!

 狙いが甘い!!」

「反応が遅いわよ!

 クーニアック!」


 ふたつの艦で、ふたりの艦長が叱咤する。

 奇しくも双方の第二砲手は新兵だ。

 第二砲手というのは第二砲塔を扱う役職である。

 第一砲塔というのは命中は期待されない。

 より相手に近いところに当てるのが目的だからだ。

 そもそも最初から命中するようなラッキーはほとんどない。

 そしてそのはずれた場所から弾道を計算して確実に命中させるのが第二砲手の役割である。

 だから、第二砲塔がはずれを撃つと、このような檄が飛ぶことになるのだ。

 第二砲手が外すと第三第四の負担がかかる。


「やけんっ!

 相手の動きが速すぎるしっ!」

「だって艦長。

 シェルフィの予測地点に相手がいないんだって!」


 新兵たちがそれぞれの艦長に泣き言をいう。

 もちろん完全に黙殺された。

 相手が速いことはわかっている。

 最初から。


「艦長‥‥」


 アラバスターの舵を握る人間と、


「ぶりじーね。

 やってくれるわ」


 ティターニアに舵を握る人間が呟く。

 凡百の乗り手が相手なら、互いに五回ほどは撃沈させているだろう。

 それほどまでの戦いだった。


「けれど、その艦の弱点がわかりましたよ」


 凄絶な笑みを唇に刻むブリジット。


「四時方向に低速魚雷を発射。

 その後、時計回りに敵右翼に回り込む。

 急げ!」


 指示と同時に面舵を切る。

 ティターニアには確かに強い。

 アラバスターより一回り大きいくせにあれだけのスピードが維持できるのだから。

 しかし、小回りがきかないのが弱点だ。

 右から迂回するように攻撃を仕掛ければ、大きく左に逃げるしか方法がなくなる。

 そして左にはゆっくりと進む低速魚雷が死の顎を開いて待ちかまえている。

 翼を広げた海鷹が急降下するように襲いかかるアラバスター。

 ティターニアの艦橋に緊張が走る。


「気づいたわねぶりじー。

 でも遅かった。

 もうティターニア(こいつ)は、あたしの手足よっ」


 言葉と同時に、セラフィンが舵を切った。

 さらにあるスイッチを押す。

 その瞬間。

 ありえない角度で旋回する高速戦艦。

 立っていたテオドールとリアノーンがバランスを崩して床に叩きつけられたほどの旋回だ。


「船には横に動くためのサイドスラスターって装置があるのよ。

 前進する速度と調整さえできれば、この通りっ」


 加圧で帽子を吹き飛ばしながら、セラフィンが笑う。

 死角を取ろうととしたアラバスターの、さらに死角へと潜り込むティターニア。

 ありえない事態。


「全砲塔!

 一斉射撃!!」


 海賊騎士の異名を取った女が吼えた。




 けたたましい緊急警報。

 呆然と立ちすくむブリジット。

 アラバスターは八カ所を被弾し、中破状態だ。

 相手の狙いが甘かったのでなんとか持ちこたえたが、もう一度接近格闘戦を挑まれたら、それでおしまいである。

 どう考えても、これ以上戦うのは不可能だ。

 ブリジットの指が震えながらボタンにのびる。

 降伏信号のボタン。

 仕方がない‥‥。

 やはり無理だったのだ‥‥。

 最善を尽くしたではないか‥‥。

 必死に自分に言い聞かせる。

 と、そのとき、


「敵艦が遠ざかっていきます!」


 伝令士官が報告する。


「どうして‥‥?」

「電文が送られてきましたっ!」

「読め‥‥」

「戦いはこれから。

 腕を磨いておけ。以上です!」

「‥‥見逃してもらえた‥‥というわけか‥‥」


 カールレオンが呟いた。

 重い沈黙が、アラバスターの艦橋におりる。

 それを破ったのは、ブリジットだった。

 拳を壁に叩きつける。

 二度三度と。

 皮膚が破れ血が流れた。


「ふざけるなっ!

 ふざけるなっ!!」


 自分でも、何を言っているのかわからなかった。

 海へと没していく太陽が、ただ静かにアラバスターを照らしていた。

 赤く赤く。

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