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閑話 回想

すみません、実は先日から初コロナにかかってしまいベッドから動くのも辛い状況です。

完全に治るまで更新は難しいと思いますので、唯一残ってたこの閑話だけ上げたいと思います。短いですがイサベルとルドレイの過去です。

最近またコロナが流行りだしているらしいので皆さんも気を付けて下さい。もちろんインフルエンザにもですよ!


 あたしは昔から天才だともてはやされていた。事実、文字を覚えたのは歩くよりも早く、二歳になる前だった。

 五歳になると大人でも理解に困難する魔術所を読み漁り、自分の力にすることができていた。


 だから少なからず「驕り」があたしの中に存在していた。

 大人のくせにあたしよりも頭が悪いのだと、平気で馬鹿にしていた。


「いけ、すぐ運べ」


「ひ――」


 それは一瞬のことだった。

 掘り出し物の本を探しにいつも通り目くらましの魔術を使い、一人きりで城下町へ出向いていたあたしは運悪く人さらいに捕まってしまった。いや、計画的だったのかもしれない。一番授業のつまらない日に出かけていたので、決まった時間に決まった間隔で子供一人が本屋に赴いていることは近隣住民なら誰でも知っていたと思うから。


 人の少ない時間を狙っての犯行だったためにすぐに裏路地に入られてしまっては目撃者も当てにならない。口も塞がれ助けを呼ぶことも、できない。頼りの魔術を使おうにも焦って何度もスペルミスをしてしまい、おかしな挙動をするあたしに気付いた一人が両手すらも拘束した。


 ああ、あたしは売られるのね。


 そう諦めた時だった。


「その子を放せえ!」


 そう叫んであたしを抱えていた男に突進してくる少年の声は、絶望していたあたしの耳にしっかりと響き、練習用なのか刃のない剣ではあったがその勢いのまま男を倒してしまった。

 両手の自由が利かないので男が倒れると同時に、あたしも受け身がとれず頭を強く地面に打ち付けてしまった。そのまま意識を手放してしまったのだが、目が覚めた時には少年しか残っていなかった。


「助けてなんて、言ってないわ」


 ありがとう。そう言おうと開いた口はとげを吐いてしまったが、少年は軽く笑い流した。

 後に聞くと彼の妹とあたしの言動がそっくりだったらしい。慣れた感じだったのはそのせいだった。


「おれはルドレイ。家まで送ってやるよ」


「別に……。え、ルドレイって、あのルドレイ!?」


「どのルドレイかは知らないけど多分そう。おじょーさまは?」


 兵士の息子かそこらだろうと踏んでいたあたしはその名前に聞き覚えがありすぎてスルーしかけたが、聞いている特徴とも一致して、少年自身も肯定したのでこんな偶然があるのかと我を疑った。夢でも見ているのではないか、と。


 ルドレイというと、公爵家の嫡男がその名である。

 曰く、師範代の騎士を5歳の子供が互角であった、と。

 あたしよりも5つ程年上で、最近では近衛騎士団の団長に推薦されていたと聞いた。

 同じ()()だからこそあたしは彼に親近感を覚えていたし、彼もそうならいいなと密かに思っていた。きっと話が合うだろうって。

 

 そのルドレイが、なぜこんなところに?


 そんな疑問が顔に出ていたらしく、彼は秘密だと一言言って手を差し出してきたのであった。

 今思うと、このときには既に落ちてしまっていたのだろう――恋に。




 あの後宣言通りあたしを家――即ち城まで送り届けてくれたルドレイに呆気にとられた表情が窺えたので尋ねてみると、伯爵令嬢とかだと思っていたとのお言葉を頂いた。そのくらいお転婆だったと揶揄されたのだ。あたしはずっと握っていたルドレイの手を勢いよく振り払った。

 馬鹿……ほんとに、バカ。

 

 両親には誘拐されかけた件を秘密にしていたが、普通にバレていて過去最大の説教をされた。しかし、身分も釣り合っていて将来も確約されているルドレイとの関りができたことは母から褒められ、秘密裏に縁談は進められていった。

 気づいたらルドレイはあたしの婚約者となっていた。


 婚約者になってからルドレイと一緒にいる時間は増えてゆき、あたしはずっと一緒にいたいと願うようになった。

 フォルスを拾ったのもこの頃だった。剣についてはさっぱりだったのであたしの護衛に剣を教えてやって欲しいという大義名分のもと彼と過ごす時間は更に増えていった。


「俺は英雄になりたい」


 まもなく成人するという15歳の頃、ルドレイはあたしたちにそう話し出した。

 次期公爵の座は弟に譲り、自分は冒険者として世界中を救いたいのだと。


「許されないことよ。お父様もお母様も、公爵も反対するわ」


「でも面白そうじゃないか! ぼくは応援するよ、ルド」


「さんきゅーフォル! お前は分かってくれるって思ったぜ」


 しまった。選択肢を誤ってしまった。


「あたしも付いていきたいわ」


「それこそ許されないだろ。駆け落ちに憧れてるんならフォルとでもやったらどうだ?」


 焦って口にした本心も、ルドレイは笑って冗談を言う。

 

