77話 禁足地
「え…!?まだ帰って来てないの!?」
日が昇り始める早朝、何やら村中が騒がしかったので目が覚めた。お姉さんに話を聞くと、まだ2人が帰って来ていないという。
「そうなの…司教様から何かあった場合はすぐに応援を呼んで下さいって言われたから村長さんに状況を話して探してもらったのだけど…」
「…?何か問題でもあったのか?」
「そ、それが…禁足地の手前に大人と子供の足跡があって…もしかしたら司教様は足跡を見つけて後を追いかけたんじゃないかって……」
禁足地!?どうしてリキくんがそんな場所に…。
「一応聞くけど、リキくんに禁足地の事喋ってないよね?」
そうは言いつつ、若干疑いの目で問いかけてくる。まあ、あの話を聞いたのは僕だけだし無理もないけど。
「はい、あの話は誰にも喋っていないです」
「…恐らくだが、リキ殿は起きていたのではないか?ワシにも聞こえていたくらいだ、実は起きていて話を聞いていたとしてもおかしくない」
「嘘…!?もしそうなら私のせいで…?どうしよう…」
ショックから膝から崩れ落ちるお姉さん。なんて声を掛けたらよいか分からず、きっと大丈夫…と気休めの言葉しか出てこなかった。
「ならば今は、救助に向かっているという事か?それを待つしかないと?」
「…ううん、違う。誰も救助には行っていない…行きたくてもいけないの…」
「何?どういう事だ?行けぬとは…?」
「それは、私がお話ししましょう」
大広間の入り口から村長が現れ、少し古ぼけているクシャクシャの紙の束を見せてくれる。
「昔、禁足地に行って唯一記憶を残して帰ってこれた者が残した記録です。…それでも相当精神が参っていましたが…」
「うっ…!?これは酷い…」
内容はミミズのような字で全く読めなかった。文字が被っている個所もあり、記録というより落書きに近いものだ。それでも何文かは読めそうなものがあったので村長がその部分を読み上げてくれる。
~森の最奥探索記録~
この森は入ってはいけない。記憶が無くなっていく。そのことに気づいた時にはもう遅かった。入ってきた道が分からなくなって帰れなくなったからだ。
俺以外は皆おかしくなり、ついには虚空を見つめるだけの廃人と化した。俺だけは霊魔法で干渉を多少防げてはいるが、それでも声が聞こえてくる。この森の主の声が。
まずい。一緒に探索に来た奴らの名前が思い出せない。目の前の男は確かにこの森に一緒に入った仲間だったはずだ。~~~~くそ、分からない。
このままではいずれ俺も~~~早く出口を探さなくては。そうだ、備忘録として俺の名前を残そう。
名前:~~
あれ…俺の名前は…なんだっけ?
しらないおんなが~~けてきた。とりひきをしよういけにえをつれてこいといっていた。~~けて、~~~~ない、~~~~~~。
気付いたら見覚えのある場所に帰ってきていた。仲間たちも一緒に。さっきまでの深い霧にいたかのような頭のモヤが消えた。俺は…助かったのか?急いで帰ろう。こんなところには1秒もいたくない。
仲間は全員死んだ。ものすごい勢いで老衰し、死んでいった。きっと魂を抜き取れて空になった器が朽ちたのだ。そして俺もまた徐々に記憶を奪われている。
記録に書いてあった取引だ。誰かを連れてこなければいけなかったんだ…。約束を破った俺を再び取り込むつもりだろう。あの女は人間じゃない。あれは化け物だ。あの森に入ってはいけなかった。
この記録を最後にしたいと思う。…俺の頭にはまた深い霧がかかって一つのことしか思い出せない。
取引だ。助かるにはアイツの条件を飲むしかない。願わくば俺のような犠牲者が出ないことを祈る。ああ…声が聞こえてくる。
「……彼もこの記録を書いてすぐに息絶えました。見つかった時には20代とは思えないほど痩せこけ、髪も真っ白になっていました。まるで急激に歳を取ったかのように…」
「禁足地はそんな生易しいものではなく、行ったら最後、生きて帰れない。まさに地獄の入口なのです」
これを見たら助けにいけないのは納得だ。入っただけで魂を取られるなら、助けに行ったところで自分たちもやられるのは目に見えてる。
「という訳で我々も手が出せないのです。王都で霊魔法を使える実力者を探そうにも簡単には見つからないでしょう」
「…司教様は霊魔法を使えるのですよね?」
「は、はい…そうですけど…」
「それなら自力で戻ってこれるのではないですか?」
「いや…それでも…!」
「子供の方も司教様と合流できていれば生きているかも知れませんし、司教様を信じるしかないのでは?…しかし、生きて帰ってきたとしても魂は…」
「村長さん!!!」
突如、お姉さんが大声を張り、話を中断させる。村長さんも自分が言おうとしていたことに気付き、ばつの悪そうに目を逸らす。
「すみません、言葉が過ぎました。ですが、我々では入ることすらできないのも事実。貴方がたもあまり思いつめすぎない方が良いですよ」
そう言い残し、村長さんは去っていった。悔しいけど村長さんが言っていることは間違ってない。僕たちがどう頑張っても助けることは厳しいだろう。助かるには謎の女の人との取引だけなんて既に向こうに命を委ねられているのと一緒だ。
だけど…だけどさ…!!
