65話 白マントの勇者
彼奴、ワシの言葉を聞いてから様子がおかしい。頭を抱え、下を見つめながらケタケタ笑い出して…どう見ても正気ではない。やがて笑いがピタリと止むと奴の仮面が外れる。その顔は皮膚は昔剥がれてしまったのか黒ずんでおり、鼻から下は金属製のマスクで覆われている。察するに件の事件での古傷ではないかと直感的に感じた。突然奴は自身の腹を抉り始める。服ごと腹を引きちぎり、内部が丸見えとなった。そこには中心に赤い球体があるだけで内臓らしいものは何も見当たらなかった。アレは…人ではないのか?
こういう相手は何をしてくるか分からん。何かされる前にケリをつけなければ!
『氷山落とし』
巨大な氷の塊で押し潰す!!
「これで終わりじゃ!!」
『バキバキバキッ!!』
奴の頭上に塊が落下する。これで脅威は消え去ったじゃろう……さて、ウンスイを元に戻す方法を探さなくては…ああ…クソ…!!腹が痛いのう……。早く回復魔法をかけてもらわねば………。
『バキッ』
……氷が軋む音が聞こえる。…ただの自然音じゃろう。
『バキバキッ!』
……ヒビ割れた音。……落下の衝撃で時間差で割れただけじゃ…。
『バキバキバキッ!!』
ありえない…!あの物量で押し潰されて生きてるなど…!?
腕。氷山の中から腕が生えてきた。しかしその腕は関節がないかのようにうねっており、蛇のような動きで宙を這い回っている。氷が砕け、全体像が顕になる。
「おぞましい……!!」
奴を一言で表すならそうとしか言えなかった。長く伸びた赤黒い4本の腕。元々は手足だったものが変化したのか2本の腕は身体の下から生えている。大きく肥大化した腹にその中心にある赤い球体。四方に忙しなく動き回る様は大きな目のようにも見えてくる。頭だった部位は生気を失って飾りのように垂れ下がっているだけだった。もう奴には意識が残っていないじゃろう。
ゆっくりと浮かび上がり、ギョロギョロ動かしていた赤い瞳がワシを見るとピタッと停止する。……来る!
腕を鞭のようにしならせ、もの凄い速さで伸ばしてくる。
『凍結牢獄』
間一髪で奴の腕の拘束に成功する。このまま侵食させて氷漬けにして…!?
2本目の腕がこちらに向けて手をかざしていた。手の平はほんのり赤く光っている…この光は…!!
「炎か!?おのれ〜!!小癪な!」
予想通り、手の平から炎を噴射して氷もろともワシを燃やそうとしてきた。避けるのは簡単じゃがワシの後ろにはウンスイがおる。
『氷壁』
幸い火力は大したことは無かったため、こちらにはダメージはなかった。だが、あまりに長過ぎる。時間にして30分は経っている。こんなに放ち続けられるのは奴の魔力量が膨大なのか、はたまたこれは魔法ではないのか……。やがて拘束していた氷が溶け、再び奴の腕が自由になる。拘束が解かれたと同時に炎の噴射もやっと収まった。
「まずはあの炎を吹き出す腕から何とかしなくてはのう…」
「……手の中にある魔道石を破壊すれば炎を出せなくなります。アレはコアから魔力を得て魔法を行使しているので」
後ろで拘束されているウンスイがポツリと呟いた。
「…貴様、何故そのことをワシに教える?…怪しいのう」
洗脳されているウンスイが言った言葉なぞ信用できん。
「また何か騙し討ちしようと企んでおるのじゃろう?」
「………もうしませんよ、既にこちらは敗北しているのですから…」
「敗北?ではあの化け物は何なのだ?とても敗北を認めている様には見えないが?」
今話している間にも腕を何度も打ち付けてきおるし。
「アレは…恐らく勇者です」
「は…?はぁ!!?」
「冒涜するのも大概にせぇ!!こんな気持ち悪いのが勇者な訳あるか!!」
「そうでしょうね……ですがアレは貴方の言葉を聞いた時、酷く動揺していました。理想だった勇者がこんなアホみたいなジジイで理想が歪んで、暴走してしまったのでしょう」
「おい誰がアホジジイじゃ」
「魔力炉…あの赤い光を放っているコアが恐らく暴走の原因…。アレを壊せばもしかしたら…」
「…つまりはワシの事を勝手に勇者と思って、勝手に見限ったせいで暴走した真性の自己中野郎という事じゃな?」
「……まあ…そうですね……」
「魔道石を使って魔法を行使するとか暴走してこんな化け物になるとか理解出来ないことばかりじゃが、後で全部説明してもらうぞ。とりあえず…」
『氷結拳』
氷で巨大な拳を生成して振り下ろされた腕を掴み、振り回して地面に叩きつける。
「此奴を粉々して終いじゃな!!」
掴んでいた腕を力一杯引っ張り、ブチブチと音を立てながら千切ってやる。
『〜*○イ〜!?!?!』
化け物はキンキンと頭に響くやかましい金切り声を発してのたうち回る。今なら赤い瞳が狙い放題じゃな。さっさと破壊してしまおう。氷の鉄槌をコアに振り下ろす。しかし、氷はコアの中に吸い込まれて消えてしまった。
