1 『Re: Eternal fantasia』
ノアは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の運営を除かなければならぬと決意した。
「なんてな」
鬱蒼とした森が目の前に広がり、いかにもなモンスター――ゴブリンが草むらを挟んですぐそこをうろついている。
プレイヤー名ノア。
俺は今、窮地に立たされていた。
◇
時代はVR。専用の機器を用いて現実ではない仮想空間に神経だけを投入し、自分が作ったキャラを思い通りに動かすことができる、元は医療機器として発明されたものだ。今ではすっかりゲーム関連の話題に溢れかえってしまっているが、医療関連の方もそれなりに発達している……らしい。専門ではないのでどうしても曖昧になってしまう。
そこはご愛嬌ということで。
ゲームとしてのジャンルが一般となってから十年余りが経ち、数々のゲーム会社が新作を生み出していった。現実でアレルギーを持つが動物は好きな人のために作られた育成ゲームや、怪我の恐れなく対戦できるアクション系のゲーム等々。
その中でも特に人気を誇ったのがVRMMOだった。ファンタジーやSFチックな舞台などの他に、敵の討伐や料理、商売……はたまた錬金。「したい!」と思うことがノーリスクで簡単にできるからだろう。人と関わることができるのもいい。作成したキャラ越しにとはいえ、離れた所にいる友人やリアルで全く顔を合わせたことがないネッ友と一緒に遊べるのは非常に魅力的だ。
そのVRMMOだが、販売当初からランキングの一位に堂々と君臨していたゲームがあった。
大まかな本筋は王たちの悩みの種であるラスボスを倒すというありがちなやつだ。しかし、何を思ったのかこの会社、主要なキャラ以外のNPCに開発途中のAIを用いたのだ。そのせいでバグは多々あったが、未発達なAIである彼らはそれを上回る思いがけない展開を数多く引き起こし、ある時には本筋にも割り込んだりして場を引っ掻き回し……それらの行動は多くのプレイヤーを魅了した。
ストーリー自体は一年でクリアされたものの長らくプレイされているのはそういう理由からだった。
ところが四月一日、正午の昼時に本日付でサービスが終了するとのアナウンスがされた。タチが悪いことにエイプリールフールの日だった。
ゲームデータの販売が数年前から行われていなかったことや、モンスターのドロップ率が急に良くなったことから薄々気づいてはいた。だからそんなはずない、茶目っ気が行き過ぎた運営の可能性もある、との考えと裏腹に『Eternal Fantasia』――通称ナルジアにさよならを言うべくすぐに自宅へ帰り、VRの世界へダイブしたのだった。
ゲームにログインすると同じ思考をした奴らであふれかえっていて、その日のサーバーはかつて見ない程の混み具合でサーバーから落ちる人は多かったらしい。ネット回線つよつよ民なので俺は落ちなかった。
が、無情にも十二時を越え日付を跨ぐと強制的にサーバーを落とされた。この日人類は絶望したのだった。
嘘である。
ちゃんと日付を越えると続編と思われる『Re: Eternal Fantasies』の発表がされていた。1か月後のゴールデンウィーク初日に合わせてリリースされるという。同時に販売第一陣の予約期間が告知された。いくらなんでも新作までのスパンが短すぎるアナウンスにネットは混乱を極めたが、販売HPが開設されたことで落ち着きを取り戻し、その日から販売開始までの一週間、各種SNSのトレンドには運営様へのゴマすりが上位を占めており中々に愉快だったのを覚えている。かく言う俺もその一人である。
倍率がエグイことになっていたので高級猫缶を三個ほど積んで実家で飼われているぬこ様に予約抽選ボタンを押してもらった。何を隠そう今まで当てて来たガチャの最高レアは彼……いや、去勢されてるので彼女? が当ててくれた。いや彼か。分からんな。
結果、無事当選した。
リリース当日、ゴールデンウィーク初日。
世が五連休に腹を震わせ喜び、鼻を震わせいびきをかいて休日を謳歌しているだろう朝早くに目が覚めた。しばらく休みたいと駄々をこねたお陰でゴールデンウィーク延長戦が決定しているせいかもしれない。無駄に興奮して眠れなかったのだと思う。
リリースは昼の十二時からであるのであと八時間もある。一週間少し籠城する準備は昨日の内に整えてあるし、掃除は丸型お掃除ロボット君が朝早くから大声を上げて頑張ってくれていたので姑のように床を指でつぅーと触っても埃はつかない。ていうか目が覚めたのお前が原因じゃん。朝早くに予約した覚えないんだけどな。
