28 美しき兄弟愛。いいと思います、はい。
やることがありすぎて困る。
屋敷へ帰ってお風呂に入り、いい感じに日が暮れていたので休憩しにリアルへ戻っている。
部屋にベッドはあったがリフルを【巨大化】させてふわっふわの綿の中で死にかけた詳細は省かせてもらおう。
天国だった。
さて、結局メモもしていなかったので記憶があやふやにならないうちにやることリストを完成させようと思う。
・店の内装
・従業員の確保
・服作る
・教会に行く
・銀行口座開設
これがさっき決めたことだろ。
あと他にも色々あった気がする。なんだったっけな……。
フィナンシェを頬張りながらあまり使うことのない頭を働かせていく。あ! 思い出してきたかもしれない!
こんなに頭を働かせているのは久しぶりかもしれない。やはり糖分は大事なんだな。
そんなこんなで俺の二・三枚しか使われていなかったメモ帳の一ページが着々と埋まってきた。メモ帳を普段使っていないのでなく、買ったのを忘れて新しいものを買ってしまうため少ししか使われていないものが大量にあるのだ。
誰だってあるだろう、こんなこと。
とにかくだ。
俺は満足して見返してみる。
・巣穴に噴水をつくる
・レベル上げ
・ヴァレンティアたちモチーフの服を作る
……。
完全に埋まったとは誰も言ってない。最後のは書かなくても勝手にやってるとは思うが、多く見せるために書いたといっても過言ではない。
なんならルーウィ以外のモチーフ衣装はナルジア時代に作ってイオリに却下されたしな。リアルでダメでもゲーム内なら売れるのではないだろうかと予想する。
もしかしなくもゲーム内で作るのもイオリの審査に受からないとダメなのだろうか……?
そこまでいくともう遊びではなくなるし、やんわりお断りしたいのだが。
俺はこのリストをゲーム内に転送し、一息つく。
色々あったが、よく考えるとリアルではたったの二日だ。ほかの人よりも大分濃い日々を過ごしている自信がある。
昔とは違い少しの休憩で全回復できるだけの気力もないし、俺らしくのんびり進めてもいいのではないだろうか。
「とはいってもイオリは怖いから店に関することは最優先で終わらせよう」
ということで俺は今現在裏路地にいる。
スラム街……という程治安は悪くないが、昼間だというのに薄暗い雰囲気がある。
NPCの従業員と聞いてまず思いついたのがこの場所だ。
ギルドで勧誘しようにも俺の見た目が素顔を隠している怪しい男なので避けられる可能性が高いと思うのだ。
仮面を外せばいいだけかもしれないが、なんとこの仮面外そうと思っても外れず、神楽に相談しても「おもろいなぁ」の一言で済ませられたのだ。
神楽がくれたものなのに無責任すぎるやつだ。
まあ、そんなだから怪しい俺が雇い主でもいい奴を探すならここだと思ったのだ。
「あ、あの! 靴磨き5ゴールドでどうですか!」
「おはな、ぜんぶ3ゴールドです」
一応俺は周りを確認してみる。誰もいない。
ということは俺に言っているわけだ。
小さい子を相手に何もしないというのは若干良心が痛むので俺はボックスからパンやクッキー、飲み物など数日分を足元に置いて足早に逃げた。
下手に関わって保護することになるのも気が引けるし、俺が無視したことで飢えて……というのも後味が悪い。いつか正義感に溢れた異邦人が助けてくれるよ。
それまで頑張ってくれ。
呼び止められることもなかったので俺はスピードを徐々に緩め、周りを注意深く観察していく。
さっきの場所とは違ってここは年齢層が高めらしい。
明らかにガラの悪い奴の縄張りっぽい荒れたスペースには近づかないように、一人瘦せこけていながらも体のバランスがいい人を見つける。
「ここは長いのか?」
「……あ、わたし……?」
声のかけ方なんて分からなかったのでさり気ない風を装って聞いてみたが、危うく恥ずかしいことになるところだった。普通に声をかければよかった。
後悔しながらも改めて女性のなりを確認する。
場所が場所であるし、服が汚れているとかは気にしていない。所作や痩せた身体も店が開くまでの間にどうにかなるレベルとみた。
俺が一番注目しているのは服を着た時に綺麗に着こなせるかどうか。
もちろん、オーダーメイドともなればその人にあったものを作れるが、店に並ぶのはどうしても「誰でも似合いそうなもの」になってしまう。
だが、それらを着こなせる人がいるのも確かだ。
従業員となるからには当然店の服を着てもらうし、マネキンに着せるよりもはるかに分かりやすい参考になってもらわなければ困る。
目の前にいる女性がその第一候補である。
「急なんだが、服に興味は? 服屋の店員を探しているんだ」
「ある! 服屋って、あんた……あなたのその服とか着れるってこと?」
「これは俺が作ったのじゃないが……似合う服を作る自信はある」
そういうと女性は驚いたような表情をして見せた。
「作るのあんたなんだ」
「ああ。9の鐘くらいで時計台に来てくれないか、あと数人候補を探して店で同時に説明する」
なるほど雇い主本人が来たことに驚いているらしい。たぶん。
店の近くにあった時計台なら大きくてわかりやすいと思うので大分助かる。店に来てほしいと言ってもまだ看板すら立っていないのに分かるはずもない。
女性は知り合いを誘ってもいいか聞いてきたので一応了承しておく。裏方の作業は基本イオリが選抜した方の従業員がやってくれると思うが、住み込みになると思うので知り合いが一緒なのは安心できるだろう。
……男の従業員も雇う予定だが同じ階に住み込みはやばいか?
