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千佳の場合

 ぐ……。

 な、なんで今日に限って……。

 ……。

 …。


ーーー


「か~~いちょ!今日もお弁当一緒に食べましょ!」


 この元気な呼びかけは、同じクラスで生徒会の書記を務める多磨子たまこ


 私は高校3年生で生徒会会長をしている。

 真面目なことだけが取り柄なはずで、自分では容姿端麗では無いと思っている。それに、運動部での部活で活躍してるわけでは無いから知名度も無いはずなのに、何故か生徒会選挙で「形だけでも」と、推薦されて選挙に出てみれば会長になっている。


 私を推薦してくれた多磨子は、半年前の生徒会選挙で共に書記として生徒会に入ったため、生徒会室で一緒にお弁当を食べる仲になっている。かいがいしく私をサポートしてくれて、お弁当も付き合ってくれる信頼のおける良い子。


 今日も今日とて、お昼ご飯を一緒に食べる予定だったので、いつも通りに軽く頷いて返事をすると、お昼ご飯を食べに生徒会室へ向かう。


「かいちょ!今日は中華マンが手に入りました。ですが……。大きくて1つだけでしたので、半分ずつでも良いですか?」

「はい、もちろん。いつもありがとう」


 生徒会室にはお茶を淹れるためのポットや電子レンジがある。

 普通であればそのような備品は認められないのだけれど、会議が長引いたりしたときに、昼食や夕飯を温められると良いということで、近年になって認められた生徒会の待遇改善の一つだったりする。

 部屋は施錠管理されているので一般性との使用は禁止されているし、衛生管理の面からは問題が無いように、食品は置いておくことは許されていおらず、常に各自で持ち込んだものをこの部屋で利用して、残り物は各自が持ち帰るルールを守っているからこそ認められている備品なのかもしれない。


「かいちょ!ちゃんと中まで温まっているか確認するために切りますね……」


 多磨子が器用にナイフで肉まんを半分に切ってから、中を軽く触って温度を確かめると、「ちゃんと温まってます」と、指で温度を確かめた残りの半分を私に手渡した。こういった、細かい気遣いが信頼のおける良いところでもある。


「ありがとう。早速いただきますね」


 昼休みに二人でお弁当と中華まんを食べてから、普段通りに午後の授業を受けているときに異変は起こりました。


 『お腹の調子が悪い』


 自分は若干便秘症ではあるけれど、下痢症ではなく、割と定期的にお通じが出る体質だから、突然お腹が緩くなることは余りない。

 屋外は中華マンが相応しい季節になってきたけれど、校舎内はそれほど寒く無く、服装も冬場に備えて学校で認められているセーターなんかを内側に着込んでいるから、急にお腹が冷えた訳でも無い。


 なぜ?

 お弁当はいつも通りに、自宅で自分で作った物だし、昨日の残り物もあったけれど、きちんと火が通ったものばかり。残りのおかずは朝に手早く作った物だし、ご飯も朝炊いたばかりのものだった。

 お弁当に関しては、食中毒になるような心当たりは無い……。


 ノロウイルスなどの感染症が流行っている様子もなく、食中毒の要素も考えられないから、なんなんだろう……。


 午後の授業が終わるまで、後10分。

 今日は生徒会の仕事も無いのだから、10分耐えてからトイレに向かっても大丈夫。用心して家に帰ることにしましょう。


 授業が終わりを告げる鐘が鳴ったので、お腹の痛いのを我慢してポーカーフェースで挨拶をしてから、傍目に気が付かれない速度でトイレに向かおうとすると……。


「か~~いちょ!今日は生徒会がありませんので一緒に帰りませんか?」

「多磨子さん、良いですよ。けれど、先にお手洗いに寄りたいのだけれど……」


「会長……。お忘れですか……?