手持無沙汰だったので一週間分の作り置きにプラスしておやつも用意しておく。日持ちのするクッキーやフィナンシェにパウンドケーキも作った。お陰で大幅に時間を減らすことに成功。時計を見るともうすぐ十一時になりそうなところだったので早めの昼食をとることにした。
もう待ちに待ちすぎた十一時五十九分五十九秒、もはや神々しくも見えるゲームタイトルを押した。なんでこんなギリギリにかといえば、そろそろ近づく夏に向けて新たなぬいぐるみ衣装を拵えていたのに夢中になっていたからである。
いやぁ、興が乗ってしまって。
VR機器を起動し自分の身体と精神が切り離されたような感覚に1か月ぶりの懐かしさを覚えつつ、ロードが終わるのを待った。
白く四角い箱のような部屋で目を開くと青みがかった長方形の画面が目の前に浮かび上がる。
『プレイヤー名を入力して下さい』
迷いなくノアと打った。理由は単純明快、俺の誕生日がノアの大洪水の日らしいからだ。俺と同じ誕生日の人に会ったことはないが、おそらくその人も同じプレイヤー名をしているに違いない。
まぁありがちだよな。
『自分のキャラを作ってみましょう』
キ ャ ラ メ イ キ ン グ
そうだ、こいつがあったんだった。
膝から崩れ落ちたい自分を必死に止める。自分の作ったキャラを客観的に見るため、目の前に今日も鏡越しに目を合わせた自分が俺と同じ行動をするので我に返ったともいう。
断言しよう。俺はこういう類が苦手だ。デフォルトでいいじゃないか、別に。
……だからといってリアルそのままにするのは身バレ的なアレも心配なので、俺は素晴らしい例の選択肢を探した。
完 全 お 任 せ
世の中には当然俺と同じように細かいキャラメイキングが苦手な人もいる。難しく考えるのが苦手な人のために職業お任せなんてものもあるし、便利な世の中になったものだ。前作でもお任せを選びそこそこ納得のできるキャラが仕上がったものだ。
感心しながらボタンを押すと警告なんかが表示される。が、ウザいので「はい」を押す。たかがキャラメイキングだけでなぜこんなに警告されねばならんのか。とため息をつきたいほど「はい」を押して――飽きてきたのでリズムをとってノリにのっているところでようやく画面が消えた。そして視界が真っ白に変わった。
あれ、職業選択は――
そして、今に至る。
よくよく考えてみれば職業お任せのようにキャラメイキングお任せがあったはずだ。警告があんなに多かったのも、キャラメイク・職業・種族のようにそれぞれのお任せに対する警告というのならば頷ける。というか気づけよ俺、何リズム取ってたんだ……。
で、だ。肝心のステータスを確認してみよう。
*
名前:ノア Lv1
職業:放浪者
種族:??
【HP】 30/30
【MP】 20/20
【STR(筋力)】 10
【VIT(防御)】 10
【INT(知力)】 10
【MND(魔防)】 10
【DEX(器用)】 10
【AGI(敏捷)】 10(+10)
【LUK(幸運)】 10(+10)
残り(+5)
◇称号
【ギャンブラー】
◇スキル(SP3)
--
*
これである。
放浪者は職業というのだろうか。日本でそれをするとホームレスになってしまう。
一歩違えばヒモの可能性だって、ある。
種族もなんだよ【??】って。バグか?? 初っ端からバグを引いたのか??
何より!
これではモンスターをテイムできないではないかッ!!
聞くところによると前作よりももふもふの質感がよりもっふもっふになってもうもっふもふでヤバいらしい。そんなもふもふを手元に置けないと!?
『もふもふ天国……最初は一匹しか選べないだなんて、俺は一体どうしたら……』なんて落ち込んでた自分を殴りたくなる。お前はもふもふ天国を見つけても一匹も選ぶことは出来ないんだぞッ、って説教したくなる。
ああッ!! 俺は何てことを……。
ふう。落ち着こう。
どう叫んだって1つのデータには1つしかキャラを作れないし、キャラを作り直すのには数万の課金が必要だ。
金がないという訳ではないが、自業自得なのは否めないのできちんと受け止めるべきだ。
ありがたいのは見える範囲にもふもふがいないことだろうか。先に言った通りゴブリンが何匹かいるだけで他に生き物の姿は見当たらない。序盤には獣型がいないのだろうか?
