19 「やっぱり、よく似合っているな」
あの後城に泊めてやると言われたが、なぜか異邦人でないふりをしなければならないことになったため、起こされても全く起きないと怪しまれるだろうとのことから丁重に断った。代わりに安めな宿を紹介してもらったのだが馬車が到着したのは高級そうな宿屋。金は払ってくれるとのことだったが、凄く豪華な部屋に案内されて委縮してしまったのは言うまでもない。
「ノア兄……一緒に、寝る?」
風呂で火照った肌が少し大きめな室内着の合間からちらりと覗く。普段はポニーテールにしてある桃色の髪もおろされ、活発そうな印象から一転して大人っぽい印象になる。潤んだ瞳が上目遣いで俺のことを見上げ、少し漏らした吐息は妙に色っぽく思える。
だが男だ。例えそこらの女性より可愛くても、生物学上は男と判断するしかない。
室内着は大きさの種類も豊富で合わないはずがない。ということは、リウはわざとそうしているのだ。
全く、あざといのはうちの子たちだけにしてもらいたい。
「子供はさっさと寝ろ」
一番最初に風呂に入ったはずなので未だに火照っているのは何かの病気としか思えない。ブーイングを気にせず布団を投げるようにかけてやる。
「リウ、そろそろ母さんに怒られるよ」
「あ、そうだね~……私たちはリアルタイムで明日の朝から合流することになるからそれまでなんとか言い訳しといて欲しい!」
まだ高校生の彼らは6時間睡眠を両親から強制されている。モデル業に配信、勉強等で忙しくしている二人のための決まりなので俺からは何とも言えない。二人もそのことを理解しているのできちんと約束を守っているのだ。
「了解。難病を患ってるって伝えとく」
「じゃあ病人の演技を練習しとかないとだね!」
「嘘だ。早く寝ろ」
ダブルベッド2つの内1つをリウとルウが使うことになっていたが、リウがログアウトしたことを確認してルウがいそいそとベッドをくっつける。移動可能なオブジェクトだったのかあっさりとそれは動き、リウを端へやってベッドの境目を陣取った。リウが起きていれば喧嘩が勃発しただろうが、早々にログアウトしていたので静かなものだった。
「じゃあノア兄さん、おやすみなさい。絶対俺の隣で寝て下さいよ」
「おやすみ」
ルウがお願いするなんて珍しい。
言われなくても、俺と甥っ子たちで神楽を挟むような気まずい空間を作るつもりはない。
「くる!」
「『あ、ずるい! じゃあぼくここ!』」
「めめぇ!」
「「――――♪」」
一瞬静まり返ったのが嘘のように思えるにぎやかさに思わず笑みがこぼれる。誰が俺の腕枕を取るか競争が行われたので頑張って腕を伸ばして皆入れるようにした。流石に片腕だけでは入りきらなかったので両腕で。
リースとマースが小さく軽いことを武器に俺の頬隣を占領して得意げなのが可愛い。みんな備え付けの風呂に入ってブラッシングを終えているのでいい匂いがしてふわふわだ。
幸せをかみしめていると隣で胡坐をかいてボックス欄を整理していた神楽に笑われる。
「早く他の皆も探し出してあげんと、やね」
「そうだな」
「勇者候補のお披露目終わったらノアはどっち方向に行くんや?」
「海を目指そうかなって」
「じゃあわしはなるべく海以外に行くわ。保証はできんけど」
「八岐に任せたら連れてってくれるんじゃないか? 少なくともジンより地図を見れるだろ」
「馬鹿にしすぎとちゃう?」
しばらく談笑して、俺はそろそろ、とログアウトボタンを押した。
少し、リアルでも仮眠を取るか。
……寝すぎた。
小鳥のさえずりに起こされ、時計を見ると8時。なんならいつもより遅い起床だ。眠ったのが2時頃だったので見事に六時間睡眠。健康児だな!
じゃなくて! 六時間ってゲーム内で三日は経ってるぞ……三日も起きてこない客ってなかなかじゃないか?