 あたしはあなたが好き。

 

 どんな魔術の詠唱よりも短いそれを口にすることはついぞ訪れなかった。



 

「イサベル様イサベル様、昨日ルドが家出しましたよ。ちなみにぼくも手伝いました」


 そんな報告をするフォルスをあたしはぐーで殴った。

 鍛えているフォルスには撫でられる程度のものだろうが、そうせずにはいられなかった。


 そして、数年後にルドレイが結婚し、子供までできたらしいとの報告を受けた。

 「赤ん坊、かわいかったですよ」と報告するフォルスを再びぐーで殴ったのは言うまでもないだろう。

 1つ違う点があるとすれば、魔術を使って威力を底上げしたくらい。


「ぐふ……魔術は、卑怯ですよ……」


 あえなく撃沈するフォルスを見て苛立ちを抑えつつ、あたしは引き出しにしまってあった書類を取り出した。ルドレイが拠点としている村から一番近いカサヴェの街にある建物の契約書。大通りに面していない、静かなところが気に入っていた。

 あたしもルドレイたちに、いつか自分が読み飽きた本を売る店が欲しいとこぼしていたし、別に他意はない。王女としての仕事の合間にカサヴェの街に出向いて、偶然の再会なんて考えてない。


「ばか」


 契約書を破り捨てようとしてやめた。


 それから城でやらなければならない仕事数か月分をまとめて終わらせ、空いた数か月をカサヴェの街で過ごすようになった。

 偶然の再会なんて期待もせず、逆に出産祝いと称してあたし自身が村に赴いてやった。


 奥様は凄く美人で、あたしよりも魅力にあふれていて、何より本当にルドレイのことを本気で愛しているのだと分かった。

 ルドレイも生まれたばかりの女の子を危なっかしく抱き上げ、一生懸命あやしているその顔は幸せに満ち溢れていた。


 あたしの居場所は、ここじゃない。


「あたし、カサヴェで本屋を開いたの。奥様もその子が大きくなって本に興味を持ちだしたら是非寄ってみて欲しいわ。……絵本も取り揃えておくつもりよ」


 そう言うのが精一杯だった。




「ふう、勇者候補……ね」


 今代は異邦人が訪れるタイミングでの勇者とのことで、ある程度の混乱が起こると予想されていた。父から送られてきた手紙には、王族であるあたしも率先して候補を見つけるようにとの指示が書かれてあった。


 ふと、かつてのルドレイの夢を思い出す。

 英雄になりたかった彼は、今ではあの村の『英雄』となった。

 それで彼の夢が叶ったかと考えるが、それは彼本人にしか知りえないことだ。


 でも、もし結婚してしまったことで叶わぬ夢だと諦めていたのなら?

 彼を候補にすれば、また一緒に――

 

「本を読んでる間は話しかけても滅多に気づかれないんだ。邪魔されるのを嫌うからなるだけ静かにな」


「なるほど。道理で鐘がないわけだ」


 結界内に誰かが入り込んだのを察知して手紙を直し、咄嗟に本を読むふりをした。

 噂をすればなんとやら、本屋にやって来たのはルドレイと仮面を被った怪しい男だった。怪しい男はなぜかバスケットを持っていて、急に毛布を被せられたからか、もぞもぞと動いているのが窺える。おそらくはテイマーなのだろうか?

 ルドレイの連れだし、結界を通れているので悪い人ではないのだろうけれど。

 

 男は本棚にさらっと目を通して首を傾げた。

 当然だ。だって――


「好みかな……」


「!?」


 あたしはびっくりして認識疎外のついた眼鏡を落としてしまった。ストラップがついているので慎ましやかな胸辺りにぽすんと落ち着いているそれを気にするでもなく、あたしはルドレイが連れて来た男が、あの『不滅の幻想曲』に目を通しているのを観察した。


 ルドレイにせめて作家は揃えておけよと文句を言われていたこの並びだったが、男の言う通りあたしの好みの順なのだ。こうしておくと暇つぶしのときに近くの本を取りに行くだけで好みの本を読めるし、同士にさりげなく勧めることができるという素晴らしい並び。


 未だに同士に会えたことのないあたしはじっと男が本を読むのを待っていた。


 そうだ、推薦するのは彼にしよう。

 ルドレイに案内されているということはここらに来たことがないのだろう。雰囲気的にこの国へ来たのも初めてのようだし、経路的に王都へ向かっているのだと思われる。

 王都に行きたいのならあたしが案内すると言って、着くまでにいっぱい本の話をしよう。


 あの作品は読んだのかしら。王都に着いたら城の図書館に案内したいわね……。



 

 そんなイサベルの計画が壊れてしまうのは言うまでもない。


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