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6 おすそ分けは鳥モンスターと香味野菜のスープ

 スライムを食べたあとは家の裏手に出た。

 雑草だらけのこじんまりした畑を前にして、ミミから古びたクワを渡された。

 木製の柄の先端に平たい鉄板、まごうことなきクワ。


「これは」

「のうぐ、しらない?」

「知ってるよ。触ったことないけど、日本にもこういう農具はあった。この世界にもあるんだなって思っただけ」

「しってるなら、はなしはやい。はたけをたがやす、たねをまく。みずやり。やさいは、じぶんでそだてる」

「よっし! 任しときな! 働かざるもの食うべからずって言うからな。食った分働くぜ」


 ミミのようなちびっこじゃ農作業はきついだろうし。力仕事はオレがやろう。

 雑草を引っこ抜いて土が柔らかくなるよう耕す、種まきと水やり。楽ショーだぜ! 1時間もいらねー。



 ──と思っていた30分前の自分を殴りてぇ。

 しゃがむ姿勢なんて普段あまりしないから、膝の裏とふくらはぎが痛い。足の筋肉全体が悲鳴を上げている。

 くそう。ゲームで見てるときはAボタンやXボタン押すだけだったのに。

 そうだよな。これはゲームじゃなくて現実なんだよ。


 まくりあげた袖の形にそって、腕が日焼けしている。日差しも強えな。服に汗がしみて肌に張り付く。

 うん、金を稼げるようになったら肌着を買おうか。


「キムラン、おつかれさま」

「ありがとな、ミミ!」


 ミミがうすく紅色のついた水をコップに入れて手渡してくれた。

 飲んでみると、舌先にほんのり岩塩に似た塩味を感じる。汗で失われた塩分が戻ってくる。異世界版スポーツドリンクか。


「いどみずに、ハルルのみつと、しおいれた。つかれたときにいい」

「そっか。美味いなこれ」


 スポドリを飲み干して、次は土を耕そう。


「クワってどう持って振るのが正しいんだ?」


 とりあえず牧場ゲームで見たみたいに高く振り上げて振り下ろしてみるけど、目当てのところじゃない方向に刺さってしまってうまくいかない。

 農家の皆さん、農業を侮っていてごめんなさい。これからはもっと生産者に感謝して食べます……。


 いつまでも耕すのが進まない。みかねたらしい隣の住人が出てきた。

 十才そこそこで小柄な、金髪の少年だ。


「お兄さん。こうやって持って、斜め上から土に刺して、土を手前に持ち上げるようにしてください。あんまり大きく振り上げると手元が狂うので、この高さで」

「そうなのか。知らなかったよ。ありがとう。助かる!」


 年齢にそぐわぬ穏やかな口調の少年にレクチャーされ、初心者のオレでも、ある程度土を耕すことができた。

 ここまでくれば残るは種まきと水やりだな。あとは自分でがんばろう。

 ひと通り教えてくれたあと、少年が言う。


「自己紹介がまだでしたね。ぼくはナルシェ。隣の家で従姉いとこのオリビア姉さんと暮らしています。

 貴方のことは、村長さんから聞きました。貴方がミミちゃんの保護者になってくれるって。みんなミミちゃんの今後を心配していたので、助かります」


 本当はミミが「わたしがキムランをやしなう」って言ったんだけど、ゴルドさんはオレの世間体を気にして“オレが保護者役になると言い出した”ということにしてくれたらしい。


「そういうことになってるのか………」

「へ?」

「あ、いや、こっちの話。オレはキムラン。この世界について知らないことも多いから、また何かあったら頼ると思う。よろしくな」

「はい。よろしくお願いします」


 うう、なんて礼儀正しい子だ。お兄さん感動しちゃったよ。実家の弟なんて反抗期でクソ兄だの邪魔だの言ってたのに。泣けるわー。

 話し込んでいると、ナルシェの家から女性の間延びした声が聞こえてきた。


「ナルシェくーん、お肉入れたらスープが変な色になったの~」

「うわあああああ!! 駄目! 頼むから姉さんは鍋に触らないで!!」


 ナルシェが真っ青になって家にかけ戻る。



 入れ替わるようにして、20歳そこそこの女性が出てきた。

 背中まである緩やかな銀髪に水色の瞳、おっとりした雰囲気の人だ。日本にいたら超モテるね。


「あら、ちょうどいいところに! ミミちゃんの親戚のキムランさんですよね。お引越し祝いにスープを作ったんです。ミミちゃんと食べてくださいな」


 女性が自信満々にフタを開けた鍋の中身は…………………。



 え、なにこれドブ川の水?

 焦げて黒ずんだ液体に、ドロドロに溶けた何かが浮いている。鍋からは、腐った生ゴミみたいなエグい臭いも漂ってくる。

 オレの本能が『これはゲテモノだ。食うな』と警鐘を鳴らしている。


「ええと、これはいったい」


 もしかしたらこの世界の一般的な料理かもしれないから、念の為聞いてみる。


「オリビア姉さん、頼むから料理作るのやめてって言ったでしょう!!」

「えぇ~。ナルシェくんひどい! わたしは純粋にお隣さんが増えたお祝いを」

「頼むから! 祝う気があるなら洗濯と掃除以外何もしないで。一生のお願い!!」


 ぷぅ、とほほをふくらませてスネるオリビアさんに、ナルシェが懇願こんがんした。




 1時間ほどして、ナルシェがまともなスープを持ってきてくれた。多分あのゲテモノスープの製作者は………。心労を察するぞ、少年。


 使った肉は、森に出る鳥型モンスターのものだという。

 さっきのスライムといい、この世界では普通にモンスターを料理するんだな。


 透明度の高い黄金色のスープに、一口大に切られた肉が沈んでいる。スプーンですくい上げていただく。


「おおお……肉の歯ごたえはぷりぷり。弾力があるが軽くかみちぎれる。きちんと下処理もしているからこそか。このいい香りの野菜はなんだろう」

「しろいホクホクのはマルイモ。あかいのはニンジャ。においけしのやさい」


 ミミ先生の解説が光る。ニンジャは忍法の忍者じゃないわね。


「なるほどこいつは香味野菜なんだな。ふふふ。野菜が肉の臭みを打ち消して相乗効果を発揮し、えーと、つまりなんていうか、この料理めっちゃうまい!! 少年を嫁にほしい!」


 はっはっは。異世界メシについてかっこいいこと言おうと思ったが、オレにはグルメ番組のリポーターみたいなのは無理だった。

 まあ、とにかくこのスープは美味い。


 ミミがスプーンをくわえてジト目になる。


「……キムランは、だまってたべられないのか」

「あ、それオレがウルサイって言ってる?」

「おお、わかるか」


 ウルサイと言いつつも、ミミは笑顔だ。

 長らく独り暮らししていたから、こうしてごはんをともにする相手がいるっていうのも久しぶりだ。

 やっぱり、誰かと一緒にごはんを食べるのは楽しいんだな。


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