未の刻八つ時
七庭の景色がフェードアウトし
フルダイブ部屋の景色がフェードインしてくる。
「ふーっ、今回も結構疲れたな。侵攻戦で頭使いすぎたわ」
うん、リアルだから誰もツッコんでくれない。
『修ちゃん、お疲れさまぁン。カウンターで待ってるわね♪』
うーん、濃い。
慣れたと思っても、少し時間が経つと
慣れてなどいなかった!
と、再認識する不思議。
とりあえず荷物をまとめて部屋を出て
トイレへ直行する。
……今回は誰もいないか。
そういえば、今のところ
フルダイブ中にトイレに行きたい! って
なってないけど、その時はどうするんだろう?
一時的なログアウトとかあったっけ?
手短に済む方なら良いけど、そうじゃない時は
かなりの時間的ロスになるな……
「うん、トイレは事前に済ませておくに限る」
そう呟いた瞬間、トイレの扉が僅かに開いたものの
すぐさま閉じられ、そのまま誰かが
入ってくることは無かった。
「やべ、独り言にドン引きさせて、トイレ我慢させちゃったかも……スマン見知らぬ人」
ここは早々に立ち去った方が良いと考え
トイレを済ませ、喫茶エリアへ移動する。
フルダイブエリアから続く階段をのぼって
喫茶エリアに到着するとすぐにギガと目が合う。
ギガは手をヒラヒラさせて
軽く、ここに居るアピールをしたあと
ジェスチャーでカウンターの方へ
移動するように促してくる。
──ここまで互いに無言。
ここまで通じ合っていて良いのだろうか? と
少々不安になったが、今は考えないようにしよう。
「お疲れ様ン、規則として今から1時間はフルダイブの利用は出来ないの、それ以降ならまた受付するから、利用するならいってちょうだいね?」
ママがウインクをする。
……良い感じに無になれるな。
「分かりました。ギガも居るみたいなので、軽く何か食べたいんですけど、大丈夫ですか?」
「もちろん、大歓迎よ♪ 雅ちゃんと同じ席で良いかしら?」
「そうですね、別の席にしたら何を言われるか」
「ふふふ、たしかにそうねン」
ママが笑う。
めっちゃ笑顔は素敵なんだけどな……。
俺は遠い目のまま、ギガの元へ行く。
「めっちゃ遠い目してるね」
ギガは察したのか、笑いながらそう言う。
「あぁ、何故ああなったのか?」
急に真顔になったギガが低いトーンで
「人間、知らない方が良いこともあるよ」
とか言い出すから、俺も思わず笑ってしまう。
「なんだよそれ」
「こういうの良くあるじゃん?」
「まあ、あるな。思わせぶりキャラは物語には欠かせない」
さて、微妙に腹が減ってる……
所謂、小腹が空いたというやつだ。
「丁度おやつ時だから、上島君も何か食べようよ?」
通じ合いすぎてない?
いや、脳内読まれまくってる俺だ
きっと顔に出てたのだろう。
「そうだな、未の刻八つ時だ、スイーツでもいただこうか」
「何それ?」
「なんか『おやつ』の語源らしいよ、よく知らんけど」
「知らんのかいっ! まあ、それはそれとして、スイーツ食べるなら、気をつけた方が良いよ?」
「何を?」
「暴走」
喰い気味に言いやがって……その通りだけどな!