「ガンジくん」
「ああ、分かっている。…いつ出発する?」
「今日のお昼に…。準備してから行こう」
「分かった」
だからといってリキくんたちを見捨てる事はできない。
正午になり、大広間に集合する。修道服に身を包んだ彼女は、王都で捜索依頼を出してくるついでにワシたちを帰らせようとしたので禁足地について情報を集めるからと無理を言ってこの村に残った。少し心苦しいが帰ってくる前に出発しよう。
「お待たせー…ってこの剣は?」
浅緑色の髪が特徴の小さな少年がワシが持って来た2振りの剣に注目する。
「お主とリキ殿の分だ。代表戦では2人とも優れた剣の使い手であったから武器が必要かと思ってな。相手に効くかは不明だが、無いよりマシだろう。一つ渡しておくぞ」
「あ、ありがとう!これなら戦えそうだよ!」
大広間で軽く素振りを始める。最初こそ剣の重さに振られていたが、風を纏い始めるとその力関係は逆転する。まるで踊るかのように風の流れに乗せて剣が舞う。これがあの魔剣術というものか…。木剣では骨折で済むかもしれんが、もし当たったのがあの鉄の塊だとしたら……。恐ろしいものだな。
「しかし、肝心の禁足地の場所までは分からんかった…」
「フッフッフ…」
「何を笑って…?…はっ!お主、まさか!?」
「そのまさかだよ、禁足地の場所…聞いてきたよ!!」
「なに〜〜!?どうやって!!ワシが聞いても誰も話してくれなかったぞ!?」
「直接聞いた訳じゃないんだけどね。まあそれは、後で話すよ」
なぜ魂喰いの噂といい、禁足地の場所といい、情報を得るのが上手いのか。この無害そうな雰囲気がそうさせるのだろうか?
「場所は、霊瀑、滝を越えてさらに進んだ赤い柵の向こう側!そこが『禁足地』だよ!」
荷物をまとめ、村を出ると禁足地まで全速力で駆け抜けていく。前には霊魔法で強化された走力と同じレベルの速度で飛びながら目的地まで案内してくれる少年の姿。しばらく走り続け、馬車で小一時間かかったお堂までわずか10分足らずで到着し、通過する。そこから滝まではすぐに到着し、そのまま突っ切っていくと妙に拓けた場所に赤い柵が一列に並んでいた。柵の前に行くと少しぬかるんでおり、大人の足跡と子供の足跡がそれぞれ見つかった。ここが目的地か…確かに不気味な場所だ。
「ここが禁足地…この柵を越えたらもう戻れない地獄の入口!!…ガンジくん覚悟は出来てる?」
「…!ああ、もちろんだ!!ロク殿…いやロク!行こうか!!」
『バシーン!!』
小さな少年の背中に思い切り張り手をかましてやった。
「痛った!!…もう〜力強いよ…」
「ははっ!スマンスマン!」
身体が震えていた。それなのにその瞳には迷いが一切みられないどころか今から死ぬかもしれない場所に行くというのにどこか輝いているようにも見えた…大した度胸だ。
2人で柵を越え、闇に包まれた禁断の場所へと歩みを進めていった。
〜村での準備中〜
「お前、禁足地まで捜索行って来たんだろ?…なんか見た?」
「んな訳ねーだろ」
「ちぇ…残念だ」
「おいそれ遠回しに俺殺そうとしてるだろ?」
「え?バレたか〜」
「ふざけんな。…ああ〜でもなんか見てもお前を生贄に連れてくから解決だったわ」
「おいてめー、ふざけんなよ〜」
「あれ?禁足地の場所ってどこだったっけ?」
「あ?赤い柵の向こうだろ?滝の向こうにある。忘れたのか?」
「…え?ちょっと待って…今の俺じゃないって…お前が言ったんじゃねーの?」
「…は?……やめろよ。嘘つくんじゃねぇって」
「まさか…禁足地の?」
「マジで言ってる?…やばい!シャレになってねえよ!?」
「ヒィィ!!逃げろ!!」
『神隠し解除』
「なんか……悪いことしちゃったな…」




