8 「タイプじゃない」
気づいたのは門を抜けてからだった。
ゲームでは必ずネタキャラに走る人がいる。攻略メインに進める人たちはパーティを募るために声を張り上げるし、リアルで見かけたら通報するレベルの変な行動をとっている人の方が多数だ。そして、そもそも数が多く始まりの街といえば道は人で詰まっているものだ。
なのに。
「プレイヤーがいない……?」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「なんでもない」
最初バスケットを持ちたいと言い出したものの、前が見えなくなってしまい危険なのと、揺れが酷くて二匹から抗議が出たので俺の手を握って不服そうな少年が唇を尖らせ出し、面倒だったので肩車してやる。
「わー高い!!」
さて、改めてどうしてプレイヤーが見当たらないのか考える。
1つはこの数日で皆次の街へ向かってしまったという理由。しかしリアルでいう今日がリリース日だ。全員が全員リリースと同時にプレイしている訳ではないし、今も増え続けているくらいでないと当選者数を疑ってしまう。
もう1つは最初からチュートリアル真っ只中という理由。チュートリアル時は基本、邪魔になったりするのでプレイヤーは非表示状態になる。放浪者なんて選ぶ人はあまりいないだろうし、バグっていてもおかしくはない。ただチュートリアルの割には説明がなく普通に自由なので可能性はほぼゼロだ。
となると、考えたくはないが、
「この街の他の街に行く地図ってどこかに売ってたりするか?」
「ギルドに売ってるよ!」
頭上からあっち! と指をさす少年。道案内をしてくれるようでありがたい。
「ところで家はどこだ? ギルドに案内してくれるのはありがたいが、帰るのが遅かったら親が心配するだろ」
「ママが、あの子を元のところに返してきなさいって、それまで帰るなって言ったんだ」
「じゃあこれで帰れるな」
「でもいっぱい怒られたからまだ帰りたくないな」
「そうか」
まあ沢山叱られた後って二人だと気まずいよな。だからといって俺が混ざっても余計に気まずくなるだけなんだが。
「いつも何時に家に帰ってるんだ?」
「ご飯の前! だから、9の鐘くらいかな」
「9……18時か。まだ時間はあるな。まずはギルドに行って、その後家まで送ってやる」
「うん」
この世界では時計がない代わりに鐘が二時間ごとに鳴る。現実でいうと十分間隔で鳴っているわけだが体感的に時間の進みがゆっくりなため、さほど頻繁に鳴っているイメージはない。
この鐘は街が見える範囲にしか音が届かないので、俺は基本メニュー画面にあるリアル時間と合わせて表示された時計を確認していた。ただこれは現実に引き戻されるデメリットがあるので街にいる間だけでも見ないように心がけたい。
とにかく、街に着いた時丁度8の鐘が鳴った所なのであと二時間余裕があるわけだ。
「ここだよ」
「ほう」
前作よりも少し広くなったのだろうか、レンガなんかも使われていてお洒落だ。扉はどんな人でも気を使わないで通れるよう大きめに設計されているため少年を肩車したままでもまだ余裕がある。
「地図はね、あっち」
俺はそこで足を止めた。世界観を重視しているのか茶色い壁面に直接図が描かれている。このギルドを中心に地形が広がり、他のギルドの場所や赤くバツがつけられ危険なところだと注意書きされた場所がある。
その中でも北の方、つまり俺が最初にスポーンした森の更に北、アルウェルの町というところに「近々異邦人来たり」との注意事項が書かれている。俺のいるところはカサヴェの街。
「ああ、やっちまったな。これ」
押せとばかりに赤く光る通知ボタンからワールドアナウンスの通知設定をオンにするよう指示される。最初からオフになっていたのか。
《お知らせします。第二の街、カサヴェにプレイヤーが到着しました。これによりカサヴェの街への行き方が公開されます》
『称号【先駆者】を取得しました』
【先駆者】
冒険の先駆者に送られる称号
HP10%増加
ふむ。なかなか良いスキルじゃないだろうか。今のところダメージを喰らっていないのでなんとも言えないが、高レベル帯になってきたら大活躍する未来が見える。
「次の街も先に行ったら称号被るのか……?」
「どうしたの?」
「ああ、いや。地図を買おうか」
「1つ1000ゴールドだよ」
「……」
持ってたっけ? と確認する前にほいと少年が地図を受け取っていた。
