21 「天使と悪魔」
俺は頭を捻った。
リウやルウの衣装は何度も作ってきた。だからこそ、目新しさに欠けるのだ。
前作ナルジアのときには一式を揃える手間が多すぎて作らなかったのだが、リアルでは試作を含めると三桁を超えるんじゃないかという程作ってきた。
それこそハロウィンなんかには何十着も――。
「ハロウィン……」
「ハロウィン?」
「去年は姉さんの頼みでナースとかドール、天使とか作ってもらいましたっけ」
「それだ」
俺はトルソーに向き直り、手早く作り上げていく。
発想の逆転、そんなの初歩中の初歩じゃないか。年を食うにつれて頭も固くなったのかもしれない。
「題はリウの方が『天使なアクマ』、ルウが『悪魔なテンシ』だな」
「わあ! かわいい!」
「俺が、天使ですか」
両者両様の反応を示したが、俺は気にせず説明をする。
リウは『天使なアクマ』だ。去年のハロウィンだけでなく他のコスプレ撮影とかの時もリウは決まって『天使』だった。愛嬌がよく、皆に優しいリウが天使に選ばれるのも無理はないだろう。
だが、俺の前で見せるような小悪魔のような言動も皆に受け入れて欲しいとおじさんは思う。
逆にルウは『悪魔なテンシ』。ルウはリウの過激なファンに浴びせる毒舌や、リウと双子ということもあって『悪魔』と言われがちだ。しかし、毒舌といっても一線を越える連中にしか容赦しないし、心の中は天使のようだと俺は思っている。
「――という訳だ。早速試着して欲しい」
「ノア兄好き! 大好き! 結婚しよ!」
「ちょっと、照れますね……」
「二人からの愛情も凄いけど、ノアも割かし甥っ子バカやよな」
「くるぅ」
少し顔を赤くしながらも試着してくれた二人はどことなく嬉しそうだ。
くるくる回りながらスクショしているのを見るとこちらまで嬉しい。
『天使なアクマ』はノースリーブの黒いワンピースで、スカートの部分はふんだんにパニエを使って膨らませてある。下にズボンを履かせたのは言うまでもなく。ワンピース部分をゴスロリっぽくしてあるのでそのままでも可愛い。
だがこのままなら普通に悪魔要素だけなので、ワンピースの上から白いレースを何十枚か重ねた。これでくるくる舞う度に下の黒がちらりと覗くというわけだ。
じっとしていたら天使、動くと悪魔。天才か、俺。
『悪魔なテンシ』は神父が着ているような黒いカソックをイメージしている。当然、丈などは動きやすいように短くしたりスリットを入れたりしているが。
普段着ならこのままでいい……つまり戦闘時はフォルムチェンジするということ。憧れるよね、フォルムチェンジって。
この作品では服装のショートカット機能が備わっていて、コマンドを設定することで即座に着替えることができる。コマンドはルウの方で考えて貰う方が絶対いいので触れないでおく。
「ルウ、上着の上部分をひっくり返して垂らしてみてくれ」
「え? うん、こう?」
そうすることで上着の袖が腰に垂れる。軽いので動くとぱたぱたと舞い、裏地の白と相まって天使の羽のようである。
インナーも白でシンプルなため、アクセントに黒いサスペンダーも付けた。
これで普段リウとルウが並ぶと「天使と悪魔」だが、戦闘時は「悪魔と天使」に変わるのである。ルウの普段時は神父が着ているものに似ているため「悪」という感じではないが、ぱっと見白黒の対比だとそう思われるだろうから大丈夫だ。
小悪魔ならまだしも、甥っ子が悪魔呼ばわりされるのは俺が嫌だし。
両方俺の可愛い甥っ子たちに違いはないので大分こだわったが、満足のいくものが出来たと思う。
「さて、次はヴァレンティアたち――」
「ノアのまだやろ」
「ノア兄は?」
「ヴァレンティアたちもノア兄さんのを楽しみにしてますよ」
『ならば、三人がこのノアの服を考えてやればいいだろう』
「いたのか」
『ずっとな』
全く気にしてなかった。長年ここにいるせいで景色と一体化して分かりづらいんだと思う。きっとそうだ。
「そういえば、名前聞いとらんかったよな」
『ゾル、と呼んでくれ』
「ゾルさんの意見にさんせーい!」
「このドレスも素晴らしいですし、ゾルさんの意見も聞けたらいいと思うんですけど」