「なっ!?魔法が消えた…!?吸収されたのか!!」
「おい!!貴様やっぱりワシを騙したな!!」
後ろを向いて洗脳ウンスイを見るとまるで初めて魔法を見た童のように目を丸くして固まってブツブツと独り言を発していた。
「そんなはずは…!コアには混合魔法の吸収機能なんて無い……!!混合魔法の魔道石は存在しないのだから……」
「そんな考察は後にしろ!!それよりも…」
この反応を見るに本当に騙すつもりはなかったのじゃろう。………っ!仕方がない。縛っていた氷鎖を渋々解いてやる。
「ちと癪じゃが奴を倒すのに協力せい!!」
「…どうするんですか?俺の力でもアレには攻撃は通りませんよ?」
「そんなのハナから期待してないわ!!貴様でも足止めくらいは出来るだろう?1分、いや30秒でいい。攻撃を引きつけろ…いいな?」
「そんな無茶な…」
「その身体はワシの自慢の孫のものじゃ!例え洗脳されていてもその力は本物……なら!やれぬ道理はない!!」
「……分かりましたよ!やれば良いんでしょやれば!!」
既に体勢を立て直したオリジナルの俺(化け物)は俺を見向きもせず里長の方にゆっくり進んでいく。本能で脅威だと感じたのか、それともまだ勇者として認識しているのか……おっと、こんな事考えている場合では無かったな。まずはアレの注意をこちらに向けなければ。
手始めに氷鎖で動きを封じる。下にだらんと垂れている2本の腕を拘束したが、
『バキバキッ!!』
いとも容易く破壊されてしまった。そのうえこちらを一切気にしない。残った3本の腕は里長に止めどなく振り回し続けている。
「おい!真面目にやれ!!」
「やってますよ!お祖父様は黙ってて下さい!」
「ぬ…すまん…。って貴様にお祖父様と呼ばれる筋合いなど無いわ!!」
何か注意を引きつけるものは無いのか?アレは理想の勇者の成れの果て……憧れと憎悪の混ざり合ったモノ。だとすれば…アレはまだ求めているのでは無いか?あの存在を。
「俺の記憶が確かならこの倉庫にもあったはずだ。…………………!あった」
「彼奴何をしておる…!!全然引きつけられんではないか…!!…ん?あの姿は?」
出来る限り大量の氷弾をオリジナルの俺(化け物)にぶつける。ダメージを喰らっているようには見えないが、こっちに注意を向けるのには十分だ。
「こっちを見ろ!」
赤い瞳が大きく光ってこちらを凝視する。やはり思った通り、アレの行動原理は白マントの勇者。ならば、優先して狙うのも当時の姿に近い理想の姿…この白マントを付けた俺こそ最も勇者に近い存在だ。
「……皮肉なものだな」
オリジナルの俺(化け物)は腕をしならせ、もの凄い速さで薙ぐ。間一髪で氷壁を展開するが
『バキッ!』
たった一発当たっただけでヒビが入った。くそ、なんて威力だ。急いで修復しなければ…!?
『バキバキッ!!』
「ぐっ!?ま、まずい…!!破壊された!!」
計算外だった。オリジナルの俺(化け物)がここまで強く速いとは…里長が軽々と防いでいたから俺でも防げると自惚れていた。
3本目の腕が来る。もう氷壁を展開する時間も残されていない。
「…所詮は偽物…か」
『グシャッ!!』
「……」
「……」
「…?」
目を開けるとそこには大きな肉の塊…大きな大臀筋があった。
「はぁい…?お頭〜無事…かしら?」
「ピンク…?お前…俺を助けに…?〜っ!?」
なんて事だ…ピンク……!!
「お前…!!」
「?…ああ!これ?ちょっと痛いけど大丈夫よ。私達セッキ族はこれくらいの傷、何度も受けてきたし」
そんな訳ない。ピンクの身体は首が折れ、右半身が深く潰れてしまっている。きっと内臓に折れた骨が何本も突き刺さっているだろう。呼吸もまともに出来ず喉から下手な口笛のように空気が漏れる音が聞こえる。この状態で生きているのが不思議なくらいだ。
「目が覚めた時、お頭が変なのに襲われてるのが見えて…つい身体が動いちゃった…」
そうか……俺がいつも身に纏っている白マント…それで今の俺(洗脳ウンスイ)がお頭だと勘違いしたのか。
「ああ…攻撃が来る…」
「!?…くそ!また時間が無い!」
「守らないと…」
「早く逃げろ!お前…本当に死ぬぞ!」
「だって…」
「どうして俺のためにそこまでするんだ!?」
「だってお頭は…」
「私達の救世主だから」
「!!」
『ピシピシピシッ!!』
「…?何?何か…冷たい…周りから冷気が?氷?氷に覆われてる?」
腕が振り下ろされる直前、俺の中からとてつもない力が溢れてきた。その力はかつての勇者…とは違っていたが他者を思いやる慈愛に満ちていた。誰かを守りたいという強い気持ちがこの力を目覚めさせた。
『奥義・絶対防御』
「あれは!!初代様の…!彼奴やりおった…」
亀の甲羅の様な形で全方位に氷壁を張り、あらゆる攻撃から身を守るという防御の真髄…!それをあんな性悪が…。
っといかん!ワシが呆けてどうする!今がチャンスじゃ!
