3 「ウチの子にならないか?」
草むしりを繰り返していると【採取】がスキルリストに追加されたが、今のところ【観察】のレベル上げを優先したいので後々必要になってから取ることにした。必要SPも2と高かったので。
それから周囲を警戒していたからか【索敵】もスキルリストに追加されていた。これもSPに余裕が出てから取ろう。
ボックスを見ると、やはり専用のスキルがないと成功確率が減るのか雑草が多くを占めていた。しかし雑草を【観察】で確認してみると肥料に出来るそうなので捨てないで取っておいている。後々畑とか欲しいなと思ってるし。
だって株分けできるとかあったらしてみたくならないか? なるだろ。そういうことだ。
『【観察】のレベルが5に上がりました。条件を満たしたため【鑑定】に進化させることができます。SP2を消費して【鑑定】に進化させますか?』
「はい」
更にむしっているとボックスの枠が残り二桁を切ったところでレベルアップ、進化の知らせが入る。ボックス枠50の1枠100だぞ? 雑草が半分を占めてるとはいえ、よくむしれたよな。リアルでやったら絶対に腰をやる自信しかない。一週間くらいまともに動けなくなりそうだ。
【鑑定】への進化はSPの消費量が2だったので全てを使い切る羽目になってしまった。
エリクサー症候群持ちな俺としてはSPは1、または2くらい残しておきたかったんだけどこればかりは仕方がない。まだレベルは高いわけじゃないし、すぐに取り戻せるだろう。
早速【鑑定】を試してみようとすっかり採取ポイントの無くなった場所を移るため立ち上がった時だった。
『条件を満たしたことで【図鑑】が獲得可能になりました。獲得しま――』
「はい」
ハッ!!
昔から図鑑とか収集系が好きすぎるあまり反射で食い気味に答えてしまった……。
周りに人の目が無いのが救いか。
『特殊スキル【図鑑】を獲得しました』
『特殊スキルとは、通常スキルと違い限られた条件でしか得ることの出来ないスキルです。武具型の特殊スキルはオブジェクト化が可能です。尚、獲得条件は開示されません』
『【図鑑】をオブジェクト化しますか? (耐久値は存在しません)』
「します」
ごくりと唾を飲み、いつの間にか手の中に現れた本の背表紙をそっとなぞった。
『名付けが可能です。名前を入力して下さい』
「え」
革の少しごつごつとした感触を楽しんでいると突如としてそう言われた。名前……本に名前って厨二っぽいのしか思い浮かばないんだが……。
オブジェクト化が可能なのは武具型って言ってたし、今後武器として使えたりするのだろうか? 使用時に名前を言わなければならなかった場合、変な名前を呼ぶのは流石に恥ずかしい。なので真剣に考える。
無難なのでいけばグリモワールとか? 魔術書って意味だったはずだし、響きがかっこいい。
あとは……ソロモンの鍵、は少し恥ずかしいかもしれない。ソロモン繋がりでいくなら『アルス・ノトリア』とかもある。かの有名な『名高い術』と呼ばれるやつである。
ノトリア……いいんじゃないか? 略せば俺の名前だし。
そうと決まれば早速入力だ。変更はできない? これ以外にいい案はないしいいだろう。
え? 「・」は付けられないって? 酷くないかそれ。
「【アルス】」
結果、こうなった。どっちをとるかで迷い、言いやすい方を採用した形だ。【アルス】だけで反応するので後ろに足そうと思えば足せるのだ。ノトリアまでが詠唱だと思った奴らに不意打ちができるとかいう卑怯な名前になったがいいだろう。そもそもこれで攻撃するのか決まっている訳ではないし。
【アルス】と呼ぶことで図鑑は勝手に浮き上がり、手に持たなくてもいい仕様である。なかなか格好いい。
お預けになっていた初【鑑定】を【アルス】に行う。
【アルス(図鑑)】
今まで見たものや取得したもの、NPCから伝え聞いたものを分類ごとにコレクションでき、図鑑に取り込むことで更なる情報が得られる。また、採取場所・発見場所を記録することも可能。
収集率により能力が解放されていく。
明らかに【観察】よりも情報量が多い。欲しかった情報も最後に足されているし、【アルス】の今後に期待大だ。
【アルス】をボックスにしまっていいものか悩んでいるといつの間にか腰に収納する用とみられるベルトがついていた。運営さん分かってるじゃないか。収納はこれで完璧である。
肝心の中身はどうかと試しにパラパラとめくってみると大半が「??」で黒く埋まっている。植物系は前半に名前以外「??」でページがグレーになっているところがあったので、これが見たことあるやつの表示なのだろう。目次みたいな分類を見ると他にもモンスターや動物、魚などがあった。釣りスキルも取らねば……。
