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54話 良薬口に苦し

「はあ、はあ…はあ……何とか撒いたか」

 氷の床を張り巡らせた後、怒り狂ったピンクが転んだセッキ族を踏み台にして跳んできた。それを皮切りに仲間を踏み台にし、渡って来る者が続々と現れたのだ。何とか逃げ込んだ部屋で息を潜めて隠れると、何人かこの部屋に入ってきて辺りを探し始めた。物の陰や箱の中、1cmもない隙間さえも隅々探していく。しばらく探していたが奴らは苛立ちながら他の場所へと移動していった。幸い、俺のいた場所はバレなかったようだ。氷を解除して俺は天井に張り付くのをやめ、高く積み上がった木箱の上に着地する。ここはどうやら倉庫みたいだな。食べ物なんかは無いが鉱石類や動植物の素材が乱雑に置かれていた。

「意外だな、見るからに野蛮そうな奴らがこんな物を備蓄していたとは」

 木箱の中の鉱石を手に取って見る。薄暗いためよく見えないが、魔力に反応して(わず)かに動く。この反応は……

「魔動石か」

 入学式の魔法適性の際に使用された小石と同じものだ。コイツの特徴は一番最初に取り込んだ魔力と同じ性質になって反応するという変わった鉱石だ。それを利用して学園のように適性判別に使用したり、特定の属性を持つ者だけが使える魔道具を作成したりと色んなものに応用されているのだ。だがそんな物がなぜここにあるんだ?…そういえばこのアジト、やけに設備が発展し過ぎている。魔力を打ち消す仮面に特定の言葉で開く扉。どれも一般には流通していない技術だ、こんな所に留めておくには勿体無いくらいには。

「この60年間で一体何が起きたというのだ……?」

「知りたいか?」

 後ろから声がする。しゃがれた声だ。さっきまで気配を感じなかったはずなのに声をかけられた途端、不気味なプレッシャーが全身にのしかかる。直感が告げている、この男は…

「……どうやら、いきなりボス戦みたいだな」

「何、心配するなお前には価値がある。殺しはしない……そう、負けイベントってものだな」

 ロク、お前はうまく逃げてくれよ……。



「痛てて……」

 レッドとの交戦で生き残れたのは幸運だったけどその代償は決して安くは無かった。打ち消しの仮面を失い、骨も何本か折れてしまった。それでもボロボロになった体を無理やり動かし、レッドとの距離を少しでも離す。今度捕まったら絶対に死んでしまうだろう…。あの時生き残れたのは打ち消しの仮面の最大のデメリットが分かったからだ。打ち消しの魔法は()()()()()()()()()()()()。仮面を失った僕はもうその手は使えなくなった。先に進むと分かれ道が見えてきた。左に行けば牢屋、まっすぐ進めば出口、右は医療部屋…か。左は僕らが出てきた牢屋だ。出口は今逃げるわけには行かないし…向かう場所は一つしかなさそうだ。僕は医療部屋に向かって走り出した。



『医療部屋』

 道中、扉が壊れていたけど何事もなく医療部屋に到着することができた。部屋の扉も壊されており、誰かいるのかと魔力感知で探ったが反応は無かった。中に入るとベッドとその横に救急箱が置いてあるだけのとてもシンプルな部屋で、特にこれと言って特徴的なものは無い。部屋も争った形跡は無いし、誰かここに来たわけでも無いのか。

「助かった……応急手当てだけでもしておこう」

 ヨロヨロとベッドに座り込み、救急箱を開ける。

「い!?」

 中には包帯や消毒液なんかのありふれた物ではなく、茶色に濁った泥水が入ったビンが4つ入っていた。

「最悪だ…救急箱にこんなゴミを入れるなんて……ここのお医者さんは誰だ!もし会ったらこの泥水飲ませてやる!!」

 泥水が入ったビンを一つ手に入れると廊下から足音が聞こえてきた。急いでこっちに向かってきている様子だった。まずい!隠れないと!周りを見てみるがベッドと救急箱が置かれた机以外何も置かれていない。まともに隠れたられるのはベッドしかない。……よーし、こうなったら!