動じずにメニューを開くと初期金なのか1000ゴールドがあり、1000ゴールドを取り出しておっちゃんに渡す。
危ねぇ。
「でもそんなに高い地図って必要なの? ここに来たら壁に書いてあるのに」
「はは! 坊主、冒険者ってのはな、依頼で色んな場所へ行くんだよ。遠出したときに道が分からなくて困らないように地図を買うのさ」
「これで1000ゴールドは安い? んじゃないか」
壁に書いてあるものよりも細かく色々と書かれている。採掘ポイントや採取ポイントなども含んでいるのでありがたい。
ゴールドの相場が分からないのだがかなり安いのではないだろうか。初期金なんて普通一日狩りしてたら貯まるレベルだろうし。
「兄ちゃん分かってんねぇ。近頃の若者は安いのばっか買いやがる。坊主も兄ちゃんを見習えよ。無駄に高いもんを買えなんて言わねぇ、見極めが大事さ」
「お兄ちゃんは凄いんだね……」
話に付いていけずに商品を見るとなんと1000ゴールドの地図は置いていなかった。ぼったくられた可能性を考えるが一番高い300ゴールドの内容と俺の持つ1000ゴールドの内容とでは明らかに書き込み量は違う。300ゴールドのものはアルウェルとカサヴェの行き方しか書かれていないのに対し、俺の持つ1000ゴールドのものは次のササールまで書かれている。
これらを比べるに、ぼったくられているのは300ゴールドの方だ。
300ゴールドのものを買うならぶっちゃけ少年の言う通りここに来て壁の地図を覚えればいいだけだ。
「店には置いてないのか?」
「1000ゴールドを置いてても見栄を張りたい奴しか買わん。だから俺の目に留まる奴にしか売ってねぇんだよ。兄ちゃんは合格だ」
何をもって合格なんだ。
……はっ! まさかこれが【異形と分かり合えし者】の効果か!? そういや好感度が高いんだよな。
「兄ちゃんのジョブはなんだ?」
「……放浪者だ」
「ほう! そりゃ珍しいな。なら異邦人にも会ったのか??」
「まだ、だな」
俺が異邦人だと言える雰囲気ではないよな。
まあまだ1回も会ってないし、本当の事ではある。嘘はついていない。
「坊主は?」
「この子はここに来る途中で助けたんだ。迷子らしくてな」
「う、うんそうなんだ。お兄ちゃんに助けてもらったんだよ」
少年の事を思うとモンスターの子供を拾って街に連れて来たなんて言えないだろう。テイムしていないモンスターを連れて街に入るのは危険だし。
待てよ。
俺は左にぶら下げたバスケットをちらりと見た。二匹は眠いからとタオルを被って寝ているので中身を知っている人はいないしバレる心配もない。この二匹はテイムもしていなければ俺はテイマーでもないので暴れないと保証するすべはない。
ついでにギルドの登録でもするかと思っていたがそうなれば職業を提示しなければならないし、おっちゃんにも話してしまった。
……二匹をずっと隠し通すか?
いや、無理だ。うっかりさんな二匹なのでいつバレるか分からない。
「長話をして引き留めたようだな。そろそろこの子を家に送り届けてくるよ」
「おう、そうだな。そろそろ暗くなるし子供は帰る時間だ。また寄ってくれ! 今度はおまけしてやるよ」
「ありがとう」
1つ言えるのはここに長居すべきでないということ。話が長くなればなるほどランクの話になるだろうし、そうなってしまえば誤魔化しようがない。
ギルドを出て時計を見るとあと一時間半もある。暇を潰すと言っても金もないので丁度いいベンチを見つけてそこに少年をおろした。
「君の話を聞かせてくれないかな。できれば街の周りにいるモンスターとか」
「うん!」
途中でルヴの実を食べたりしながら少年の話を聞く。
子供たちの情報網は主婦たちのものに匹敵するほどで、特に男の子たちはモンスター系の話をよく知っているものだ。
なぜこうして聞いているのかというと名声を高めるためである。
強いモンスターを倒して素材を売ればそれよりも弱いモンスターを連れていても「何かあったらすぐに倒してくれるだろ」と思ってくれる。そう、信頼関係が大事なのだ。
「――中でもシディスの洞窟にいるそうだのせいで森の奥にいるモンスターたちが門の付近まで来てるから危ないんだってパパが言ってた」
「そうだ?」
「うん、頭が2つある蛇さんなんだって」
「ああ、双蛇」
急に閃いたのかと思ったよ。
うーむ蛇はヴァレンティアの天敵だからなぁ……ルーウィもか?
