18 「……うざ」
ノアと神楽が【意思疎通】に夢中になっている頃――
「ふむ……好意とはいえど物品の受け渡しを規制すべきだろうな。誘魔の宝石の危険性を普及させるいい機会かもしれん」
「そうね……それからテイムモンスターに耐性があるかも確認しないと。耐性がなさそうなら可哀そうだけど、町に入れる際に拘束具を付けさせてもらった方がいいわね」
「問題はどうやって確認するかですが……」
「1つ提案があるのですが」
こちらに話が振られそうな気配を察し、その前にこちらから話を振ることで主導権を獲得する。神楽兄さんが何かをした……のは気配でなんとなく察した。ノア兄さんがリフルを撫でる手が一瞬止まったので、おそらくノア兄さんと話をするために何かしらのスキルを使ったんだと思う。流れ的に【鑑定】の詳しい話を聞くためだと思うので、できる限りそっとしておく方針で。今はとにかく二人の違和感がバレる前に俺が注目を集める必要がある。まあ二人とも仮面を付けているので表情が分かりづらく、俺がこんなことをしなくてもバレないと思うが、念には念をだ。
後で聞こうと思いながらもみんなの視線が集まったのを確認した。
「その前に1つ聞きたいんですけど、俺たち知らなかったんですが勇者候補の存在って皆知ってるもんなんですか?」
「探しているとはまだ公表していない。貴族に候補は見繕うよう言ってはいるが」
代表して国王が答えてくれる。
俺はいくつか作った作戦候補のいくつかを消し、残った中から迅速に、かつ丁寧に吟味する。
時間にして僅か30秒ほど。王女様が痺れを切らしそうな所で口を開く。
「誘魔の宝石の存在を広める前に、勇者候補の選抜と言ってギルドに冒険者を集めさせるんです。巻き込めるとこは全部巻き込む勢いで。優勝したら勇者候補になれると聞いて飛びつくのは名声が欲しいか目立ちたがり屋……あとは異邦人くらいでしょうから、かなり盛った賞金を提示してもいいと思います。あ、俺たちも参加して優勝するので賞金のことは気にしなくてもいいですよ」
俺やリウはレベル上げをほとんどしていないので若干の不安はあるが、ノア兄さんや神楽兄さんもいる。二人とも自分は強くないと言うが、百発百中のスタンに動体視力の化け物……二人が組めばはっきり言って勝率はゼロに等しい。普段ののほほんとした雰囲気に騙されがちだが、流れ弾がテイムモンスターの方へ向かったときのノア兄さんほど怖いものはないし、神楽兄さんも何がスイッチでドSモードに入るか分からないので更に怖い。
「かなり人数も多くなるでしょうから、役職ごとに纏めて対戦権の争奪戦を行うと言っても何の不思議もありません。最初に僕たちが既に勇者候補となっていることを言っておけば、みんな結託でもしてテイムモンスターが一気にノア兄さんの方に襲い掛かるでしょう」
「それは……一対一ならまだしも、ノアに負担が大きすぎるのではないか?」
「そうよ! 私は反対だわ」
ちっ、と舌打ちが出そうになるのを抑える。王様はまだいい。問題は王女様だ。
この女、さっきもノア兄さんの話を遮ってたよな。……うざ。
そんなこと言ってよい訳がないので平静を取り繕い意見を追加する。
「では神楽兄さんにもテイマーの方で出てもらいましょう。八岐もいますし、そもそもノア兄さんもテイマーではないので別に構わないでしょう。二人が揃えば間違いありませんから、ね?」
【操者】のスキルを使ってノア兄さんと神楽兄さんに頷かせる。相手の行動を1秒だけ操ることができるというスキルだが、相手が警戒している場合は使えなかったりと制限は多いものの、ナルジアでも愛用していたスキルの1つだ。
二人とも意識はこちらに向いていないようなのであっさりと操られてくれる。意識があったとしても、二人がこのスキルを拒んだことはないので操られてくれるだろうけど。
一瞬、リウに睨まれたがそれも一瞬のことですぐにノア兄さん観察に勤しむべく視線を元に戻す。
「そういえばこの二人がイサベルの推薦していた者だったか?」
「ええ。フォルスも認めてくれたけど……それでも二対大勢は危険だと思うわ」
「イサベル様。候補として選んだのならば最後まで信じるべきです。ぼくが見たのは不意打ちに反応できるかという点だけでしたが、ノアやジンラクはそれに対応し反撃をしてきた。それだけでもそこらの騎士より圧倒的に強いです。本気を出した二人がどれほどかは言うまでもないでしょう。それはぼくのの候補者二人にも言えることです」
リウのように心身の性別が一致していない……訳ではないのだろうけど、同系統の人間のようなフォルスさん。