「くっそ〜、アイツら俺の身体遠慮なく踏んづけていきやがって……!」

「ホントだぜ、特にアホ戦隊のピンクの野郎が!重すぎんだよ!内臓飛び出るかと思ったわ!」

 入ってきたのは二人だ。一人は大柄の男で、もう一人は太っちょの男だ。……ん?どこかで見たことあるような?

「お前、その言葉絶対ピンクの前で言うなよ?この前、無神経な奴がピンクに『太った?』なんて言ったら腹に風穴開けられてたぞ」

「アイツそんな事気にしてんのか?俺のスペシャルプリチーボディより細いくせによ。ゲャハハ!!」

 そんな知りたくも無かったピンクの乙女事情を話しながらベッドに近づいていく二人組。

「…?おい、そこ何か膨らんでねえか?」

 大柄な男の方がベッドを指差し、そう言った。

「何?…ということはあのガキじゃねえか?俺らを不意打ちで倒した卑怯な奴」

 うわ、思い出した。馬車が落ちた時、僕が気絶している時に襲おうとしていた人たちだ。

「おい!隠れても無駄だ!早く出てこい!」

 大柄な男がベッドに近づいてくる。ドクドクと心臓の鼓動が早くなる。呼吸も荒げてきたので息を止める。大丈夫、落ち着け。

「うおら!!」

 大柄な男が勢いよくベッドの布団を捲り上げる。そこには…

「なんだ?誰もいねえぞ?」

 ベッドの上には枕が置かれているだけだった。

「…プッ!ブハハハハハ!!おまっ、枕って!ビビり過ぎだろ!!ブハハハ!!」

「チクショー!!ふざけた真似を〜!誰のイタズラだ!?ぶっ殺してやる!!お前も笑うな!」

「ヒヒヒヒッ……!いやー悪い悪い!あまりに滑稽だったもんでよぉ。はぁ〜、ひと笑いもしたし、さっさと用件済ませてガキ探すとすっか!」

 そう言うと二人して救急箱の中にあった泥水を一気に飲み干す。

「え!?」

「…なんか声しなかったか?」

「お前またか?流石にビビり過ぎだろ」

「ちげーよ!聞こえた気がしただけだ!」

「へいへい、行くぞ?」

「おい!信じてないだろ……」

 二人が部屋を出ていき、声が遠ざかった後、僕は大きなため息を吐いた。

「フハッ〜!、ハァ、ハァ……」

 危ない、あまりの衝撃に思わず声を漏らしてしまった。下手したらバレる所だった。僕が隠れた場所、それは部屋の隅だ。『蜃気楼』を応用して自分の姿を周りの背景と同化させる魔法を今考えた、その名も『神隠し』!この魔法なら敵を撒くことが容易になっただろう。

 それより、あの二人…この泥水を飲んでたぞ?しかも迷いなく。蓋を開けて匂いを嗅いでみる……うぇ…1ヶ月洗わないでロッカーに放置された雑巾みたいな匂いがする…!明らかに人が飲むようにつくられていない。こんなものを飲むなんて正気じゃない!

 でも、これが何なのか僕の中で気づき始めている。医療部屋の救急箱に入っている謎の液体、躊躇なく飲むセッキ族……でも嫌だ!飲みたくない!こんなの飲んだら後で絶対お腹壊すに決まってる!……やっぱりやめよう。

 僕はビンを救急箱に戻そうとした時、頭の中でヒサメさんやウンスイくん、御者さんの顔が浮かんできた。皆……!でもこれは無理だ、ごめん。これを飲んだら人間辞めそうだし。

『飲め』

 …えっ?

『飲むんだ、ロク…』

 この声は、リュウタン…!?

(みな)を助けるんだろ?』

 僕の中のイマジナリーリュウタンが語りかけてくる。すると、ビンを置こうとしていた手が再び蓋を開け、口元まで運んでいた。

「リュウタン!?流石にこれは無理!心の準備が…!」

『ロク、よいことを教えてやろう』

「?」

『良薬口に苦し、というものだ』

 ゴクッ、ゴクッ。

「おえええ〜!!」

 傷と骨折が治り、身体の痛みが消えた代わりに心傷ができた。

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