俺が口を出す前に皆はゾルの提案に賛成し、提案者であるゾルも加わってわいわいやっている。
ヴァレンティアたちも楽しそうに会議に参加して俺の方など見向きもしてくれないので俺はちまちまリースとマースようにレースを編むことにした。
サイズを測らなくてもいいのか聞こうとしたが、リウが身長から体重まで目測で完璧に当てていたので怖かった。このアバターの体重とか俺でも分からないのに、設定見たらコンマ下まで完璧だったよね。
ヴァレンティアとルーウィはあのリボンを外すのは嫌だというので、一瞬だけ拝借してレースやらを付け足してあげた。喜んでくれて何よりだよ……。
リフルは何でもこいという構えだったのだが、服を着てあのもふもふを堪能できなくては困るので、ヴァレンティアたちと色違いのリボンを付ける。リースとマースは先程編んだレースのリボンを尻尾の方に付ける。
暇だ。
ちょっと手伝おうとデザイン画を見ようとしたら怒られたので、俺は一人で屋敷の探索をすることにした。
いいもん。拗ねてないもん。
「明るくなったんだな」
屋敷はあの薄暗さから一転して日差しがいい感じに差し込み、小鳥の声まで聞こえる。
変わりすぎじゃないか。
変わりすぎてたまに天井から逆さにぶら下がっているリウだったり、隣をでんぐり返りしながら並走するルウだったりとしていてもまるで違和感――あるな。
全然違和感しかない。
リウとルウだけなのが気になるところだが、2人ともあの部屋にいるし、何より服装は初期装備。俺が先程作ったものから着替えるはずがないので別人であると断言できる。
だからこそ俺はでんぐり返りをした。
「うっう~」
なるほど競争という訳か。いいだろう。
広い屋敷は廊下も長い。曲がり角まで勝負とのことだった。
「うっうう~!」
「あ、待て」
先行するルウ擬きを追い抜こうと俺はスピードを上げる。
追い抜き、追い抜かれ、並走し……結果は俺の勝ちだ。
「擬態するならせめてジンの方にするんだったな。体格差が決め手だった」
「う~」
普段あまり表情を動かさないルウがコロコロと表情を変えるのは面白い。ついスクショをしてしまう。もう1回やろうと俺の腕を引っ張る姿は昔を思い出す。あの頃はリウも可愛かった。いや、今も可愛――?
「う!」
足を止めたので何事かと思うと同時に、ルウ擬きは一瞬で神楽に変わった。俺が言ったからだろう。
だが、この姿は今の神楽とは似ても似つかない。
肩までの黒髪を後ろで束ね、その先っちょだけを赤く染めている変なデザインは……ナルジアの時の神楽だ。間違えようがない。
それが分かるということ、そして、【擬態】をするということ。
「ハロウか! ハロウなんだな!?」
「う~!」
俺が名前を呼ぶとハロウはいつもの姿へ戻った。
大きいマシュマロのような形、触れると低反発で押し返してくれるこの弾力。間違いない、ハロウだ。
ちなみにハロウはナルジアのハロウィン限定モンスターで、実体はなく、気に入ったものに擬態するモンスターだ。名前は確かミミクルだったはず。
発見は難しく、テイムできたプレイヤーは俺含めて二桁あるかないかだったという。
なぜ俺がテイムできたかというと、皆でピクニックしていたらいつの間にかリフルが二匹に増えていて、ブラッシングをして確かめた所感触が微妙に違ったのだ。もふもふが増える分には俺としても願ったりかなったりなので餌付けを試みたらマシュマロに感激したらしく、マシュマロに擬態しだしたのだ。
すぐにテイムしたよね。
マシュマロのサイズが大きいのは俺がお願いをしたからである。
普通、ミミクルは気に入ったものがコロコロ変わり同じものに擬態することはないと言われているのだが、ハロウはどういう訳かマシュマロのままだった。
だから多分、ミミクルが何度も擬態するのはうちのハロウのように本当に気に入ったものを見つけるためではないだろうか。
「ヴァレンティアとリースマース、リフルだけ見つけたんだ。あと新しくルーウィって子が仲間になって……」
「うっう~う」
時間も丁度いいし、戻って皆へ報告しに行かないとだよな。
ハロウをだっこしてもふもふを堪能しながら俺は遠回りをしようと心に決めたのだった。