俺が警戒していることに気付いて剣を利き腕の方に下げ変えたりとしていたので今戦ったとしても勝率は10%くらいだと思う。
そんな彼女が手放しでほめてくれるのは少し心地よい。ノア兄さんや神楽兄さんについてきちんと理解しているのも好感度高めだ。
「その話を聞いて私も1つ提案が」
「なんだボロック」
「一人でなく二人での勝負にすればよいのでは、と。仮に勇者候補争奪戦としますが、それを二人一組での対決とすれば決勝戦でイサベル様とフォルス殿の候補者全員が揃います」
国王様の隣に控えていた執事がモノクルを掛け直しながらそう提案する。
俺としても時間稼ぎで思いついた作戦だし、こうして改良されるのは嬉しい誤算だ。
二人一組であれば俺たちの中の順位も決められないし、素晴らしい案だと思う。
「俺たちに勝てば新たな勇者候補に、俺たちが勝てば宣伝に……という訳ですね? 受付時にペアがいない人は同じような人とランダムでペアになると言っておけばいいかもしれないですね」
「今貴族たちに集めて貰っている勇者候補も参加するように命令しておこう。勇者候補に選ばれたからといって実力が伴っていないようでは困るのでな。上位十組程までを勇者候補の称号を与えようか」
「あとは異邦人を候補に入れるかよね……」
「昔の文献によると歴代勇者に異邦人もいたらしいしな。それにこの四人も異邦人の可能性はあるぞ? 【鑑定】を使えるようだしな」
兄さんたちに注目がいかない話にシフトしていると思いきや急な話題転換で俺は焦って隣の神楽兄さんの服の裾を引っ張る。それだけで気づいたらしく、みんなの視線の先がノア兄さんの方に向いているのに気づいて何かのスキルで呼びかけてくれている……のだと思う。
「ノアは異邦人なんかじゃないわ。そうよね?」
ノア兄さんがこちらに意識を持ってきたタイミングで王女様がそう尋ねる。
「ああ」
(!!?)
ギリギリ話が聞き取れていたのかも分からないこの状況でこの答え方には流石に疑問符が残る。しかし即答だったので全く分かっていないということはあり得ない。
「確かに【鑑定】を持ってたり共通点はあるけど、ノアは変な名前じゃないし、何よりモンスター達相手に慕われすぎているわ。異邦人が来たと確認されたのは精々1週間前でしょう? 先祖の中にいたって可能性の方が高いわよ」
王女様の謎理論。ノア兄さんもノア兄さんで何を考えているのか全く理解が出来ない。ああ、でも俺程度の頭でノア兄さんを理解しようなんておこがましいな。
俺たちもノア兄さんの親戚として紹介されたからには、異邦人ではないというロールプレイを課せられた状態になったわけだ。NPCに嘘をついてバレると信頼度は一気に落ちるし、相手が相手なのでこの国で冒険者をやることが難しくなる。
今のところデメリットしか思い浮かばないのだが、ノア兄さんが間違っているはずがないので、デメリットを上回るとびきりのメリットがあるということ。
着々と俺たちが異邦人とはかけ離れた存在であることを証明される中、俺はメリットについて必死に考えた。
(宿の優待券? いや、それはないだろ)
「異邦人は死んでも生き返る代わりに何日も休まなければならないだろう? 君たちが異邦人じゃないのならスキルの取得にも教会へ行かなければならないだろうし、特別にお布施なしで話を受けてくれるよう話を通しておく」
……。
…………流石ノア兄さん!
ナルジアの時と変わりがなければ転職にお金が凄くかかるはずだ。それが、無料に。これは今考え得る中で最高のメリットだ。
スキルを教会で得るというのはスキルリストからスキルを取得するのを教会でするということだと考えられるから……手間をかける分どういった違いが出るのか楽しみすぎる!
「異邦人でないのなら、この国で騎士として勤めることもできるが……どうだ?」
「……俺は、探しているヒトがいるので」
一息溜めて、切なげにそう言うノア兄さんに何人かの胸が打たれた。
俺たちは事情を知っているのでヴァレンティアたちのように他の、ナルジアの時のテイムモンスターたちを探す、という意味だと分かるけれど。
ノア兄さん、その言い方じゃ恋人か誰かを探している人みたいだよ……。
「もしかしてこの国に来たのもそれが理由で……?」
「ええ、まあ。そうですね」
「その方との関係は?」
「……大切な家族、です」
仮面を付けているとはいえ、口元は見えている。その微笑みに俺たちは皆やられたのだった。
むしろ、仮面を付けてくれていたから瀕死で済んだのかもしれない。
俺は、どう頑張ってもノア兄さんのようにはなれないんだと悟った。
元々分かってたけどね?