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20 「ノアール服飾店」


 俺は強かった。

 なぜならもふもふたちに応援されていたから。それに、もふもふたちが怖がってぎゅっとしがみついてくるので密着度が半端なくてもふもふがもふもふしてもふもふだったのだ。


 つまり、無敵だ。


「さて、入るぞ」


「ちょい待ちや!?」


「ここが原因なのは明らかだろ?」


「だからこそやん!?」


 俺は神楽が何を言いたいのか分からずに、他の面々の意見も聞こうと振り返る。

 そこは死屍累々たる有様であった。

 訳が分からず神楽の方に疑問符を投げると屋敷に入ってからのことを思い返せという。

 

 俺はむむむと唸ってつい数分前の出来事を思い出した。



 

 屋敷の中はまだ早朝だというのに薄暗かった。おまけに、何かがいるという気配が肌に直接感じられたのだ。ぞわりと鳥肌が立った……気がした。流石に今のVR技術でも鳥肌まで再現するのは難しいらしく、一応確認して見てもつるつるした肌がそこにあった。

 

 小手試しにか、皆が屋敷に入ったとたん勢いよく閉まる扉は当然開かない。

 すると顔の見えない半透明な男性が俺たちのすぐ隣を通りすぎた。今のは、と男性を追いかけようとした瞬間リウとイサベルが女性らしい甲高い声で叫び、男性は悲鳴にかき消されてしまったかのように溶けていなくなった。

 俺の鼓膜はリースとマースが守ってくれていたため無事だったが、2人の隣にいたルウやフォルスは直撃を喰らったようでしゃがみこんでいる。


 ちらりと神楽の様子を伺うと少し顔が青ざめていた。ホラー系に耐性があったと記憶しているが、違うのか。

 聞くと攻撃が通じない系のゴーストは苦手らしい。代わりにゾンビ系は大の得意だとか。聞けば聞くほど俺と真逆のタイプである。

 

 あの男性からこちらを攻撃する意思が感じられないと分かったので、俺は【探知】で男性と思わしき点が移動し、1つの部屋の前に立っているのを探し出した。お化けにも【探知】の効果が得られるのは素晴らしい発見だった。偉い俺。

 ボス部屋の場所が分かるのにマッピングをするなんて面倒というタイプの俺が、そこへ一直線に向かうのは当然と言えるだろう――たとえ、ラップ音が激しかろうと、何もない壁から腕が掴みかかろうとしても……ね?


 お化け屋敷のようなトラップに引っかかる度、リウとイサベルは叫び、3人が被害に合うという構図ができていた。

 俺はというと、そんなに怖がるものとは思えず、むしろアトラクション感覚で楽しんでいた。学生時代を思い出すようだ。そういえば高校時代、俺がお化け役の衣装に気合を入れ過ぎて年齢制限が設けられてしまったっけか。




「――皆のために、早く済んだ方がいいと思ってな」


 懐かしい記憶を思い返しながら少し反省して言い訳を述べる。


「ん?」


「すみませんでした」


 秒で謝った。

 

 神楽の圧は近くにいたお化けを退散させる程怖かった。

 嘘は言ってないが、本心を見抜かれていたらしい。謝った後に軽くどつかれた。面倒くさがりなのはお互い様なのにな。


「思うんですけど、こういう系って普通は探索パートで謎解きをしながら進めていくじゃないですか、普通。でも一直線で来ちゃったから、軌道修正としてトラップが多かったんじゃないかなって」


「あたしもルウくんが言ってる通りだと思うわ。ミステリーでも最初の調査は伏線になる、そうでなきゃつまらない駄作になってしまうもの」


 ぐさぐさと二人の言葉が突き刺さる。

 しかし、探索したところでトラップは必ずあるし、ばらばらに来るか一度に来るかの違いだけだ。時間をかけすぎるのも良くないだろうと配慮した俺は悪くない。

 途中からルーウィが服の中に入り込んでしまったときは流石に罪悪感を持ったが。


「まあ、そもそもここにいる半数が怖いもの苦手だったんだ。探索するにしても亀の歩みのようなスピードになってしまっただろうし、先に答えを知ってしまったミステリーも、それはそれでおもしろいもんだよ」


