4 「我が人生一片の悔いなし……」
「『敵だ』」
エフィが耳をピクリとさせてそう言った。丸腰な俺だったが枝を持って警戒していると、見かねてエフィがお腹の毛の中から短剣を取り出してくれたのだ。あまりもふもふしたイメージのないエフィだが、腹はそうでないのかもしれない……なので目下の狙いはエフィの腹である。あの腹はどうなっているのか、非常に気になりますね。じゅるり。
「『ノア、数が多い。何匹かはそっちにやるぞ』」
「分かった」
「『ひゃっふ~! 俺っちが通るっすよ~!』」
レフくんが後ろ足に力を籠めるとそのまま見えないところに突っ込んでいった。エフィもため息をつきながら駆けていく。
どうあがいても俺が二人に素早さで追いつけるはずがないので二人は裏から逃がさないように取り囲んでいるのだと思う。
少しして、プルプルとした体形のスライムが勢いよくこちらへ向かってくる。やっぱり、あの二人が原因だろう。
【アルス】に登録するため絆を結びたいが、そこそこの数がいるので今回はドロップ品のコンプで登録してみることにする。無理だったら次回は絆を結べばいい。……スライムに拳ってあるのか?
……気にしちゃ負けだ。自分の運を信じるしかない。
「ティアはそこで待っていてくれるかな?」
「くるっ!」
万一怪我でもさせてしまったら大変なのでヴァレンティアを切り株の上に座らせる。ハンカチがないので直に座らせてしまい非常に申し訳なくなる。
さて、戦闘を始める前にひとつ言っておこう。俺は短剣を使ったことがない。
ナルジアの時はもふもふに怪我を負わせられるかと皆に魔法を覚えてもらい俺がタンク兼前衛としてハンマーをぶん回していた。
もう一度言おう。生まれてこの方剣と名の付くものを触ったことがない。
エフィの毛色と同じ白色の剣身を、知り合いがしていたのをマネして体の前に構える。そういえばヤツは今頃何をしているだろうか。また何かとんでもないことを……。
「----!」
「ふっ!」
飛び掛かって来たスライムを横一線に裂く。同時に液体の中に浮かぶ核らしきものも真っ二つになったようで、スライムは水色のパーティクルとなって消えた。適当に勘で剣を振っただけなんだが、運が良かったようだ。この調子で軽く十匹ほど狩ってみる。
『レベルが5に上がりました。SP7を取得しました』
『【一閃】がスキルリストに追加されました』
『【勘】を習得しました』
『レベルが5の倍数になると職業・種族に応じたスキルがランダムに獲得できます。頑張ってレベルを上げましょう』
【勘】……?
絶対【放浪者】のスキルじゃないか。地味に使えそうなのがムカつく。
「【鑑定】」
【勘】
結果はLUKに依存する。
常時発動させることによって低確率でランダムでスキルを習得できる場合がある。
『【勘】を常時発動させますか?』
常時発動はもちろんしておく。習得ということはSPを消費せずに手に入れられるということなのだろう。常時発動しないメリットはない。
「----!!」
「おっと、戦闘中なの忘れてた」
間一髪でスライムがとばしてきた酸を避けきり、エフィらの所から逃げてきたのかまたしても十匹ほどのスライムを今度は核を突くようにして一匹一匹着実に数を減らす。
『レベルが6に上がりました。SP1を取得しました』
『【剣術スキル(突き)】がスキルリストに追加されました』
『水スライムが【アルス】に登録されました』
倒したスライム――水スライムが落としたドロップ品は無事全て揃っていたようで、アナウンスにあった通り【アルス】を見るとしっかり追加されている。こちらは植物系と違って【アルス】に取り込まないでも登録されるようだ。ありがたい。
レアなドロップ品だったりしたらもう1回取らねばならなくなる恐れがあるからな。いや、それは植物もそうか?
……これは流石に運営に報告しないとかな。
「『ノアさんー大丈夫だったっすか?』」
「大丈夫だ、問題ない」
「『フラグっすか?』」
レフくん知ってるんだ。
そういえば。
フラグでふと思ったんだが、これ死んだらどうなるんだろうか?
もしかすると最初の街に行けるのでは?
……いや、ヴァレンティアをテイムしてるわけではないので今死ぬとヴァレンティアは独りぼっちでここに残ることになる。となると……?
俺はテイムスキルを取るかテイマーに転職するまで死ねない?
困った。
俺は前作でも街に戻るのが面倒になったらアイテムを全部テイムモンスターに預けて死に戻りするタイプだったので、死なないで戻ることがいかに面倒か……。
いや、今回のようにモンスターと仲良くなり巣穴にお邪魔させてもらえばいい。
俺まさか天才か?
