四年ぶりだね
「ねえ……雨下あました君だよね?」
雨下空 それが僕の名前だ。彼女の口ぶりからして、どうやら僕の知り合いのようだ。
その声がしたほうを向くと、清楚な雰囲気の黒く長い髪の美少女。こんな子と知り合いだなんて……まあ人生何があってもおかしくないものだ。しかし問題は過去の自分に何があったかだ。僕の性格的には……。
「えっと……雨下君?」
「え……ああ、ごめん」
どうやら考えことをしすぎたようだ。僕は意識を自分の頭の中から目の前の少女に戻す。疑問は目の前の少女に尋ねればいいのだ。
「えっと……君と僕って、知り合い?」
「……私、晴柀詩はれまきうただよ」
「まあ四年ぶりだしね。私だってさいしょわからなかったから」
彼女、晴柀詩は一人で納得している。どうやら晴柀とぼくが知り合いというのは当たっていたらしい。しかし、僕には晴柀に関する記憶が全くない。それどころか、僕は過去三か月以外の記憶が全くない、いわゆる記憶喪失というやつらしい。
まあ言いずらいが、言うしかあるまい。
「あの……僕、記憶喪失でさ、その……ごめん」
「いや……どゆこと?」
「僕は何も覚えてないんだ」
まあ混乱するのも無理はない。
気まずい沈黙がしばらく続いた後、その沈黙を破り、晴柀が口を開く。
「その……ほんとに何も覚えてないの?」
「うん。全く」
「じゃあ昔についてどれぐらい知ってるの?」
「それも全く」
「誰かに聞いたりは?」
「したけど、誰も教えてくれない」
かなり質問をされたが、分かったことは何もわからないということだけだ。ちなみに、僕は一つも嘘をついていない。
さっきまでかなり混乱していた晴柀も、何か考え事をしている様子で黙り込んでいる。
「おかしいよ……」
突然晴柀がつぶやく。まあ今の僕の状況はかなりおかしいだろう。だが人間関係以外の日常生活に支障はないので、僕は特に今の現状に不満はない。
まあ過去の自分については若干気になるが。
ハッと何かにきずいたようなしぐさの後、晴柀は勢いよく話し出す。
「ぜったいなにかあったんだよ!」
「誰も昔について教えてくれないなんておかしいし、雨下君は変わりすぎだよ」
「変わりすぎ……?」
確か記憶喪失では人格までは変わらないはずだ。しかし、晴柀のいう変わりすぎというのは、恐らく晴柀の知っている昔の僕と今の僕とではあまりにも変わりすぎているということだろう。
「私の知っている雨下君はもっとあかるいかんじだったの」
「確かに、記憶喪失では人格まで変わらないはずだ」
「やっぱり何かあったんだよ」
確かにおかしい。何かあったというのが妥当だろう。
「知るべきだよ。何が起きたかは知らないけど……」
「でも……僕は……」
僕の過去を誰も教えてくれないということは、知らないほうがいいことなのだ。
「過去の雨下君も含めての雨下君だよ。知ったところで記憶が戻るとは限らないし、それが幸せなこととは限らないけど……なくなっちゃうのは、悲しいよ」
覚悟はいいか?
よくない。だが、逃げる覚悟もない。
「僕は……どうしたらいい?」
「調べよう。いっしょに」