採取しただけではグレーということは【鑑定】の説明にあったように取り込むことで図鑑にはっきりと登録されるのだろう。ボックスの中で雑草の次に数の多いヒール草を【アルス】の上に載せてみる。すると【アルス】の表面が泥沼になったかのようにヒール草が【アルス】の中に沈み、ヒール草についてのページ情報が解放される。少し黄ばんでいるものの、これではっきりとした情報が表示されるようになった。
・ヒール草
傷薬・ヒールポーションの原材料となる。
株分け可能。
生息域:大陸全土
……
などなど。詳しくは割愛させて頂くが、【鑑定】で知りえなかった情報が細かく載っている。素晴らしい。大分分厚いので相当に骨が折れるだろうなと思っていたが、片面だけで何種類もが詰め込まれているような形式ではなく、一種類で一枚を使う形式だ。これなら楽勝だろ。
調子に乗ってボックスから一種類ずつ取り出し【アルス】の上に載せていく。ページが埋まっていく様は何物にも代えられない達成感があるのでこういったコレクションはやめられない。
別に、図鑑を読み込むのが好きというわけではないので分類からモンスター・動物のところに飛ぶ。
そこで、ある事実に気付いた。
「え? 一ページ……目?」
あの分厚さは植物オンリーだったという。
分類は主に植物、モンスター・動物、魚、鉱石の四種類。おまけで宝物とかもあるが、これは取得率に加わらないようだ。一個しかなかったら永遠に埋まらなくなるし、当然だろう。図鑑だけ埋めたいから所有者に見るだけでもさせてもらえないだろうか……。
モンスター・動物の方も当然、見ただけなのでグレーだった。
ちなみにモンスターと動物の違いはアクティブかノンアクティブ――敵意があるかないかの違いらしい。ただ近くを通るだけでは攻撃してこないモンスターでも、条件により敵意を向けてくる奴はモンスターに分類される。
そのモンスターであるが、まさか……ドロップ品をコンプするまでとかじゃないよな?
水浴びに疲れたのか今度は日向ぼっこをしている二匹に目を向ける。道は、険しいかもしれない。
何の道かと問われれば当然図鑑コンプリートの道である。
俺にもふもふのモンスターを攻撃できるかと問われれば全力でノーだ。当然ヴァレンティアが攻撃されればやり返すが。
「『ん? 何を見てるんだ?』」
じっと見ていると残念兎が気づいて声をかけて来る。
「いや、お前を【アルス】……図鑑に登録したいんだが、やはりドロップ品をコンプリートしないとなのかと思ってな」
「『!?』」
意味に気付いてか素早く俺から距離をとる残念兎。別に、知り合いなら取って食うならぬ取って登録したりしないのに。俺信頼されてないのかな。ないだろうな。なんたって会って半日もないのだし。
早くも自分の疑問に回答を出す。自分で言ってて空しい。
「『殺されることは、できん……が、“絆”なら交えることはできるぞ』」
「絆?」
「『やったみせた方が早いだろう。ほら』」
そう言って残念兎は自分の拳を俺のそれと合わせた。ううむ、やはり俺の目に狂いはない、もふ度が少し足りんな。年か。
「……!?」
適当なレビューをしていると某なんでも妖怪のせいにする作品みたいに拳同士が輝きを放った。
流石にメダルは出ないようだ、と輝きが収まって冷静にそう考える。
それにしても例の作品よりももっと最近に見た気がするんだよな、これ。具体的に言うならつい十分くらい前に。
『エフィと絆を結びました』
『絆とは、モブとのフレンド登録です。プレイヤー間でのフレンド登録と違いオンライン表示は出ませんが、好感度によってはメッセージを送ったり、通話をしたりできます。また、これによりモンスターは【図鑑】に登録することができます』
『モンスターと友好関係を結ぶことが可能になりました。知能のあるモンスターに限り交渉で戦闘を回避することができます。また、友好関係を築くことで経験値も取得可能です』
つまり、不殺プレイも可能ですよと。ディックとの戦闘でレベルが上がったのもそれのお陰か。
ステータス画面を開くとページの一番下に絆という枠が追加されていた。少し恥ずかしい。
開いて見ると残念兎もといエフィだけでなくちゃんとディックもいた。その時に説明がなされなかったのはきっとバグだろう。リリース一日目だし、わざわざクレームは言うまい。
少しいじってみた感じ、ディックの方はメッセージしか送れないようだけれどエフィの方は通話もできるようだった。
お? 信頼されてないって考えてたばっかだけど、意外と好感度高い?
