33 口には出さなかった
20時投稿に切り替えてみます。
にたぁと不気味に笑った天使。それを見たヒルが何故か怯えだした。
使い物にならないと察した神楽が俺に村まで連れてくよう目線で指示する。どちらか一方がそうしなければならないので、敵の攻撃力が分からない現状回避に長けている神楽が残るのがベストだと判断したのだろう。
その意図を汲んで俺はヒルを担ぐ。
「ジン、代わりにリースマースとハロウを」
戦闘経験が豊富で神楽の指示にも従ってくれる3匹を向かわせて俺は全力で村まで走る。
同時に激しい戦闘音が響いたので更にスピードを上げた。
村まで着くと先ほどの戦闘音のせいで人一人いなかった広場にもふもふの塊ができている。が、今は緊急事態なので抱き着きたい衝動を抑えて名前を知っているデグを呼んだ。
すると、塊は俺らを囲うように陣形変形をさせた。
「狐、あれは何だ」
「見たこともない」
「今猫が戦っているのか」
口々に話しかけられるが、俺は聖徳太子ではないので全てを聞き取れるはずがない。それらを全て無視して状況を説明した。
強さが未知数なこと、そのため戦闘力が欲しいということ。
あとはリフルたちを預かっていてほしいこと。
それらを話終えると、塊の後ろの方で聞いていた年配の男性らしい白狼が口を開く。
「あれは、何百年も昔に滅んだはずだ」
「それはどういう――」
「そのままの意味。あれは過去の異邦人らによって殲滅された、神の使いだよ」
未だに担いでいたことを忘れていたので、そっとヒルをおろす。
意味が理解できずに再び問おうとしたところで神楽からSOSだけのメッセージが届いた。
伝えることは伝えたし、人員調整を考える時間はない。
俺はヴァレンティアたちをミリに預けてすぐに戻る。
「【挑発】」
スタンが入ったのか動けない神楽に天使がその手に持つ鎌を振りかぶったぎりぎりのとこでどうにか間に合った俺は、攻撃対象を変え異常なスピードで距離を詰めてくる天使を相手にアッパーを決めることに成功。スタン状態に入った天使に再びのアッパーを仕掛けて慌てて神楽のもとへ向かい、ありったけのハイヒール草を口に突っ込む。
残り僅かだったHPバーもどうにか緑まで持ち直したようで一安心する。
リースとマース、ハロウはボロボロの状態で俺の元に戻ってきたのでこちらにもハイヒール草を渡す。
「すまんね、リマはんにハロウまでこんなにさせて」
「いや、ジンがスタン状態になってまで頑張っているんだからそんな攻めたりはしない」
「まあ戦闘中に思い出したことが一個あるんやけど、あいつ、ナルジアでラスボスのとこにいたやつちゃう?」
神楽が戦闘態勢に変えたのを確認して俺も村からかっぱらってきた剣を構える。
絶対にいい武器だと思われるので戦闘後に怒られる覚悟は十分にできているとも。もちろん。
「マース、【浮遊】」
「【電光石火】」
天使の突進をそれぞれ躱し、一瞬の硬直状態になる天使に向かってそれぞれ攻撃をお見舞いする。
僅かにしか減っていないHPにげんなりしつつも俺は神楽とヒルの言葉を思い返す。
ナルジアのラスボスは神だった……と聞いている。
というのも俺自身はそういったことに興味がなかったので又聞きしただけだったからだ。
神の使いとヒルは呼んでいたし、そういうことなのだろう。
しかし問題はそこではない。
ナルジアの名を継いでいるとはいえ、俺らはナルージアなんて王都を知らない。
あんなに遊びつくしたので地形もある程度理解したつもりだが、見覚えがある場所なんて一度として見たことがない。
俺は天使を上空に引きつけ、空中戦に持ち込ませる――と見せかけて、神楽にかけた【浮遊】で無防備な背後を任せる。
が、そんなので終わったらラスボス戦は簡単に終わってしまう。
天使は気味の悪い笑顔を醜く歪め、白かった羽がみるみる黒く染まっていく。
第二形態だ。
「分かっとったけど! 分かっとったけどぉ!?」
神楽がそう叫び、俺らは地上に降り立った。
天使のスピードが上がり、空中戦に不慣れな俺らが不利になったからである。
ハロウの【幻覚】とリースマースの【痺れ粉】のコンボで架空の敵と戦い出した天使に【一閃】を繰り出しつつ頭を再度働かせる。
もう一つの問題はまだ神殿が存在しているということだ。
俺ら……というかプレイヤーたちがラスボスを倒した後、神を崇める場所であった神殿は国民らからのバッシングを受けて取り潰されていたはずだ。
救済を信じ信仰を捧げていた神が諸悪の根源だなんて誰が思うだろう?
批判を受けるのも当然といえよう。
なら、なぜ教会がまだ存在し続けているのか。
HPも残り少なくなり、天使はキレた。
ここまでくるともうあとは簡単だ。
【挑発】して俺の方に敵意を向け大鎌を振りかぶる天使。寸前でハロウの【擬態】により姿を消した俺に再びの幻覚かと混乱に陥った天使の懐はがら空き。
再びのアッパーを決めさせてもらった。
「【カマイタチ】」
最後は神楽のスキルで呆気なく沈んだ天使を俺は念のためスクショに残しておいた。
「ノア……何なんあのスキルは!? 急に飛ぶし、消えるしで俺も【幻覚】にかかったかと思ったわ!?」
「あー、ハロウらに新しくスキルが追加されてたみたいでな」
「なるほどなぁ……ってなるとでも思うかぁ!?」
「いや全く」
戦闘時は一切文句を言うことのなかった神楽だったが、思うところはあったらしい。
ぶつぶつ文句を呟いていたが再び天使のことを確認すると真剣な表情に変わり、考察タイムに入ったようだ。
お面で表情など分かるはずもないのに、耳と尻尾の感情表現で大分分かりやすくなった。
俺の尻尾ももしかするとそんな感じなのだろうか。
「狐、ジン! 無事か!?」
「ああ」
「わしは大丈夫やで」
戦闘終了を知ってすぐに駆け付けたのだろうヒルは天使の躯をみて一瞬目を見開いたかと思うと、今度は顔をひどく歪ませ何度も踏み付けにした。
「お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで――」
次いで駆け付けたのはあの白狼とデグ、ミリの三人だった。
ミリの腕にはヴァレンティアにルーウィ、リフルが抱えられており、ボロボロになったリースマースにハロウを心配して一斉にその腕の中から飛び出してきた。
俺の懐で始まったお疲れ様会を他所に、白狼は未だに天使を踏みつけているヒルの様子を見てかわいそうな表情をした。
「デグ、ヒルを止めてきなさい。ミリと一緒に村へ」
デグにミリは白狼の言葉に従い、ヒルを絞めて村へと戻っていった。
一連の流れに頭が追いつかない俺は神楽に任せることを選択する。
「ヒルは、神の使いと何の関係があるんや?」
悩んだ末に神楽がそう尋ねると白狼は一呼吸おいて話を始めた。
「ヒルは、神の使いに両親を奪われたんだ」
おっも。
ちゃんと口には出さなかったノア偉い。