「そんなことはない」
「そうだな」
俺がスカウトした5名と3人ほど付き添うような形で付いてきた人たち。
茜差す頃合いに時計台に集まった計8人を店に引き連れ最初にかけた質問に「ない」との即答。
「あんな場所でも暗黙のルールがある。女子供に暴力をふるうな、とか」
「互いに同意してならまだしも……それに雇ってもらって住む場所もくれるのに迷惑かけることは……ない、です」
「そういうものなのか」
俺は感心して声をあげる。
少なからずああいう場所にいるのは一癖も二癖もあるような奴らだと思っていたので分別のある人間で一安心だ。
色恋系は仕事に支障が出ない範囲でなら全然構わないが、みんなを見る限り仕事一筋のようである。
「じゃあ、みんな働いてくれるということで……いいんだな?」
「はい」
この場にいる全員が真剣な顔をして了承してくれた。細かい説明も何もしていないこの状況でも。
それほど仕事が不足しているということか。
ゲームだと分かってはいるが、さっきの子供のように全員を雇うというわけにはいかない。
付き添いを許可したものの少ししかいないのは迷惑をかけない一心でだろう。全くこんなのがNPCとか、ひと昔では信じられないだろうな。
さて、話を戻そう。
男2人女3人をスカウトし、付き添いが男1人女2人。
男女比がどうしても偏ってしまったのは仕方がない。服とかそういうおしゃれなことは基本女性の方が興味を持つ割合が多い。
だが、そこら辺も踏まえつつ後々従業員を増やしていくというのもいいかもしれない。
今度イオリに相談しないとだな。
「まずは自己紹介……といきたいところだが、その前にこれに着替えてくれないか。あと【クリーン】」
ヴァレンティアたちとお風呂で遊んでいたときにスキルリストに追加されていた【クリーン】。気になって取ってみたはいいが、こんなに早く使うことになるとは思わなかった。
【クリーン】のおかげで若干薄汚れていた肌は元の色を取り戻す。
呆気にとられているそれぞれに服を渡し、男女別部屋に案内した。
付き添いは誰が来るかも分からなかったので申し訳ないがありきたりなシャツにベスト、ズボンスカートはお好みで選んでもらっている。
が、俺が選んだメンバーは別だ。
一目見て思いついたままに作ったので従業員(?)状態になってしまうだろうが致し方ない。貴族っぽいなと思ってしまったんだから。
女性陣の部屋からキャー! とか、えー!? といった歓声が上がっているので俺はすぐ出てきた男性陣らと先に話すことにする。
「服の着心地はどうだ?」
「いや、なんつぅか……ぴったりすぎて気持ちわるい」
「兄さん、言葉遣い! あ、僕にもこんなきれいな服着せてもらってうれしいです!」
「私の服、ひらひらしすぎではないですかね」
どうやら兄弟らしい二人と、集めた中では一番年長だろうイケオジがそれぞれ感想を言ってくれる。女性の方もだが、弟くんもスタイルがいいので明日にでも服を作ろうと決めた。
兄弟でペアコーデとかしたら喜ぶ女性らが一定数いると思うんだ。ソースは俺の姉。
「俺はノアだ。職業は放浪者だから色んなところに行くし、いつもここにいるというわけではないが、よろしく」
「は!? 店は俺らに任せるってこと!?」
「いや、一応俺の部下……? 的な人が今従業員を選抜してくれてるから、細かいことはその人らに任せればいい。君たちは俺が作った服を着て、接客するだけ」
「なんっだそれ」
「そんな簡単な仕事でよろしいのか」
「ぼくは接客苦手だなぁ…ぐいぐい来られると、怖い」
「大丈夫だ、そんときは俺が守ってやるよ!」
美しき兄弟愛。
いいと思います、はい。騒いでいた女性陣の部屋が一瞬で静まったのが怖いです、はい。
「そちらも、気に入ってもらえたか?」
だらだらとしても用意した夕飯が冷めてしまうので意を決して女性陣に向かって声をかける。何も返事がないのでまだ時間がかかるか、と思っていたところキィーと扉が開かれた。
綺麗だった。
裏路地で見たとき、頬はこけているし肉付きがよくないし……何より「わたしなんか」なんて感情が表に現れすぎてお世辞にも美しいとは思わなかった。だが、服が彼女らを自信づけた。
自信に満ち溢れた彼女らは美しかった。
「鏡を用意するべきだったな、自分たちの美しさを認識すべきだ」
「おいおいよくそんな恥ずいセリフをスラスラ言えんな。接客ってそんなことも言わなきゃいけないのかよ」
突っかかってくるのを制そうとしたところ、女性陣たちから睨まれたため自分から引っ込んでくれた。
当然のことを言っただけだし、女性には大げさすぎるほどの誉め言葉の方がはっきり伝わるのだ。後でアドバイスしてあげよう。
あの調子では彼女がいたことないのだろう。
「いや、逆に鏡がなくてよかったよ。これから従業員にふさわしくなるよう指導してくれるんだろ? その後のお楽しみが増えたってわけだ」
「そうね、この服にふさわしくあれるよう頑張りたいです」
「こういった服は似合わないと思ってたけど、そうやって誉めてもらえて、嬉しい」
三人の後ろからおずおずと顔を出した付き添いの子たちはそれぞれズボンとスカートを選んだようだ。ズボンを選んだ子はボーイッシュ系だったのでそうだろうな、とは思っていたが足の形が綺麗なのでミニスカとか似合うと思うんだよなぁ……。無理やり着せても意味ないので興味を示してくれるのを待つか。
「さて、歓迎会を兼ねて食事を用意してあるし、冷めないうちに食べよう。それぞれの自己紹介はその後でとしようか」
再びのアナウンス
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