64話 里長ヒョウガ
「里長の子といえど呆気ないな……」
凍り付いたメガネの少年を前に一人落胆する。それにしても最後に変わった事を言っていたな?
『風の勇者』…か。確か昔のお伽話にそんなものがあった…。
「馬鹿馬鹿しい!勇者が他にも居るわけがない…!」
60年前のセッキ族壊滅。あの日のことは一度たりとも忘れたことは無い。白いマントを付けた小さな少年が我らを薙ぎ倒していく様を…
「…っと、そうだったな。お前を捕まえた後、勇者について教えるんだったな…。どれ洗脳のついでに俺の記憶の一部を与えてやる」
『ドゴォン!!』
凄まじい轟音と共に建物が揺れる。…何が起きた?あの新人が何かしたのか?…いや、あの戦隊もどき達の仕業だろう。さっさとこの子供を洗脳してヒョウゲツに攻め込むとしよう。
「ふんっ!!!」
「キャアアア!!」
倉庫の扉の向こう側に猛々しい声と悲鳴が聞こえてきた。あの悲鳴はピンクのものか…?扉が開くとその奥に居たのはぐったりしていたピンクの頭を持ち上げている男。細身でありながらガタイの良い、顔には斜めに深い傷跡が特徴的な男だ。肌にはシワが目立ち年齢で言えば俺と同じ60代後半程か。ヒョウゲツの戦士でそのような男と言えば…
「里長ヒョウガ……白マントの勇者…!!」
「全く…青だの黄だの色付きの鬼面はしぶとい奴ばかりじゃの…!!仮面を外すのにも一苦労じゃ……ん?そこに居るのは…ウンスイか!!…っとなんじゃ?貴様……?…ああ!運び屋が言ってた童か!早く抜け出して…何をしておる?」
ツカツカと近づいて来た里長が動きを止める。それもそのはず、俺はその子供の首元に短剣をあてがっているのだから。これ以上近付けば殺すと馬鹿でもわかる脅しだ。
「久しぶりだな、白マントの勇者……」
「何…?貴様……何故それを?それにそのしわがれた声…とても子供の声には聞こえん。まさか…あの事件の生存者か?」
「…ああ、そうだとも。あの時の光景はいまだに俺の目に焼きついている…。マントをたなびかせながら敵陣の中を駆け回り、数々の同胞を投げ飛ばしていく様…当時の里長と協力しセッキ族頭領を討伐したヒョウゲツの英雄。その功績から勇者と呼ばれ、次期里長に抜擢された…そうだろ?」
「ほぉ…!随分詳しいな。ワシのファンか何かか?」
「ファン?…ファンか?…………ふっふっふ」
思わず握っていた短剣に力が入る。切先が子供の首元に食い込み、皮膚を貫きトクトクと血が流れ出す。
「貴様!!」
「動くな!!動いたらお前の大事な跡取りが消えることになるぞ!」
「ぐっ…!!貴様の狙いはワシへの復讐か…!!」
「復讐…ね……。それは少し違うな」
「…?」
「戦場を駆け回る華麗な動きに大の大人にも負けない膂力で数々の敵を薙ぎ払う勇猛果敢な立ち振る舞い。力強いながらも慈愛に満ちた目。あの時、俺は勇者を見て思ったのだ。『ああ……なんて格好良いのだろう』…とな」
「…何じゃと?」
「崩れ落ちた建物の下敷きになっていた俺はお前の戦いを目の前にして心を奪われた。その時お前は俺がガレキに埋もれていることに気づき、ガレキを吹き飛ばしこう言った」
『巻き込んでごめん…傷までは治してあげなられないんだ…さあ、早くここから避難するんだ』
「同胞を殺した忌むべき相手だがそれ以上に俺の憧れとなったのだ」
「そして俺はある結論に辿り着いた。そんな勇者が手も足も出ない状況になって俺に殺される…そうなれば俺は勇者以上の存在となる…とな」
「なるほど…どうやら貴様は勇者の偶像に囚われた厄介ファンらしい。年寄り連中以外にはもう知られていない存在がまさかかつての滅ぼした部族に知る者がいたとはな…」
「本当に伝えていないみたいだな…。コイツに聞いた時も勇者を知らないと言っていた。…何故だ?何故その話を後世に伝えていないのだ?」