「くる?」
「『む、失念していたな。準備しに先に行くからレフはノアと来い』」
「『了解っす~』」
またしても話をちゃんと聞いておらず、俺が口を挟む暇もなくエフィは目にもとまらぬ速さで駆けて行った。
準備がどうのこうの言ってた気がする。まあいいか。
「そういえば、あまりに自然に話しすぎててスルーしてたが、レフくんに翻訳してもらえば俺もティアと意思疎通できるんじゃ?」
「『そのまま伝えるのは難しいっすけど、要点を言うくらいならできるっすよ~。俺っちら同士でも完全に分かることはないっすからね』」
「なるほど。で、ティアはなんて言ってる?」
「くる」
「『ふむふむ。ティアって女嫌らしいっすよ~』」
息を飲む。
「ん?」
訳が分からなかった。ヴァレンティアは違うとばかりに地団太を踏み不機嫌アピールをした。レフくんも言いたいことではなかったのか首を横にぐぐぐと傾げる。
そんなうまい話はないということだ。
「『うーん。どう言ったらいいんっすかね』」
「くるる!」
「『あ、なるほど! じゃあこれからレー坊って呼ぶっすね~。これでわかるっすか?』」
俺は再び息を飲んだ。
「ティア……ヴァレンティア、お前オスなのか!?」
「くるう!」
ようやく分かってくれたか! と言っているような気がした。性別なんて確かめないと分からなかったので、無理やり見るのもなぁ……と確認していなかった。
だがよくメスの子たちと遊んでたし、いつも身ぎれいにしているし、俺と一緒に風呂に入りたがらないのでヴァレンティアはメス確定だと思っていたのだ。こればかりは俺の責任である。レフくんに当たらないで俺を叩いて欲しい。
「ヴァレンティアって名前自体は気に入ってると。……じゃあレンって愛称はどうだ?」
「くる!」
「『おっけいっす!』」
「よかった。レン、今まで気づいてやれなくてごめんな」
くちばしをかくように撫でてやるとご満悦のようで、猫のように喉を鳴らす。
「『さ、遅くなったら怒られるから早足でいくっすよ~』」
「すまないな」
「『絆を結んだ仲じゃないっすか~。遠慮は無しっすよ!』」
レフくんはやや遅めに俺を気遣って前を進む。俺は当然見える範囲で見覚えのない植物を見かける度に【鑑定】を使っていたのでスピードは想像の通り。
結果、日が落ちるギリギリで巣穴へと辿りついたのだった。代わりにまだ見たことない種類を見つけることができた。ボックスがいっぱいなので入らなかった分は手に握りしめて持っている。しなしなにならないか不安である。
『【探知】がスキルリストに追加されました』
「『遅い!』」
「『旦那、人間は俺っちらと違って足が遅い生き物なんっすよ~。気遣いがなってないっすね~』」
「『む、むう。そうなのか?』」
「ああ」
全然そんなことないし現状人間かどうか怪しいがここはレフくんに乗っかっておく。面倒なことは嫌いだ。
「『住処はこの下だ。【隠蔽】の術が施されているから見えんだろうがな。ヴァレンティアに言われて登録していないことに気付けた。感謝するぞ、ヴァレンティア』」
「くるぅ♪」
「『ん? 分かった、ではこれからレンと呼ぶぞ。……その呼び方は照れるがまあいいだろう』」
むむむ……。
もふもふたちが仲良くしてくれているのはいいんだが、一人だけジェラシーを感じてしまう。
「『ノア、この上に立ってくれ』」
俺の気持ちを知ってか知らずか、いい声でエフィが後ろ足でとんとんと叩き指示する。そう、いい声なんだよな。
指示された場所に乗り、どうやって入るんだろうと迷っているとアナウンスが入る。
『エフィが住処へと招待しています。住処へ入りますか?』
「はい」
さて、それはそうともふもふ天国が俺を待っている!! 待ってろよ、もふもふ!