「フォルス……!」


 俺はフォルスと強く手を握り、拝んだ。いいやつじゃん、お前。


「ほんじゃまぁ、その答え見に行こか」


 その場に良い感じの雰囲気が出来上がり、各々休息は取れたようだった。

 神楽の合図に俺は手に掛けていた扉をそのまま開く。


「え、は、ちょ!?」


「ん?」


「ちょっと、タイミングってやつがあるでしょ! タイミング!」


 また怒られてしまった。

 この先が気になりすぎて「待て」状態の俺だったので、こればかりは仕方がないと思う。何か言いたげな面々を放置して俺は部屋の中へと歩みを進めた。

 

 そこは。

 俺にとってなじみ深い場所だったから。


 部屋に入るとすぐに暖色のランプが灯り、部屋全体を照らした。

 全体を見渡すと壁側にドレスを着せられたトルソーが何個も並んでいた。とはいってもハンガーに掛けられているものよりも格段に不格好で、ドレスたちは皆未完成であることを表していた。

 棚にはデザイン画の数々が雑にまとめられており、確認すると未完成のドレスと思わしきものがあった。分かりやすいようにか他のものとは別に分けられていたのですぐに理解した。


 糸、針、布……そしてビーズやレースなどの小物はあらかた揃っている。

 ならば、俺がやることはひとつだけ。


「10分だけ、そこに立ったままでいて欲しい」


 デザイン画を頭に保存し、必要なものを山の中から探し出す。

 このアトリエ主は綺麗好きだったのだろう。俺のアトリエよりも片付いているし、物の把握がしやすくて助かる。


 裁断。


 いつも迷いなくハサミを入れているので型紙を使わないのかと聞かれることがある。見たらサイズは分かるのでいちいち型紙を作るのも面倒だし、チャコで布に下書きするのも面倒だ。そもそも、目分量で思い通りに切れない方が()()()だろ。


 という訳で1つ目が完成。続いて2つ目、3つ目を終える。

 あまり好みでないデザインもあったので、シルエットはそのままに所々アレンジを加えさせてもらった。俺は、()()が着るなら絶対にこっちの方がいいと自信を持って言える。


『【手芸】がスキルリストに追加されました』


「ふう、すっきりした」


「流石ノア兄さんだよ」


「ルウも、サポート助かったよ。卒業したら俺のとこに来て欲しいくらいだ」


「ほんとに!?」


「ルウばっかずるい!」


 途中からデザイン画を手に俺が次に使うだろう布などを用意してくれたルウには本当に助かった。お陰で3分くらい巻けたんじゃないだろうか。

 本気で高校を卒業したらアシスタントとしてスカウトしようかと悩む。進路は決めていると言っていたし、無理強いはしないけど。


「ノアって……何者なの? ウチのお抱えたちの比じゃないわよ」


「あれは趣味のレベルじゃないですね。途中までできてたとはいえ、ドレスってあんなにすぐ作れるもんなんですか。人間やめてますね」


「聞こえてるが」


「聞こえるように言ってる」


 敬語だったからイサベルに言っているのかと。

 それに人間じゃないと言われてもだ。事実趣味ではなく本職だし、そもそもこの世界では人間というくくりでないらしいのだから。それが関係あるのかは多分ないのだろうけど。


 俺は完成したドレスを遠目から見ようと振り返る。

 そこにはあの男性が。


「このドレスは、全部あなたが作ったんだな」


『妻に似合うものは、私が一番理解している』


「「!?」」


 突如として聞こえた男性の声に気付いて皆が一斉に振り返る。だが、男性は俺にしか見えないようで、イサベルは困惑ぎみに俺の服を引っ張った。


「ドレスを完成させた人にしか見えないみたいですね。俺にも見えます、ノア兄さん」


 ルウも見えるようだ。

 ちょっと待ってください、と皆にレースで作られた造花を渡し、ドレスの場所を指定して付けさせた。俺が蛇足だと思って付けるのをやめたものだ。

 まあ、あってもいいと思うので口出しはしない。


 手間取ったようだがドレスの作成を手伝ったことで、皆にも見えるようになったらしい。

 目の前の彼が屋敷の持ち主――冤罪をかけられ亡くなった男性であることはすぐに分かったが、彼の顔を肖像画で見たことがあるとイサベルが言ってくれたおかげで確信を得られた。