と思ったら夜中の間にメンテナンスがあったらしい。ちゃんと三十分の休憩だけで戻った神楽によるとすぐにサーバーメンテナンスが入ったのでラッキーだったなとのこと。メンテナンス中はイベント進行などの都合上世界の時間は止まったままらしいので部屋代滞納とかそんなことはないようだ。
ちなみに現在進行形でメンテナンスは続いており、ブラックさがにじみ出ている。終了予定は十二時とのことだったので俺は今のうちに睡眠貯金をしようと再び布団にもぐったのだった。
「ずるい!! ルウだけノア兄の隣で寝てたの!?」
「神楽兄さんも寝てるよ」
「神楽さんはいいの! ログアウトに手間取ってるのかと思ったら!」
「ノア~? 君んとこの子ら大人しくさせんでええの?」
「放置だ」
ゲーム内では朝早いというのに大声を出して歩く後ろの二人に周りのNPCを気遣ってそう進言してくる神楽だったが、俺にはあいつらを止める力もないので放置するに限る。
うるさくなるだろうからとリウたちがログインする前にインして起きておこうという作戦がメンテナンスによって潰えた(俺の寝過ぎは時効だ)ので、俺より先にインしていたリウが怒ってしまったのだ。俺が起きた頃にはヴァレンティアたちに混じって腕枕を堪能していたようなので、それでチャラにして欲しい。
「これはどこに向かってるんですか?」
「ああ、イサベルにいい物件を手配してもらおうと思って、昨日の間に頼んでたんだ」
「わしとノアの愛の巣、やね」
「正確には俺とウチの子たちの愛の巣with神楽’sだ」
「分かっとるよー?」
リウに見つかったし、NPCに囲まれていなくてもいいよとイサベルに伝えた。しかしその前に調べ終えていたようで、一件だけ条件に当てはまる物件を見つけたらしい。お値段なんと1万ゴールドで庭付き一戸建てだ。部屋数も多いらしい。あまりの好条件ぶりに俺は即決した。
神楽も一緒に住むと言っていたし、割り勘すると五千ゴールド。俺の手持ちで十分足りる値段となっている。やっぱり持つべきは王族の知り合いだよな。
なお、資金源は盗賊から奪った武器類である。騎士から奪ったものも混ざっていたので割と高く売れたのだ。貴族のものを売ってできた金が王族の紹介する物件を買うのに使われる。そして貴族の元に流れていくのだろうから、実質俺は返したことになる。
ちゃんと売る前に紋章とか特徴的なものがないか確認してから売ったので後腐れもない。
完璧じゃないか。
「私も一緒に住みたいな~」
「ルウはいいとして、リウは駄目だ」
「ルウばっかずるい!」
「いいんですか!?」
思っていたよりもルウの食いつきが良くて一歩引いてしまったが、上目遣いをしてこちらを見るリウに首を横に振る。
「リウは女の子だろ? 男二人の所に来るもんじゃない」
中身はともかく見た目はモデルをしているだけあって、控えめに言って美少女だ。小さい頃、オムツを変えてやっていたのでそう言った感情は万一にも起こらないと断言できるが、如何せん体裁が悪い。いつか社会的に抹殺されそうな感じがする。
だって、傍から見れば俺たちは完全に誘拐犯だ。俺も神楽も怪しいお面を付けているし。
このお面、ぼーっとしていても口さえキュッと引き締めていればバレないのでなるべく外したくない気持ちが現在進行形で勝っている。AGI10も上がるし。
「ノア兄……!」
「リウちゃんの好感度が10上がった」
「ジン、変なナレーションを付けるな」
「ちなみにリウちゃんのノアに対する好感度は限界突破してるから、今の好感度100+∞な」
「やん、神楽さんったら!」
「貴方たち、大分目立ってるわよ」
馬の嘶きとともに呆れの混じったイサベルの声が聞こえる。
どうやら近づいてきていた馬車に乗っていたらしい。
御者の所にはフォルス……ではなく、昨日見た騎士の一人が座っていて、その隣にフォルスが控えていた。
御者すらできないのか、あいつ。
動物に嫌われすぎでは……?