 今日は下水道のメンテナンスなので、午後から学校中のトイレは使用禁止ですよ。

 2週間ぐらい前から工事予定されていて掲示もされていましたよね?」


 忘れていた……。

 というか、気にしていなかった……。

 小用であれば、駅まで歩いて10分程度の好立地の学校なので、トイレのことは気にしていなかった。そもそも大きい方は学校では殆ど使ったことが無いので、その機能を利用することも無かった。だから、トイレ不使用になることが私にとっては重大なことでは無かった……。


 けれど、今日に限って、そんな……。


「かいちょ、どうかされましたか?トイレでしたら駅まで急ぎ足でご一緒しますよ?」

「そ、そうでしたね。ありがとう。少し急いでも良いですか?」


 普段であれば二人で生徒会での仕事の愚痴や、その他雑談を楽しみながら連れ立って歩くところを、今日は二人で急ぎ足です。

 ただ、外の冷え込みがお腹に当たらない様に鞄をさりげなく前に抱えながらの姿勢で。いつもと同じ姿勢で無いから、少し不自然かもしれないけれど、傍目には『そういう鞄の持ち方もありかな』程度の違和感のはず。


「かいちょ、私が先に行って、公園のトイレの空きを確認してきますね」


 と、残り5分ぐらいの距離で、駅の手前にある広めの運動公園にある公衆便所の偵察に行ってくれるとのこと。


「ごめんなさい。私が走れないから助かります」


 多磨子に偵察を任せて、その運動公園にあるトイレに向けて方向を変える。確かに駅のトイレはは駅の改札の中にあるから、移動距離以上に気を遣うし、混んでいることもあるから使えないリスクは大きい。

 この辺りも多磨子の気遣いに感謝したい。


 運動公園のトイレまでたどり着くと、車椅子の人なんかも利用できる多目的トイレの方に立っている多磨子が私に向かって軽く手を振る。大声で『会長!こっちです』なんて、呼びかけない辺りの気遣いがうれしい。


「会長、普通の個室は『清掃中』の立て札があって、作業中の様でした。こちらは空いていますのでどうぞどうぞ」


 と、扉を開けて案内してくれた。

 普通の多目的トイレで人が4~5人居ても大丈夫なくらい広い空間。


「かいちょう、荷物預かりますから急いで中へ!」


 私は前に抱えていた鞄を多磨子に預けると、手早く中から鍵をかけて便座に腰を掛ける。中々全ての物が出来らず、少し時間が掛かっていた……。

 これは、完全に風邪か食あたりだったのかもしれない……。


 と、扉がノックされて、『かいちょ、大丈夫ですか?』と、扉の向こうから声が掛かる。私は心配をしてくれている心遣いに感謝して、何度目かの水を流すと、折り畳んだトイレットペーパーをお尻に当てて、鍵を開けて多磨子を多目的トイレの個室に招き入れる。


「多磨子さん、ごめんなさい。お腹の調子が悪いだけでなく、ひょっとしたら、風邪か食中毒かもしれない。もうしばらく掛かりそうだから、今日は別々に帰りましょう」


 と、半泣きになりそうになりながら謝罪の意を示す。


「かいちょ、それは大変です。かいちょのご自宅までは電車にものりますし、その先もあります……。

 ちょっと、薬局に行ってきます。このままここでお待ちください」


 と、二人分の鞄をおむつ替えが出来るような台の上にのせて、そこから多磨子さんの自分の小物類をカバンから制服のポケットに移し替えると、私を安心させるようににっこりと微笑んでから扉を開けて出て行ってしまった……。


 私が『ちょっと』と、声を掛ける隙も無く、あっという間の早業。行動力と優しさに涙が出てきてしまう……。

 私は多目的トイレの扉の鍵をかけて、出し渋るお腹を抱えながら再度便座に腰かけて、お腹が落ち着くのと、薬局に行っている多磨子を待つことにした。


 どこのお店まで行ったのか判りませんが10分ほどすると、少し息が上がって汗ばんだ様子の多磨子がここに戻ってきた。


「かいちょ、まずこちらが下痢止め薬です。こちがら薬を飲むための温かいお茶になります。それと下痢のときは水分補給が大事ですので、お腹が落ち着いている様でしたらこちらのポカリもお飲みください。