◇
昔、近くのショッピングモールにふれあい動物園が出張してきたことがある。
入口辺りにモルモットやら兎やら大人しい動物たちが数匹いて子供たちが取り合い泣きわめき、当時の俺は死んだ目をしていたと母親に言われた。普段本ばかり読んで学校以外は引きこもっている息子をどうにか連れ出したかった母親が動物に会いたいと駄々をこねたので仕方なしに付き合った覚えがある。
スタッフさんが子供からそっとモルモットたちを取り上げて落ち着かせようとしているのを横目に静かな場所を探し、あまり人がいないブースを見つけた。生まれて少ししか経っていないひよこのブースだった。なんであんなに子供が少なかったのかは覚えていない――ああ、担当のスタッフの顔が凄く怖かったからみたいな理由だった気がする。
年のわりに達観してる、と自他ともに認めていた子供であったので強面だのを無視して寄ってくるひよこを両手いっぱいに乗せた。
俺は、感動した。
もふもふがいかに素晴らしいものであるのかということを。同時に今までもふもふを知らなかったことに対して酷く後悔した。その日俺は母親にひよこを飼いたいと話し、ひよこは大きくなったらもふ度が減るのよ、と諭され妥協してその足でペットショップに向かい、一目惚れした猫を飼うことにしたのだった。
当然、父親は帰宅したら猫がいることに驚いたが「ん? 昔からいたわよ~」と母親が惚けたのでうやむやになった。
つまり、何が言いたいのかと言うと――
「我が人生一片の悔いなし……」
ここは天国だった。
俺の膝には先日生まれたばかりだという子ウサギがぴすぴすと寝息を立てて寝ている。
膝に全神経を集中させてもふもふを味わう……俺にはこんな尊い生き物触れねぇよ…………。
「『本当にすみません……食料まで提供して頂けて、更に子供たちの面倒まで』」
「後者は俺得でしかないから礼は大丈夫だ。それに寝床まで提供してもらって、感謝しているのはこっちだ」
なんとボックスを整理しようと雑草を取り出すとレフくんが「ご馳走じゃないっすか!?」と大声をあげたので聞くと、雑草の中に牧草が混じっているのだという。牧草は兎たちにとってのご馳走で、肉に例えるとちょっとお高めの国産牛ポジらしい。
丁度いいので俺が持っている雑草をボックスから全部取り出して雑草と牧草とで分けてもらうことにし、人手が足りなさそうだったので子供の世話を代わりに買って出て今に至るのだ。雑草の数、ざっと2500本である。
ただ一つ、疑問が残る。
雑草を取ったのは【鑑定】に進化する前なので牧草と判断できなかったのかもしれないが、牧草の方に仕分けられた草を【鑑定】しても牧草とはならないのだ。
「試したいことがあるから牧草を何本か貰ってもいいか?」
「『どうぞっすよ~。元々ノアさんのモノなんで!』」
「ありがとう」
【アルス】に載っていない理由は【鑑定】のレベルが足らず俺が牧草だと認識していないからだと仮定する。
ここで実験してみたいことがある。これを【アルス】の上に乗せるとどうなるのか。
「やっぱり、取り込まれた」
【アルス】には雑草のページの下に牧草が追加されていた。内容をよく見ると雑草にも種類があるらしい。不自然に空いた欄はそのためにあったのだ。
……
…………
もしかしてだけど、これって雑草以外にもこういう分類があったりする……のか?
そうだとして……片っ端から【アルス】に乗せたら取り込まれたりするのか?
好奇心は止められないよね!
というわけで俺はカバンをひっくり返すような感覚でボックスの中のモノを全て出した。と、いっても雑草の例にある通り不自然な空欄がある種類だけに限定する。
それでも十種類はあるのでテキパキと【アルス】の上に積みページに更新がないかを確認していく。
「おっ」
最後の一山でページが更新された。
・ハイヒール草
ヒール草の上位種。ハイヒールポーションの原材料。
株分け可能。
生息域:大陸全土
仮説は正しいとみていいだろう。これからは空欄のあるものの種類を心に留めておき、優先的に採取するよう心がけよう。
「『おにいちゃん、それなにー?』」
「ん? ああ、これは図鑑っていって、色々なものが詳しく書かれてる本だよ」
膝で寝ていた一匹が目を覚ましたようで、興味深々に【アルス】の匂いを嗅ぐ。兎って目が悪いんだったか?
「『ぐにゃぐにゃしててよくわかんない』」
「普通に見えはするんだな。そうだ、これはどうだ?」
「『わあ! ぼくたちがいるよ!!』」
子供兎は大声をあげてはしゃぐ。
分類をモンスターにしたのだ。こちらの方はイラストが可愛らしく描かれている。写真とかではなくイラストなのもファンタジー感溢れるが、ちゃんとした図鑑が見たい人もいるだろうになぁと思っていたら設定で変えることが可能だった。
「『こっちにはごぶりんもいるぞ!!』」
「『すらいむだ!』」
「ありゃ」
気持ち良く寝ていた子供たちが一匹二匹と目を覚まして図鑑に釘付けになる。
俺は苦笑して設定をそのままに【アルス】を地面に置くと周りを子供たちが取り囲む。
子供子供って言ってるが、どうやらモンスターたちに名前なんてないらしい。群れのリーダーとかボスなどがネームドと呼ばれる強い個体なんだと。俺はかろうじて毛並みで見分けがついているが、ほぼほぼ同じ見た目なので間違えそうだ。……声をかける時にも苦労しそうである。
一匹、未だに広くなった膝を独占して寝ているレフくんの子供の頭を撫でながら、俺はすっかり忘れていたステータスの確認をすることにした。
しかし、レフくんに子供かぁ……。
*
名前:ノア Lv6
職業:放浪者
種族:??
【HP】 35(+25)/60
【MP】 20(+10)/30
【STR】 10(+5)
【VIT】 10(+5)
【INT】 10(+5)
【MND】 10(+5)
【DEX】 10(+5)
【AGI】 27(+26)
【LUK】 23(+14)
残り(+22)
◇称号
【ギャンブラー】【異形と分かり合えし者】
◇スキル(SP8)
・鑑定系
【観察Lv5】【鑑定Lv2】
・その他
【言語理解】【勘】
◇特殊スキル
【図鑑1%】
◇絆
ディック(ゴブリン)
エフィ(角兎)
レフ(角兎)
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