『なぜ、このドレスが私の作ったものだと?』

 

「デザインに素人味を感じたのが1つ。それに、このドレスたちを着せたい女性がこんなにも分かりやすい……そんなドレスを作れるのは、彼女を一番理解しているあなたしかいない……だろ?」


 男性は強く頷いた。

 

 基本、ドレスを作るときは流行や定番を押さえる必要がある。下位の貴族ならば尚更であろう。

 それなのにこの部屋に飾られているものは、昨日イサベルが着替えると入って行った部屋からちらりと見えたドレスの山と全く違う。

 まるで、たった1人の女性のためだけに作り上げられたかのように。


「このドレスはきっと、白銀の髪がよく映えるだろう。ストレートのロングかな。控えめに入った袖元のフリルは整った手元を強調させるんだろうな」


 俺はこのドレスを着た女性を頭に思い浮かべながら笑った。

 こんなドレスを作るのは俺にも時間がかかるだろう。だからこそ、男性に敬意を払って衣装づくりに取り掛かった。


『そう、そうなんだ。妻は、私がドレスを作る度に、笑って着てくれる。いつも、自信をくれるドレスだわ、と』


 リースとマースが男性に向かってふわふわと飛んでいく。続いてヴァレンティアもルーウィにリフルを連れて男性の足元に寄りそう。

 何それウチの子たちいい子すぎないか。


『妻は、私の訃報を聞いて、ここで自殺したらしい。だが、屋敷のどこにも妻はいない……だから、私はここで待っている』


 ふと、俺は男性の足元に小瓶が転がっているのを見つけた。【鑑定】してみるとポイズンポーション。

 ……うん。なるほどね。


 万が一のないように後でこそっと回収しておこう。


「なるほどなぁ。旦那は奥さんを思って現世に残って、奥さんは旦那を思ってあの世へ一緒にってことか。ロミオとジュリエットみたいやな」


「ですね。屋敷が綺麗なまま保たれているのも、彼の奥さんに分かりやすいようでしょうね」


『ああ、そうだ。私だって分かっている。もう妻には会えないのだと。だが、もしかしたら、と思わないでいられないのだ』


 神楽とルウが出した結論に男性は同意した。


 俺は男性に少し共感する。

 ナルジアが終わってしまったときにもう二度とヴァレンティアたちには会えないのだと分かっていた。それでもリエタを購入したのは「もしかしたら」と縋る気持ちもあったのだ。

 そして、ヴァレンティアに出会えた。リースとマースに、リフルに出会えた。

 こんなの奇跡と言わずして何だというのか?


「イサベル。この屋敷の購入条件に原因の退治は入ってなかったよな?」


「ええ……ええ、そうね」


「ジンは他人がいても気にしないし」


「逆にこんな広い屋敷に二人、いや、四人なんは寂しいやろ。大人数は大歓迎やで」


 リウにルウの方を見ても異論はなさそうだ。

 イサベルだけが不安そうな表情をしているが、フォルスがこちらの視線に気づくとサムズアップしてくれたのできっと大丈夫だ。


「奥さんに会えるまで、この屋敷で、この場所で待とう。きっと向こうにいないって分かったらこっちに来てくれる。お互いに……愛し合っているんだからな」


『!?』


「あーもう。分かったわよ。お父様にどう報告するのよ、ほんと」


 もう、もう! とイサベルは怒っているふうだったが、俺は知ってる。これは構って欲しいだけだ。リウもよくやるからな。

 

「俺からも王様に報告しようか?」


「結構よ。あたしはこう見えて有能なんだから。フォルス、お父様へ報告しに行くわよ」


「了解」


 これは――ツンデレだ! クールぶってるけどにやにや隠せなくて逃げようとしてるツンデレだ!