前作では転職ができたし、テイム系のスキルだってあった。一先ずの目標はテイムスキルを確保しつつ最初の転職条件であるレベル20を目指す、としておこう。
「そういや俺の見た目ってどうなってるんだ?」
身長は変わらない……気がする。他に唯一の情報は背中に流れるシルバーに紫がかったような色の髪の毛。長髪らしいが残念なことにもふもふはしていないので放置である。
『【隠蔽】がスキルリストに追加されました』
「ん? 何だ??」
中性的な機械音に言われてステータスを開くと空欄だったはずのスキル欄に選択の表示が出ている。
はて、前作ではスキルはNPCからしか入手できなかったはずだが?
取り敢えずスキルリストから新しく追加された【隠蔽】を押してみる。
『【隠蔽】SP2を消費して習得可能です。習得しますか?』
なるほどなるほど。なぜ追加されたのかは分からないが、このSPを使って追加されたスキルを習得できると。
所持しているSPは初期値なのか3だけなので多いのか少ないのか分からない。よってこれは放置だ。
「SP……レベルを上げたら貰えるとかか? 武器はないが、やるしかないよな」
そこら辺の木の棒を拾い、小さな枝葉を取り分けるとそれなりに見えるもんだ。俺は潜んでいた草むらから近くにいるのだろうゴブリンへと不意打ちを仕掛けるべく様子を伺う。
「キィーキキ!」
「くるっぅう」
独り言もしてたし、それにしては全然気づかないなと思えばゴブリンは何やら他に夢中になっているらしい。プレイヤーしか狙わない以前と違い、敵モブにもAIが導入されているらしいので仲間割れだろうか? もしそうなら漁夫の利で楽したいのだけど。
草むらからは視界が悪く、身を乗り出しすぎると流石にバレそうなのでその場で目を凝らしてみる。
『【観察】がスキルリストに追加されました』
おっと。思わぬ誤算である。
しかし今のでそれなりに理解した。つまり、一定の条件を満たすとそれに応じたスキルがスキルリストに追加されるということか。【隠蔽】は敵の近くで一定時間バレないように隠れるとかが追加条件かな。【観察】は消費SPも1と少ないので便利そうだしこれは取ることにしよう。
『SP1を消費して【観察】を習得しました』
「【観察】」
バレないよう小さく呟いて再びゴブリンの方へ目を移す。後々のことを考えると詠唱省略系のスキルが欲しいところである。
*
名前:Noname Lv??
職業:??
種族:ゴブリン
*
【観察】のレベルが低いからか読み取れる情報は少ない。せめてHPとかも見たかった。
他にも、視力が少し良くなったようだ。元々の2.0が2.2くらいにはなった感じ。あんまり意識しすぎると酔いそうである。【観察】のクールタイムは十秒で、持続時間は三分。これなら観察結果を見ている間にクールタイムが終わっているという仕様だ。それでいいのだろうか?
複雑なことを考えていると……マジで酔いそうになってきたので【観察】を解除するが視力は一向に落ちる気がしない。まさかの常時発動。
俺はしばらく目を瞑り深呼吸することで酔いの感覚を落ち着かせる。落ち着いたところで一匹のゴブリンに視点を固定し、ある程度この感覚に慣れさせておく。
目が慣れて来たところでリーダー格の奴を【観察】しようとした。
「くるっぅ」
「…………ティア?」
視力だけでなく、五感全ての能力が向上したようだ。俺の耳に小さくも聞きなれた声が届く。
ぽつりと呟いた愛称を向こうも耳にしたのかこちらに応えるよう大きく鳴いた。
「くるぅう!!」
「ヴァレンティア!?」
「キキィ!?」
しまった、ゴブリンに気づかれた。いやでもしかし、僕が末期で空耳でなければこの声は――
「ヴァレンティアッ!!」
我が愛しのヴァレンティアではなかろうかッ!?
前作『Eternal fantasia』通称:ナルジア
今作『Re:Eternal fantasias』通称:リエタ
補足として、
【観察】→客観的な情報を基にモブ・プレイヤーならステータス、アイテムなら効果などが分かる
【鑑定】→事実を基に各詳細が分かる
みたいなイメージで使っています。僅かな違いですが、そこら辺は意識して使おうと思っています。