「エフィ、ちょっと離れてくれ」
「『どうしたんだ?』」
ある程度離れた所で俺は通話のマークを押す。記念すべき第一声は何を言うべきか。
「名前、意外と可愛いんだな」
「『それはッ!! って、なんだこれは……!?』」
エフィも初通話だったようで、もっと離れて『聞こえるか!?』なんてはしゃいでいる。
くっ……もふ度残念兎のくせに、可愛いじゃないか。
アナウンスで追加されているのは分かったが、自分の目で確かめようと【アルス】を開く。これ検索機能とか欲しいな、などと思いながら角兎が解放されているのを見てざっと目を通す。
ついでにゴブリンを探してみると少しページをめくったところにあった。
「『ノア、凄いな! どうやったんだ、これ!!』」
「知らん」
「『そうか! 確か異邦人は“精霊のいたずら”を使いこなせると聞いたことがあるが……もしやこれが?』」
待てよ、これはチート級なのでは?
【異形と分かり合えし者】の効果で最初から好感度が高くなり、【言語理解】の効果でレベル差が大きすぎない限り会話ができるので更に好感度をあげられる。後はノリで拳を合わせれば図鑑なんてあっという間に埋まってしまう……。
「ふふふ……」
「『……聞いてはなさそうだな。ところでお前の主人は変だな』」
「くるぅ……」
垂れそうになる涎を拭い、【アルス】を腰のベルトに当てて立ち上がる。思った通り、わざわざベルトで留めなくても当てるだけでいい感じに腰にセットされた。
「体感的にそろそろ日が暮れてくるし、そろそろ街を探さないとだな」
「『む、街から来たのではないのか?』」
「気づいたらここにいたんだ。ここがどこかも分かってない」
「『やはり異邦人の説は正しそうだな』」
「ん? 異邦人??」
「『お前らみたいなやつだ、多分。それよりこの辺りに街はないぞ』」
「は!?」
確かに今のところこの世界でプレイヤーらしき人を見たことがない……。強そうなモンスターに会っていないのでここは初心者用の狩場だと思っていたのだが違うのだろうか? それとも初心者用の狩場だが端も端にいるのだろうか。
エフィに聞いても人のことはあまり知らないのだと。使えないな。
「『旦那ぁ~!! 奴らが森の近くでうろうろして――ひと!?』」
「『レフ、落ち着け。こいつは奴らとは違う。絆も結んでるしな』」
「『旦那が絆を!? じゃあ俺っちとも絆を結ぶっすよ~』」
耳を刺すようにエフィより少し高めな声が左から入って右に抜けていく。若いのか元気な兎がぴょんぴょん跳ね回って風がおこる。五感が良くなった影響で耳がまだキーンとしているので訳が分からないまま、一際高く跳ねたかと思えば拳を突き出す彼に同じようにして返す。
もふっ。
……もふ?
「合格だ……レフくん、ウチの子にならないか?」
「『断る!!』」
「『????』」
「エフィには聞いてない」
「『レフは群れのリーダーだ。いなくなっては困る』」
「ちっ」
成長期だからか、群れのリーダーだからか、よく物を食べているのだろう。毛はつやつやでもふもふしていた。どこぞの残念兎と本当に同じ種族か不思議である。
エフィの小ぶりの角と違いレフくんのは鋭く尖った形をしているし、エフィは短毛だがレフくんの方は長毛だ。
「『で、レフ。避難は済ませたのか?』」
「『完了してるっすよ~。あとは旦那だけっす!』」
「『そうか』」
ふむふむ、読めたぞ。
エフィは前任者的なポジションかな? レフくんが旦那って呼んでるし、多分あってると思う。
「『……ノアはどうする?』」
「ん?」
「『話聞いてたか?』」
「すまん。まだ耳がきーんってしててな」
普通に聞いていなかったのだが耳がきーんとしているのは確かなので正直に謝り話をもう一度してもらうと、レフくんがせっかく絆を結んだんだからと住処に案内してくれるらしい。入口自体は小さいが、人が一人通れる分くらいはあるのだという。
エフィやレフくんだけだと角兎がもふもふかそうでないか分からないので厚意に甘えさせてもらうことにした。こういう肝心なところに限って図鑑に載っていないのだから、全く。
「『我も、昔はもふも……いや、なんでもない』」
「ん?」
「『住処はここから少し遠い。早足でいくぞ』」
*
名前:ノア Lv2
職業:放浪者
種族:??
【HP】 35/35
【MP】 20/20
【STR】 10
【VIT】 10
【INT】 10
【MND】 10
【DEX】 10
【AGI】 27
【LUK】 23
残り(+8)
◇称号
【ギャンブラー】【異形と分かり合えし者】
◇スキル(SPー)
・鑑定系
【観察Lv5】【鑑定Lv1】
・その他
【言語理解】
◇特殊スキル
【図鑑1%】
◇絆
ディック(ゴブリン)
エフィ(角兎)
レフ(角兎)
*