『氷結拳』
今出せる最大の大きさでの氷結拳で破壊する!ただし、壊すのは!
「この天井じゃあぁ!!!!」
「ぬおおおおお!!!!」
10秒
天井の鉄板が壊れ、岩壁が見え出した。
「ぬおおおおおおおお!!!!!」
20秒
岩壁を崩してさらに奥まで突き進む。途中で腹から血が溢れてくるが再凍結している暇はない。
「ぬおおおおおおおおおお!!!!!!」
30秒
殴った時の振動から出口が近いことが分かった。
「〜〜これで!終いじゃあぁ!!!」
キッカリ30秒。最後に放った一撃で天井に眩い光が差し込んでくる。外に開通したのだ。
下に目をやると半分以上落石に埋もれている化け物と絶対防御で落石を全て防いだ洗脳ウンスイが見えた。
一応出来るだけ落とさない様に落石の角度は計算するつもりだったが思わぬ幸運から破壊することだけに専念できた。後は、彼奴を回収して残りの岩を落として完全に押し潰せば完了じゃな…。
「…全くあの脳筋ジジイはとんでもない事をする」
俺がたまたま堅牢な防御魔法を使えたから良かったものの、使えなかったらどうするつもりだったのか…。
「おい、ワシに掴まれ。…貴様もじゃデカブツ。今は違うとはいえ、ウンスイを救ってくれたことには変わらん。特別にここから逃がしてやる」
「…あら、その声…あの時のダンディなおじ様ね///あの痺れるようなナックル…昇天するほど良かったわ…///」
「………やっぱ置いてくか」
俺をおぶってピンクを脇に担ぎながら冷気を飛ばし飛行する。オリジナルの俺(化け物)は、ガレキに埋もれてもぞもぞと動くだけでこっちを攻撃する様子は無かった。
「……」
外に出るまであと1mもない辺りから里長が向き直り、氷の拳を生成する。岩を落として完全に生き埋めにするのだろう。
「……」
岩を殴る。その岩は崩れてオリジナルの俺(化け物)の頭上に落石する。
「よし…帰るぞ。貴様には色々話してもらうからな」
「……」
里長が頂上に向かおうとした時、
『ガラガラガラ!!』
「まだ生きておるのか!?しつこいのぉ!!」
『〜¥ス<*〜』
生き埋めになったオリジナルの俺(化け物)は長くしならせた腕をこっちに伸ばしてきた。赤い瞳は弱々しい青白い色に変わっていた。
『〜→%=テ〜』
腕を伸ばしてくる。まるで何かに縋るかのように。
「これ以上は山自体が崩れる可能性があるからのぅ。…仕方ない。どっかその辺の岩でも拾って……!?」
手を広げている。まるで誰かに握ってもらいたいかのように。その手から淡い光が……。
突然目の前に氷壁が現れる。里長が展開させたものだ。一体何のために?その答えはすぐに分かった。
氷壁は砕け、その先から凍てつくような冷気が襲いかかってきた。あの手だ。里長は咄嗟に回避するも右手が凍りつく。
「これは!?初代様の…いや、ヒサメの!?」
『ドガーン!!』
繰り出された冷気は上部の岩壁を砕き、最大規模の落石を起こした。突然の衝撃に思わず肩から手が離れてしまう。
しまった…!このままでは落ちて生き埋めに…!
『〜ユ=2☆タ^・€〜』
腕が俺を掴もうと手を開き待ち構える。俺よ、一体お前はどこまで……。
もう絶対防御を使う魔力は残ってない。残っていても成功させる自信はない。
「…悪い、ウンスイ…お前を巻き込んでしまって…!」
こんな結末なのか……?俺は結局……自分さえ救えないのか?
『追い風』
死を目の前にして俺は幻覚を見た。あの懐かしい少年の姿を。白いマントをたなびかせ、華麗な動きで飛び回る…。
「「ユウシャ?」」
「ウンスイくん…!助けにきたよ。間に合って良かった〜!」
…幻覚じゃ…ない?
『〜ユ×→¥=○*テ〜』
後ろには今にも落石で潰れそうな男が一人。その姿を見た白マントの勇者は、
「……助けられなくて、ごめん……」
包み込むような慈愛の眼差しを向けていた。
これにて、セッキ族編終了です。
最後長くなってしまったので二つに分けました。