 神楽もにやにやとしているので間違いはないはずだ!


「この屋敷って」


 俺は早足に玄関へと向かうその背中にそう投げかける。


「もう貴方たちのよ。好きにしなさい。代金もいらないわ」


 なんと、ただになった。ありがたいことだ。流石王族、太っ腹だな。


 それに……言質は取った。

 ならばすることは1つ。


「「衣装づくりをしよう(しましょう)」」 

「「部屋決め(やな)!」」


 意見が分かれてしまった。


 俺とルウが前者、神楽とリウが後者だ。

 同数で分かれてしまったため、衣装づくりを優先することにする。なぜならリウは俺の味方だから。

 卑怯やろーと神楽が愚痴るが多数決なのだから仕方がない。部屋決めはいつでもできるしな。


「布は大量にあるし、さっき使った分も補充されてるから作らない他はないだろ」


「ここでも服屋する気かいな」


「金稼ぎとしてはありだな。『ノアール服飾店』とか?」


「リアルのノアの店って何て名前やっけ」


「『Noir.(ノワール)』だな」

 

「ほぼ一緒やん」


 リアルの方は姉さんが付けてくれたのだが、流石に同じはまずいだろうし、どうしろというのか。あ、著作権云々以外に同じだと仕事感が半端ないのでそれのためでもある。

 俺のプレイヤーネームである「ノア」ともかかってるし、我ながら良い案だと思ったんだが……。


「まあ店は今度イサベルといい物件を探すとして、まず神楽だな。どんなのがいいとかあるか?」


「んー私服もノアが送ってくれるの着るくらいやしなぁ……」


「待て、俺が偶に送ってる試作だけしか持ってないのか!?」


「いや、ちゃんと自分でも買ってるけどノアから送ってもらったやつ着ると両親が喜んでくれるんよ、やっとまともなセンスになったとか」


 俺はそっと神楽の両親に合掌した。

 なるほど、そっち系の人だったか。


「職場の人にまだマネキン買いの方がマシ、とか言われてるんじゃないですか、神楽兄さん」


「言われてる! なんで分かったん!?」


「俺の父さんがそれなんで」


 驚いている神楽をよそに、俺は机の上にあった紙と筆記具を手に何個かデザインを描いていく。

 俺と神楽の仮面が揃いになっているのでテーマを同じにした方がいいだろう。仮面だし、無難に和テイストとか。


「こんなもんかな。どれがいいと思う?」


「全部!」


「ではなくて、これと、これを合わせたらいいんじゃないかと」


「なるほどな」


 そもそも神楽に聞いた俺が駄目だった。

 ルウの言うように頭にデザインを思い浮かべながら布を手に取っていく。

 そして、トルソーを1つ借りて完成させたものを神楽に着てもらった。


「ゲーム内だからこそできる服を意識した。リアルだと着辛いし、世界観がな。動きにくいとかあるか?」


「特にないな。露出がちょい気になるけど、まあ、それこそゲームやしな」


 神楽に軽く動いてもらい、少し物足りなさを感じたので金色の糸で八岐を模した刺繍を散りばめた。


 俺は完成した服を遠目から見る。少し「和」からはずれてしまったのは気にしないでもらいたい。

 黒いタンクトップの上から少し生地の薄い、二枚の深緑の布をクロスさせた。イメージしたのは双蛇だ。クロスさせることで着物感が出るといいな、と思ったのだがあまり効果はなかったようだ。

 着物だと袖が邪魔になると思ったんだよな、神楽の職業盗賊だし。あれ、聖職者か。


 それこそ気にしないでおこう。


 腰に【思兼】をセットするベルトのお陰で引き締まった感じが出ているので我ながら素晴らしい出来だと思う。


 慣れた手つきで別の刺繍を施し、作成した服に名前を付ける表示が現れた。


「そうだな……『蛇の舞』とか」


 そう発するのと同時に、神楽の着ている服に名前が付いた。

 製作者は俺になっている。当たり前か。


「次は、リウとルウだな」


 俺はキラキラした目でこちらを見ているリウにどうしたものかと頭を悩ませるのだった。


 

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