76話 静寂の前の…
「魂喰い?」
「うん、なんでも被害にあった人たちは全員、身体には傷一つないらしいんだけど、生気が抜けてボーっとしてまるで廃人のようになっちゃうんだって…。何があったか聞いても何も覚えてないみたいで…記憶が無くなっているの」
「唯一分かっていることは、禁足地に行ったってことだけ…」
「禁足地?何ですか、それ?」
「この森の奥には禁足地と呼ばれる危険な場所があるらしいの。私も行ったこと無いから正確な場所は分からないのだけど…」
「でも、そこにはいるって言われているわ、記憶を…いえ、魂を喰らう森の主『魂喰い』が…」
なるほど…お昼に言いかけてた記憶っていうのはそういう事か…。
「この話は内緒にしてね。君は真面目そうだし、そういう所行かなそうだから話したけど、司教様にバレたら怒られちゃうから…」
「はい、話してくれてありがとうございます。このことは秘密にします」
「……」
話が終わって10分も経たないうちに村に到着した。民家が5軒程の小さな村で、中央にあった一番大きな家で馬車は止まった。
宿を取ったと言っていたが実際には公民館を借りただけで、家の前で出迎えてくれた村長らしき恰幅の良いおじさんに案内され、僕ら3人と司教さんが大広間、お姉さんが和室を使うことになった。
夕食やお風呂を済ませて大広間で夏休みの思い出について語り合っていると、辺りはすっかり暗くなったので「今日のところはお開きにしましょう」と司教さんから声がかかる。押し入れにあった布団をいち早く窓際に敷いて枕投げに誘ってくるリキくん、寝る前の日課で筋トレするガンジくん、一方僕は布団に入ってすでに眠りの体制になっていた。こんな異色な3人の修行体験会1日目は幕を閉じる……。
いや、まだだ。
こっそり宿を抜け出し、森の道へ足を進める。灯りもない周囲には月明かりだけが煌々と照らしていた。行き先は決まっている。禁足地だ。そこに行けば…
「記憶を消してもらえる…と?」
背後から声がした。身体をビクリと大きく震わせ、出しそうになった声を必死に押さえ込む。
「な、なんで…?」
そこにいたのはガンジくんだった。何故ここにいるのか、どうして目的を知っているのか、聞きたい事が重なって「なんで」としか返す事ができなかった。
「いやなに、お主が昼間のあの話を聞く度に顔を曇らせていたのが気になってな。皆が寝静まった後、こっそり出ていくお主を見てもしやと思い、付いてきたのだ」
「うっ…そっか…気付かれてたんだ…」
「何か嫌な記憶でもあるのか?消してしまいたいと思う程の…」
「いや、そういう訳じゃ…」
後ろめたさから次の言葉に詰まり黙ってしまった。
相手に嫌われるのが怖い。幻滅されるのが怖い。良い自分でありたいという小さなプライドが邪魔をして中々話せないでいると向こうから落ち着いた声で話しかけられる。
「ワシらは知り合ったばかりで親しくないが、だからこそ話せることもあるのではないか?…言いたくないのならワシもお主に秘密を打ち明けるとしよう。これでおあいこ…だろう?な?」
不意に聖女さんの『周りに助けを求める』という言葉を思い出す。ガンジくんは親しくはないが、僕を想う気持ちには偽りは無い…そんな気がした。
相変わらず、話すのは怖かった。それでも溜まっていた思いを全て吐き出すことにした。
図書館の窓の破壊に王都侵入。包み隠さず全てを話すと、ほんの少しだけ胸のモヤモヤが軽くなったような気がした。
そして、この話を真剣に聞いていた彼が、
「…プッ!ハハハハハ!!!」
と村に響くくらい大声で笑い始めたので、慌てて人差し指を口元に当て静かにとサインを送った。
「おっと…スマンスマン。だが、お主の悩みが可愛らしかったもので、つい…な」
「いや!?だって犯罪だよ?やったらダメなことだよ?」
「そういう事ではなく…ただ単純に謝りに行けば良いだけの話だろう?悪気があった訳ではないと誠意を持って謝れば許してくれるはずだ」
「それは……そうだけど…謝って許してくれなかったらどうしよう…って怖くなって行けなかったんだ…」
その言葉を聞き、胸の前で腕を組んで小首を傾げるとケロッとした表情でとんでもないことを言ってきた。
「そうか?ならワシと一緒に謝りに行こう!!ワシもしょっちゅう修行のために王城に赴き、窓を破壊したり、兵士に戦いを吹っ掛けたりするが、謝まれば許してくれたからな!」
「え……えぇ〜っ!?そんなことしてるの!?それはバ…ッ!」
悪口が出そうになって咄嗟に口をつぐんだが、意外にもその言葉を聞いて笑い出した。
「…ハハ!バカだろう?だが、こんなバカな事をしても大丈夫だったんだ、それに比べたらお主のやった事なんて小さいことのように思えてこないか?」
「…!……あー、うん…確かにそうかも…アハハ!」
「そうだろう、そうだろう、ハハハハハ!!」
静かな夜に僕ら2人の笑い声がこだまする。もうすっかり皆が寝ている事なんて忘れていた。
晴れやかな気持ちで宿に戻ると、司教さんが玄関の前に待っているのが見えたので嫌な予感がした。案の定、夜に出歩いた事を怒られ、2人揃って「ごめんなさい」と謝った。窓が空いていてそこから僕らの笑い声が聞こえてきたそうだ。
「分かれば良いのです。もう夜中に出歩いては行けませんよ?」
「「はい…」」
頭を下げながら首を僕の方に向け、小さな声で、
「な?謝ったら許してくれるだろう?」
とにっこり笑いながら言ってきたので、僕も笑いながら頷いた。
「おや?リキくんは一緒ではないのですか?3人とも居なかったので一緒に居るとばかり…」
「え?リキくん?…いや、外に出たのは僕たち2人だけです」
「そうですか……ふむ、分かりました。では、おふたりは先に寝ていて下さい。私が探しに行きますから」
司教さんは僕らと大広間まで付き添った後、リキくんを探しに外に出て行ってしまった。
リキくんも抜け出していたのか…。まさか、魂喰いに会いに?…いや、それはないか。馬車の話のとき寝てたし。
布団に入ると眠気が襲ってきたので明日どこに行っていたのか聞けばいいかと、呑気なことを考えながら眠りについた。
その後、2人が帰ってこなかったことを知ったのは、翌日の朝だった。
〜森の入口からの帰り道〜
「そういえば…ガンジくんの秘密も教えてくれるって言ってたよね?それって…?」
「むむ…!覚えていたか…!ワシの秘密か…」
「これは誰にも言っていないのだが…」
「う…うん……」
「代表戦以降、ワシはクラスの皆に嫌われてしまってな。やり過ぎだと言われ、罵倒されることも多くなった」
「え…大丈夫?」
「実は…それで少し…」
「そうだよね、辛いよね…。僕で良かったら相談に乗るから!」
「いや、それで最近、罵倒されることに慣れてきたのか段々気持ち良くなってきたのだ。元々痛みには強かったが…これって何かの病気ではないか?」
「……うん、まあ…ある意味病気かもね」




