終-5 最多来訪者
この頃月英は思うのだが、皇族専属医の呈太医よりも、自分の方が燕明と接する時間は多いのではと。
月英の居場所と言えば香療房か燕明の私室と言えるほど、すっかり馴染んでいる。
「仕方ありませんよね。月英殿は私の子ですし、子が父に会いに来たいと思うのは当然ですから」
「待て。さらっと、さも自分に会いに来ているかのように認識を改竄するな。月英は俺に会いに来ているんだが」
「燕明様、眠気が残っているようでしたら、一度顔を洗われてはいかがです?」
「もう夕方なんだがな」
残る眠気も何もないだろう。完全におちょくっている。
「ていうか、まず人の心を読まないでくださいよ、藩季様」
相変わらずどんな技なのか謎である。
「それと、僕は別に陛下に会いに来てるわけじゃないんですよ。ここ最近は、色々と報告する事が多かっただけです」
やはり、燕明を訪ねる機会が多かった一番の理由は、亞妃の様子を報告をするためであった。
「何もそんなにハッキリバッサリ切らなくとも……」
「不憫ですね、燕明様」
「お前はハッキリ言いすぎだ。もう少し隠してくれ」
相変わらず、主従がどちらか分からない関係性をしている。
見ている分には愉快なのだが、そろそろ燕明が爆発しそうだ。執務机の上で握った拳が震えている。
「――って、藩季のことなどどうでもいい! 今日の本題は亞妃だ、亞妃!」
案の定、燕明は声を張り上げいつも通り無理矢理話題を修正する。
「それで月英、亞妃はもう大丈夫なのだな」
「大丈夫ですよ。むしろ、今の彼女に敵う人は後宮にはないんじゃないですかね」
『敵う』などと、今までの亞妃とは繋がらない言葉が出てきた事に、燕明と藩季は顔を見合わせて、「どういう事だ」と月英に首を傾げて問うた。
月英が「実は……」と、先日の侍女との騒動と、万里に対する示威行為を笑いながら話せば、二人は「まさか」と目を瞬かせていた。
「まさかあの物静かな亞妃に、そのような一面があったとは……」
「まあ、亞妃様も狩猟民族である白国の民ですからね。それに、あの烏牙石耶様の娘でもありますし」
「確かに。そう言われれば納得だな。まあ、姿はまるで似てはいないが」
視線を宙に飛ばし、クツクツと喉の奥で笑う燕明は、きっと大于と亞妃の姿を並べて思い出しているのだろう。
耳より情報として、大于と亞妃の爪の形がそっくりらしいことを教えてやれば、「しょうもなっ」とさらに笑みを深くしていた。
「――しかし、移香茶だったか? お前が北の花で作ったものは」
「ええ。お茶っていう萬華国の文化と、待雪草っていう白国の香り……二つがあったからこそできたものです」
「まるで、萬華国と白国の架け橋になろうとした、亞妃のような茶だな」
「とても温かかな女性ですよ、亞妃様は」
「月英も、とても温かだよ」
蕩けるような穏やかな表情で思いがけない褒め言葉をもらい、月英は面映ゆそうに視線を落とした。
もごもごと、嬉しさで口が勝手にニヤけてしまう。
「亞妃のことを最後の最後まで諦めなかった。きっと、亞妃の笑顔は月英にしか取り戻せなかったのだろうな……そんな臣下を持てて、俺は嬉しいんだ」
「ありがとう、月英」と、燕明が目礼を送った。
褒められることなど殆どなかった月英。
正面からの褒め言葉と感謝の言葉に、口の中が酸っぱくなった。
嬉しさと気恥ずかしさと、そして仄かな誇らしさが、月英の胸の内側を優しくくすぐる。
「い、いえ……その、僕こそ結構自由を許してもらってて……北に行かせてももらったし……だから今回の事はできたって言うか……その、つまり――」
「つまり?」