「あれはワシにとっての黒歴史だ。…この先ずっと勇者と呼ばれるのは御免だと思ったからな」
「黒歴史……だと…!?俺が人生を費やした存在を…!!黒、黒歴史だと!!?ふざけるな!!」
指輪に込められた氷魔法を里長に向けて放つ。
「む!!これは!?ふんっ!!」
里長は氷の壁を展開し魔法を防ぐ。そして短剣を一瞬で氷漬けにして俺の元へ急接近する。この発動の早さ…!流石はかつての勇者、そして里長という訳か。今にも殴りかかってこようとこちらに腕を振り上げている。このまま反撃しても良いが……人質の子供を放し、距離をとって回避する。
「形勢逆転じゃな。さあ、大人しく自害するか討伐されるか選ばせてやろう」
子供を自身の背後へ隠して勝ち誇った顔で提案をする。その姿に思わず笑いを堪えきれず吹き出してしまった。
「おい、何を笑っておる?この後に及んで精神崩壊して許されようとしても無駄じゃからな」
「もう自分が勝っていると思い込んでいるな?子供を保護してしまえば負けないと思っているのだろう?…甘いな。甘過ぎる。どうして自分の孫が」
「「裏切ることを考えなかったのか?」」
里長の背中から氷剣が突き刺さる。腹まで貫通した氷剣は里長の血を吸って赤く染め上がっていた。何が起きたのか分からず混乱しながらその場に崩れ落ちる。
「かっ……!ごふっ…!」
「フハハハハ!!!そうだその顔だ!勇者として守ってきた者に裏切られたその顔…!!ましてや己の血族に!!滑稽だ!滑稽過ぎる!!勇者にとってこんな屈辱的な最期はあるまい!!」
「う…ウンスイ……?な…に……を?い、いや……ウンスイ?…なのか?」
「何を言っているのですか?俺はウンスイですよ。お祖父様が大好きで大好きで殺したいくらい…ね」
「…誰じゃ?貴様!?……っ!そうか!このクソチビィ!!ウンスイを洗脳したな!?」
「おや?もう分かってしまったのですか?お祖父様…!…あ!もしかして、既に誰かから聞いてましたね?恐らく…あの従者からでしょう?」
「…っおのれ〜!!ヒサメだけでなくウンスイまで………貴様はワシが絶対に殺してやる!!」
腹の傷を氷魔法で凍結し、出血を止める。この男、致命傷を受けてもなお動くか!!
「ウンスイ!!」
氷魔法で拘束しようと鎖状の氷を生成する。
『凍結牢獄』
「…すまん、後で解いてやるからの…」
『凍結牢獄』
ウンスイの放った一撃は里長の放った氷の鎖と衝突し、いとも簡単に破壊された。そのままウンスイは氷の鎖に四肢を束縛されてしまった。
「くっ…う、動けん…!!」
フラフラと立ち上がり項垂れた頭を上げこちらを見つめる。その瞳は猛獣が目の前の脅威を排除しようと殺意を帯びたものと同じであった。…違う。
「違う」
「…!」
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」
なんだ…その様は?あの時のお前はそんな負け犬の目をしていなかった…!そんな下卑た目では無かった!
「お前……本当にあの時の勇者か…………?」
「………」
「答えろ!!お前はあの白マントの勇者なのか!!?」
「知らん。ワシは一度たりとも自分を勇者と思ったことはない」
『ピキッ』
頭の中で何かが割れた。長年積み立てたモノがたった一言、たった一言で音を立てて崩れ去る…。
「居なかった…」
「最初から居なかったのだ…」
「フ…フフフフフ………」
俺が見たのは虚構だった……。ただの獣に勝手に俺の理想を当てはめて色眼鏡で見ていただけに過ぎなかったのだ。
「もういい…分かった…全部…全部…!」
「終わりにしてやる」
書いていたら長過ぎたので分けました。
次は早めに投稿できると思います。