「思ったより早起きなのね……追いつけてよかったわ。さあさ、乗りなさい」
フォルスが下りてきて馬車の扉を開け、俺たちはそれに促されるまま馬車に乗り込んだ。
スカートのリウだけが少し手間取ったようだけれど、エスコートに慣れたフォルスが支えてくれたので問題はない。
しかし二人とも顔がいいだけに非常に絵になるな、見る人が思う性別は逆だろうけど……とか言ったらまたリウの好感度を上げてると思われるので口にはしない。
「歩いて行ける場所じゃないのか?」
「距離的にはそこまで遠くないわ。でも、歩いて行くと目立つわよ」
「目立つ?」
広めの馬車とはいえ狭い空間で喧嘩されると非常に困るので俺はリウとルウの真ん中である。
ヴァレンティアたちが入っている籠は神楽の隣に置かれてしまった。
「目的地の説明を簡単にするわね。今向かっている家の本来の値段は1000万ゴールド、端数は切り捨ててあるわ」
「いっせん!?」
「は!? 何や、詐欺か!?」
「話は最後まで静かに聞きなさいと教わらなかったの?」
「関西人たるもの突っ込んでなんぼや」
「ジン」
今の俺たちはNPCだ、関西とかリアルを持ち出すのはよろしくない。
そんな意味を込めて神楽を見たのだが、まあ目を合わせるわけでもないので伝わったかどうかは微妙だ。だが口をつぐんだのでよしとしよう。
「払ってもらうのは昨日言った通りの値段よ。ただし、建物の調査をしてからね」
質問したい気持ちを抑えて続きを待つとイサベルは不満そうに頬を膨らませた。一体何がお気に召さなかったのだろうか。
「相槌くらいは打ってもらいたいわ」
「なるほど」
女って難しい。
一番女心が分かりそうなリウは俺の肩にもたれかかって気持ちよさそうに寝ている……フリをしてるし。
「それで、調査って?」
「お化けがいないか、よ」
「お化けって、ゴーストってことやんな?」
「違うわよ。お化け、幽霊的な実体のない奴」
実体がない、と聞いて俺はふむと首を傾げた。
神楽がゴーストと言ったのに対し否定をしたのが引っかかったからだ。
「1つ、お話をしてあげる――」
――
昔、といっても割と最近、とてもとても裕福な大商会の主がいたの。
その商人は小さい時から心に決めた女性がいたのだけれど、その女性は貴族だったから思いを告げられないでいた……身分違いの恋なんて、巷ではよく人気になるけれど、実際しようもんなら親は大激怒よ。捕らえられて、下手したら死刑。
まあ、そんなことはよく知っていたから商人は貴族になろうと考えたの。
貴族になるのは簡単。お金を支払うの。ただそれだけ。
国としても税収が増えるのは助かるし、買えたとしても位は一番下。特に大きな問題ではなかったわ。
意中の女性も位は下の方だったし、貴族になった商人はどうにか結婚までこぎつけることができたの。
ただそこに問題があった。
その女性の家には借金があって、余所の貴族と婚約関係を結んでその家からお金を借りて借金をうやむやにしていたの。
でもその借金は全て元商人が支払ってしまったし、夫婦になるのだからと、女性の実家には定期的にお金を渡していたわ。そこまでされたら女性の両親も結婚を認めるどころか大喜びよ。女性の方も元商人のことが好きだったからとんとん拍子で婚約、結婚する流れになった。
そこで登場するのが女性の元婚約者。元婚約者は美しい女性が好きだったから、横から奪っていった元商人が気に入らないみたいだった。
自分は何かに付けて結婚を先延ばしにされたのに、急に婚約を破棄されて結婚だなんて認めたくもなかったんでしょうね。
ある日、めでたい結婚式の場で元婚約者が元商人のことを告発したの。違法薬物を取引した恐れがある、と。
当然冤罪だった。
でも平民上りが貴族になるのを良しと思わなかった貴族も偽証に加わって、結局幽閉されてしまった……。
その後商会の人たちが頑張って無実を証明したのだけれど、完全無罪を言い渡されたその時には既に元商人は亡くなってしまっていた。
幽閉されている間、元婚約者側の人たちによる暴行が酷かったらしいわ。兵も、誰も、見て見ぬふり。
聞くところによると、彼はずっとこんなことを呟いていたらしいの。
「我が家の庭園は、やっぱり、愛しい妻によく似合っているな」
――
「――って」
「それでは馬車の右手側をご覧ください」
「ひっ……」
リウがもらした悲鳴になりかけたものを俺が抑えることで耳が使い物にならなくなるのを防ぐ。
御者台からフォルスに指示された通り右側を見ると、そこには小ぶりながらも立派な屋敷と、見事な庭園が朝日に照らされていた。
「ちなみにここ、誰も管理をしていないの。何人か持ち主が変わったのだけど、その皆が口を揃えて『不気味だ』って言うのよ? 庭師がいくら作り変えようとしても次の日には元通り」
「……」
ま、まあ?
ここはゲームの中だから運営が元通りにしてくれているのは分かっているし?
かたりと、風もないのに馬車の扉が少し開く。
王家の馬車が建付け悪いなんてよろしくないぞ。
少し呆れながら扉を閉めようと手を伸ばす。
ふわりと、花びらが僅かに開いた扉の隙間から中に入って来て俺の掌に零れた。
風のいたずらだよ。
……え、本当にいないよね????