36話 風は前に進む勇気をくれる
イリネスさんの元に向かうと、彼女自身が首を絞めていた。それを見て大幻狐は愉快そうに眺めている。どんな状況か分からないが何かされているのは間違いない。急げ!
「イリネスさんっ!!」
イリネスさんの元へ飛んでいくと大幻狐はこっちを見て不愉快そうに言う。
「邪魔するな……お前も堕ちろ」
目の前が真っ暗になり、突然、大幻狐が僕を噛みつこうとする。
………これまでの状況でアイツがどんな魔法を使っているのかがわかった気がする。これは……まやかしだ。
これは僕の『恐怖』から生み出した化け物だ。あの時の痛みは僕の想像でしかない。現実同様に再現される幻術は有りもしない痛覚すら再現される。昔読んだ、絵本にも似たような話があった。その本の主人公は、幻術を見破り、自覚することで幻術を克服していた。ということは……。
『恐怖を乗り越えて突っ込む』しかない。僕にできるか?いや、そもそもが違う。今の僕にとって本当の恐怖は、
「友達を助けられないことだ!!」
その時、周りの風が僕に呼応するかのように吹き始めた……ような気がした。
構わず、突っ込み大幻狐の噛みつきを正面から受け止める。最初の時と同じように肩を抉られる。ただあの時と違い、痛みが全くない。そのまま、突き進み、イリネスさんの元まで辿り着いた。
「何!?何故、効かぬ!?まさか、お前みたいなガキが気付いたとでもいうのか……!!」
イリネスさんがうわ言のように呟く。
「……誰も助けてくれない……」
イリネスさんの肩を掴み、もう一度呼びかける。
「イリネスさんっ!!」
すると、虚ろだった目が光を取り戻していく。
「……ロクくん?」
「大丈夫?助けに来たよ」
イリネスさんは涙を流しながら僕にしがみつく。
「……ベニエちゃんが……アイツに喰べられた……私のせいで……ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
「うん、もう大丈夫、休んでて。後は僕がやる」
イリネスさんを後ろに下がらせ、大幻狐と向き合う。大幻狐は不快そうに僕を睨みつけている。
「固有魔法の女といい、我の魔法を見破るお前といい、今日の獲物はどうなっている?ただでさえ、奴の所為で獲物が減っているのいうのに……。酷く不愉快だ」
ブツブツと文句を垂れている大幻狐に声をかける。
「……お前、ベニエさんを喰ったんだって?」
「……ああ、そうだが?話しかけるな、我は今、気分が悪い」
「それ、『嘘』…だろ?」
「何…?」
今思えばベニエさんに化けていたコイツは少しおかしかった。ベニエさんにしてはなんだか……
「お前はベニエさんに会っていない。その証拠にお前の演技はベニエさんの『弱気』な一面だけだった。いつものベニエさんならもっと気丈に振る舞うはずだから……」
僕が言い終わると『クククッ』と短く笑い、そして………
「クカカカカカカッッ!」
大地が揺れ動くほど大きく笑い始める。しばらく、笑っていたがピタリと笑い止む。
「……はあぁ。ここまで我の策が通じないガキは300年生きてきて初めてだ。お前、いやロクだったか?その名前、覚えておこう」
「この我を本気で怒らせた最も愚かな男としてなぁ!!」
大幻狐の体が変化する。サイズはどんどん小さくなっていき、やがて僕と変わらないくらいになった。目の前にいたのは、学園の制服を着た見知らぬ男の子だった。
そっちから小さくなってくれるなんて助かるな。これなら、僕の『疾風』で……。
さっきまでいた生徒(大幻狐)は姿を消し、僕の懐まで一瞬で移動していた。手には模擬戦用の剣ではなく、真剣が握られていた。早っ!?これは幻か?それなら避ける必要は……
『ガキンッ!!』
目の前に見えない壁が展開されている。イリネスさんだ。僕を守ってくれたんだ。ということは、これは幻ではない……。
イリネスさんがいなかったら今頃真っ二つにされていた。全身が凍りつきそうな程の悪寒がした。
「ちっ……、邪魔な能力だ。この男の力でも切れぬか」
「その人は、一体なんなんだ?」
「教える義理などない、分からぬまま○ね」
またもや、一瞬で懐まで入り込まれる。しかし、そう何度も食らってたまるか!
『逆風』
僕のカウンターが見事に決まり、後方の木に激突した。さらに追撃をかけるべく、照準を合わせ、準備する。的が小さい分、狙うのが難しい。ここだ!くらえ!
『突風爪弾』
また、生徒(大幻狐)が消える。いや、正確には消えているわけでは無い。ものすごい速さで駆け回っているんだ。ビュンビュンと風を切る音が周りから聞こえてくる。姿を捉えることは難しそうだ…。
すると、背後からこっちに向かってくる気配を感じ、振り返ると同時に僕の身体は、生徒(大幻狐)によって真っ二つに斬られた。
「クククッ…まずは一匹いただくぞ!」
斬られた僕の身体は地面に落ちる前に風になって消えた。
『蜃気楼』
動揺しているその隙を見逃すほど甘くない。もう一度だ!
『突風爪弾』
生徒の腹部に着弾し、大きな風穴が空く。生徒(大幻狐)の体は崩れ、跡形も無く消滅する。
勝った!これで終わりだ。
『グシャッ!』
鈍い音が響く。僕の右腕が石に覆われ潰された。
「……グッ!!」
幻……!痛みを我慢し、平常心を取り戻す。その時、
「流石に、完全克服とはいかないらしいな」
「……危ない!!」
その時、新たな姿の大幻狐が現れる。小柄の女の子で大きなウォーハンマー(戦鎚)を持っていて、それを思い切り振り抜いた。イリネスさんの守りが展開されるが、
「……うう、うああ!!」
見えない壁を貫き、僕を簡単に打ち上げる。
「ガッ…!!」
ものすごい衝撃が全身を襲う。骨がバキバキと何本も折れた音と内臓がバツンと破裂した感覚がした。
動け、僕の体!このままだと○される!意思に反して体は全く言う事を聞かない。ぼやけた目に映ったのはもう一度、打ち上げる態勢でハンマーを構える大幻狐の姿だった。
「ロクくん!!」
どうしよう、どうしよう!このままではロクくんが○んでしまう。アイツの攻撃を完全に防げない!また私のせいで○ぬ……!私のせいで……。
『ドズンッ!!』
無情にもウォーハンマーが対象を叩き壊す音が聞こえる。私はもう、見てられなかった。
「うっ……ロクくん、ごめん、ごめんなさいい……ごめんなさいぃ」
『ドズンッ!!』
もう一度、ハンマーの音が響く。ズドンッ!!ズドンッ!!ズドンッ!!
何度も何度も執拗に叩いていく。もう、やめて………。
「グオオッ!!な、なんだこれは!?」
大狐の驚いた声で顔を上げる。そこには、一面焼け野原になった森に、苦しみもがく大狐(生徒)の姿があった。
私のそばで着地する人影が現れる。そこに居たのは……
「ごめんイリネス、遅くなった。ここからは私が引き継ぐから、アンタはロクを見てて」
「!!ベニエちゃ……」
ロクくんとベニエちゃんを両脇に抱えた人体模型でした。
人体模型、またお前か