でもまあ、そこまで被害が及んでいるのだったら名声稼ぎに丁度いいだろう。
「あ、9の鐘……」
「家に帰るか?」
「……うん」
空はもう茜色に染まっているし、そろそろ親御さんも心配することだろ――
「――マティ!」
「ま、まま」
送るまでもなかったようだ。息を切らして駆けて来た母親は先程の土狼と重なって見えて、俺は少し笑みをこぼした。
例え種族が違っても母親は母親。
これ以上は場違いだろう。邪魔者はさっさと退散させてもらおう。
◇
「んで、わしを待たせた罰は重いで?」
「いやほんっと、悪かった。なんでもする」
「はは、嘘や嘘や。にしてもええかっこしとるなぁ」
あの後俺は休んでいた噴水でワープが使えることを発見。
本来一度訪れたことがある場所でないとワープできない仕組みだが、誰も初めの町を飛ばして2つ目の街へ行くとは思わなかったのだろう。普通に初めの町へワープすることができたのであった。
しかしこれまた職業:放浪者のせいで噴水でなくアルウェルの町がかろうじて見える森に飛ばされてしまった。
運よく近くで狩りをしていたらしい彼と合流し今に至るのだが……。
「ジンの方こそ、今までにないようなキャラだな」
「わしもぜーんぶお任せにしたからな。ノアがおもろそうなことやってるからわしもやってみたなってな」
神楽。かぐらと読まれることが多いらしいその名前が目印であったが、俺と揃いの位置にある左目下の黒子が決め手であった。
「毎度ランダムやのに揃いのほくろは変わらんっちゅうのは運命感じるよなぁ」
毎度ランダムキャラな俺と違い、神楽は同じキャラで通してきたので見た目が変わると違和感がある。それでも神楽が言った通り、黒子の位置は変わらないのだからもうそれは運命だろう。
彼と仲良くなったのもこれがきっかけだしな。
改めて神楽のキャラに目を通す。垂れ眼で髪は少しくすんだ金髪。肩にかかるかどうかの長さが羨ましい。あともふもふ。
ただ、いかにも神官の服装なのに武器が短剣とはどういうことだろうか。
「ああ、これな。サブにシーフいれよ思ってな、あ、せや。ほいこれ」
「ん?」
「さっきおばちゃん助けたら仮面貰えたんよ。二個貰ったから一個いるかな~思って」
どっちがええ? と、狐と猫の目元部分を隠すタイプの仮面をボックスから取り出し見せてくれる。2つセットのようで意匠が似ている。
「狐かな」
「意外やね」
「猫ってタイプじゃないだろ」
「せやねぇ」
付けてみると意外と視界は悪くなく、すぐに慣れるだろうと思われる。
「あとさっきから気になっとったんやけど、その子ティーちゃんやんな?」
「くる!」
「ヴァレンティア、オスだからレンって呼ぶようにしてやって欲しい」
「や、わしは知ってたけどな?」
「は?」
「仕事柄流石になぁ」
俺は聞いていないぞと目で訴えるが、ヴァレンティアは神楽からティーちゃんと呼ばれても嫌そうな反応をしないのを見て、またしても疎外感を感じた。
いいもん、ルーウィがいるもん。
「こっちの子は初めましてやね」
「ルーウィだ」
「元は?」
「ゴールデンウィーク」
爆笑された。
ルーウィは恐る恐るタオルから顔を出し、神楽の様子を伺っていたが、流石の獣医だけあってすぐに懐いてしまった。
「ん、ノアにしてはケアが足りてないんとちゃうか? いつももうちょいもっふもふやろ」
「ブラシを買う金がなくて……」
神楽に地図を買った話をし、ついでに登録もまだなことを話した。
その間ヴァレンティアも身体チェックとマッサージを大人しく受け、心なしか元気になった二匹が周りを走り回る。
「わしが買ったんは10ゴールドのやつやで。でもアルウェルの町しか書いてないみたいやし、どっちが次の町か分からんで皆が東西南北にばらけてる感じや。あとここらの敵はんのドロップ品、頑張っても一時間200ってとこやないかな」
「……まじで?」
「まじや」
これ買う奴他にいるんか……?
「まぁ値段相応なんやから初期投資やと思いや。それより先輩としてわしを次の街に連れてってや。姫さんにはならんから」
「言われなくてもやるよ……」
*
名前:ノア Lv10
職業:放浪者
種族:??
【HP】 85/85〈+8〉
【MP】 40/40
【STR】 31
【VIT】 20
【INT】 20
【MND】 20
【DEX】 20
【AGI】 87〈+10〉
【LUK】 54
残り(+14)
◇称号
【ギャンブラー】【異形と分かり合えし者】【先駆者】
◇スキル(SP8)
・攻撃系
【一閃】
・鑑定系
【観察Lv5】【鑑定Lv3】
・収集系
【採取Lv2】
・その他
【探知Lv2】【挑発Lv1】
・常時発動
【言語理解】【勘】
◇特殊スキル
【図鑑1%】
◇装備
・頭
紫狐の仮面〈AGI+10〉
◇絆
ディック(ゴブリン)
エフィ(角兎)
レフ(角兎)
??(土狼)
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