 あとは……」


 ここで、立て板に水のごとく、スラスラと説明してきた多磨子が少し言い淀む。

 何かな……。


「かいちょ、あの……。

 薬を飲みながら聞いてくださいね。

 そして、気を悪くしないで欲しいのですが……」


 ペットボトルに入ったお茶と、下痢止めと書かれた箱を開封口から開いて中身を取り出して、薬を飲み終わってから聞き返す


「なにか困ったことがあります?あ、代金はちゃんとお返ししますので言ってください」

「あ、いや、代金は別に大丈夫です。後日返して頂ければ問題ありません。

 というよりもですね……」


「なんでしょう?」


「大人用の紙おむつを念のため購入しましたので、そちらをご利用頂いた方が……。

 生理用のショーツと生理用品の組み合わせもあったのですが、少々お値段が張るのと、緊急時であったたため、私も十分に手持ちが無く……。

 かといって、この先、会長が帰宅途中で粗相をするリスクを考えますと、私としてはご提案せざるを得ず……」


「『おむつ』ですか……」


「あ、いや、私の個人的な意見ですので、会長ご自身で決めて頂ければと思うのです。

 例えば、途中で薬が効いて落ち着かれたら、普段の下着に履き替えて頂くのもありです。

 ですが、私としては会長に嫌な思いをして貰いたく無く……」


 多磨子の気遣いは判る。

 そして、この状況において、これ以上無い安心感を得られるアイテムの提供ともいえる。けれど、それは、オムツの中におもらしすることを周囲に知られてしまうリスクもある訳で……。

 であれば、もう少し下痢止めの効果が効いてきて、様子を見てから帰るという手も……。


「折角の好意なのですけど、薬が効くのを待って、少し様子を見てから決めようかと思うのですけど……」


「そ、それがですね……。

 会長には申し訳ないのですが、清掃員の方に『どうしてもお腹の調子が悪く、少しだけ貸してください』と、頼み込んで、こちらの個室を借りていまして……。

 あのおばさんも作業を終わらせて次の清掃に取り掛かる必要がありまして……。

 薬局から戻ってきたときも、『まだですか?』と、かなり不機嫌そうに睨まれてしまいまして……」


「分かりました。オムツは鞄にいれておきます。もし不味いようでしたら駅のトイレで履き替えることにします。

 多磨子さんにも、清掃員の方にも迷惑を掛けてるので、ここを早く出ましょう」


 と、私はそのときは大事に至らないと思ってた。



 手早く薬の残りやお茶類、オムツなんかをカバンに詰め込み、忘れものが無いことを確認してから、多目的トイレの個室を出ることにした。

 ここから駅までゆっくり歩いても5分も掛からない程度。薬も飲んだし、ほとんど出し終わっているから急激な差し込みも起こらないとは思う。


 が、しかし……。

 そのときは来た。


 ぐ……。

 なんで……。

 今日に限って……。

 公園のトイレは作業中。

 駅まで歩いて5分程度とはいえ、とても早く歩けるような状況じゃない……。


 あ、あの木陰なら……。

 で、でも、隣にいる多磨子になんて……。


「かいちょ、大丈夫ですか……」


 多磨子の言う通りに、オムツを付けていれば、多少のことは……。

 ひょっとしたら、おならだけで中身は無いかもしれない……。

 でも、もし下着を汚してしまったら……。


「タマコさん。ごめんなさい。ちょっと、そこの木立こだちの陰に急用が!」


 何を自分で言っているのか良く分からない。

 けれども、緊急事態。

 木立はトイレじゃない!

 そんなことは判っているよ!


 で、でも、下着を守らないと!

 ……。





 私の下着は守られた。

 けれど私の自尊心は……。

 その隣には暖かく見守る友人の姿が……。

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