世界最強は鹿と出会う
───僕は今、非常にまずい状況に置かれている。
ここは、食堂。現在は夜だ。ホグラス兄さんは、さも自分の自分のことのように両親に先程の話をしている。
「───いや!ハージュは才能に満ち溢れているよ!あの『双剣王』と呼ばれているあの二人を一瞬で抑えたんだ!」
身振り手振り必死に説明しているホグラス兄さんに、それに頷く僕の両親。
「それはよくわかるぞ!ホグラス!でもまさか魔術の才能もあるとは……これは伝説の【魔帝】と【剣帝】の二つをかけもつ【魔剣帝】になれるぞ!」
「私はハージュがこ~んな小さな頃から魔力に触れられることを知っていたからね!」
父は腕を大きく広げ息子の偉大さを、母は親指と人差し指で息子の小ささを表現した。
僕がなんでこんなにも実力を隠しているか。それは至って単純だ。
「───こうなれば、公位継承権を贈呈するに値する人物ですよ」
でた!僕の家であるグレバール公爵家には、公位継承権が存在していて今まで僕は存在していなかった。なぜなら、僕が十三男だからだ。末っ子すぎて継承権など与えられても他の兄弟の者達には敵わない。
だけど、俺が本気をだしたら、別だ。
今、僕の魔力の底は世界最高峰だろう。そんな僕が本気をだせば、この大陸でさえ踏破できるだろう。
僕は食堂で話す三人を手で制し、言う。
「継承権はいりません。結構です」
「「「なんで!?」」」
三人が同時に言う。その後、なんとか継承権はいらないという説得をするに、3時間も有してしまった。明後日は学園に通うというのに。
学園は、デュック・ガスラルノア元后が統べるデュック元后国の首都、ラルに建設されている学び舎だ。9~36歳まで通うこととされている。だが、飛び級制度があり、実際に通う年数は20年くらいだとされている。
その学院の名前は、モクワール。大陸一番の学園と呼ばれている。モクワール校長はこの星一番の魔法使いと呼ばれている───ガスラルノア元后本人だ。
ガスラルノア元后は、現【魔帝】だ。二重詠唱を得意としており、使用魔法数も異次元だ。
───はたして、今の僕は彼女に勝てるのか。それは未だに分からないが、もし僕が大陸を踏破することがあるのなら彼女に敵わないと話が進まない。
早く彼女の授業を受けてみたいところだ。
僕は今、明後日の学園の準備をしている。といっても、物資に関しては従者が殆どをしてくれたので、僕の仕事はない。
今は、僕の力比べをしようと思っているところだ。最近、盗賊の数が減少しているという噂が聞いていたが、それは僕のせいだ。粗方ここらの盗賊は狩りつくしてしまったので対人戦ができない。退屈だ。
だから、僕は違う生き物を対象にした。それは、魔獣だ。
魔獣というのはなんだという話になるが、魔力回廊がある獣のことだ。逆に言うと獣には魔力回廊がない。しかし、マナが充満している森───魔森で生まれる獣は生まれつき魔力回廊が埋め込まれており、魔獣は常時魔力を纏っている。知能が高い魔獣も居て、ソイツは魔法を使える。まあ、そんな知能指数が高い魔獣はそんなに居ないけどな。───っと、これで四匹目。
僕は今、魔森で豚系の魔獣を3匹。牛系を1匹倒した。
どちらも量産型で駆除対象だ。魔獣は基本、本能で自分の種族以外を滅ぼそうとしてくるので駆除対象なのだ。
うん?強い気配がする。久しぶりに感じる気配だ。
そちらの方に視線を向けると青い鹿がいた。とても神聖的だ。角が特に光っていて、そこに魔力は一切感じなかった。
魔獣は、未だ未知の領域だ。基本的に知られているのは発生条件なだけで、他に知られているのは特にない。どんな生態をしているのかすら分からない。それは、魔獣たちは本能で他種族を滅ぼそうとしているからだ。
研究なんてできず、魔獣は倒しても魔力になって、やがては塵となる。
「初めて見る魔獣だな」
『魔獣とは、いかに愚かなものと見間違えるか』
すると、目の前に居た鹿は口も開かずに声を発した。
人の言語を喋った?魔獣は、確かに賢いものも居るが、人の言語を話す魔獣は知らない。僕は、赤ん坊の頃に書物を漁り続けた。公爵家が持つ本だ。なかなかに情報が充満している。
だから、僕がこの世界で知らないとするならば、それはこの世界の住民すら知らないことだ。
どちらにしろ、話ができるのなら対話するしかないか。
『若造がこの深い森に来るとは、なんと久方ぶりか』
そういえば、最近は考え事が多いから、周りのことを見ていなかった。辺りはまだ日が落ち切っていなかったはずだが、暗い。
どうやら、木々が日光を遮っているようだ。僕は、かなり深いところまで潜ってきてしまったようだ。
「久方ぶり、ということは、昔は人は来ていたのか?」
怖気づかずに、僕は悠然と佇む鹿に聞く。鹿も、僕が堂々としているのが気にいったのか、声色を歓喜に染めて話す。
『9億年前では、奴隷を開放していた愚者、【ホイヒェライ】が遊びに来ていたな』
【ホイヒェライ】……?なんだ、それは。いやまて、確か世界で一番の戦争と言われた君主大戦以前の本にその名があったような……。帰ってから調べるとするか。
というよりも、
「アンタって、9億年も生きてんのか?」
訝し気に鹿を見つめる。老いている様子は見えず、その眼には知的な眼差し。
『そうだな。……私は、彼女に沢山の恩を貰った』
鹿はどこか遠い目で、森を見つめていた。いや、見つめていたのは森じゃなくて……。
そうか、彼女……ホイヒェライは女性なのか。
「そういえば、名前は?」
『ああ、そういえば名乗っていなかったな。私は、"紫鹿"が一柱、キュームだ。よろしく、ハージュ』
紫鹿?聞いたことが無い単語が沢山でてくるな。というよりも、なんで僕の名前を知っているんだ?
『不思議そうな顔をしているね。私は、〈鑑定〉を持っているからだよ』
「〈鑑定〉?」
さも当たり前に答えるキュームに疑問の声をだしてしまう。
『……そっか、君たちは〈スキル〉を知らないのか』
ボソッとキュームは言うので、あまり聞き取れなかった。もう一度、問いただそうとしても、何故か聞いてはいけない感じがした。まるで、世界に縛られているように、声がでなかった。
「キュームと出会って、不思議なことがずっと起きてる」
───と、僕が言うや否や、前髪がハラりと数本落ちる。
「なんのつもりだ?」
僕は、攻撃の原因であるキュームを見つめる。
『なに、話していてもつまらない。かかってこい』
突然と、キュームは決戦を要求してきた。でも、僕はそんな突然な話に───賛同した。僕は自分で思っているよりも戦闘狂なようだ。
僕はその場を思いっきり蹴り上げ、キュームへ向かっていった───
歴史を知る鹿。