4-3 お茶でも飲みましょう
実に一ヶ月半ぶりの来訪に、亞妃は目を丸くして驚いた。
「お久しぶりです、亞妃様」
「こ、香療師様? あの、どうされたのでしょうか!?」
大きな荷を背負った万里と共にやってきた月英に、亞妃は戸惑いを向ける。
「わたくしまた、何かご心配をお掛けするようなことでも……」
亞妃は月英の隣に立っていた万里をチラと見遣り、気まずそうにすぐに視線を逸らした。万里に以前言われた、『迷惑をかけるな』という言葉を気にしたのだろう。
月英は万里の横腹を、肘で突いてやった。
急な攻撃に、万里は「オフッ!?」と変な呻きを漏らしていた。ざまあみろ。
月英は、戸惑う亞妃の元へ跳ねるようにして近付き、彼女の手を取った。
「亞妃様、お茶しましょう!」
「お、お茶でしょうか? い、いえ、しかし……」
「時には、ほっと一息つくのも大切でしょう」
ね、と言う月英の笑みは、亞妃から『否』という選択肢を消した。
コト、と亞妃の前に出された茶は、今し方月英が手ずから入れたものだ。
「あ、心配しないでください。毒とかないですから――ほら、万里!」
「え、なに急んごごごごふっ!?」
あやしい物は入っていないと証明するため、月英は万里を犠牲にした。
亞妃に出した淹れたて熱々の茶を、素早く隣の万里の口に流し込んだのだ。
「アッツァァァ!」と、舌を出してひーひー言う万里をよそに、月英は「ほらね」と亞妃に新たな茶を注ぐ。
「どうぞ、亞妃様。実はこのお茶、亞妃様の為に僕達が作ったんですよ」
「え、『達』……ですか?」
「ええ、『達』ですよ」
月英は、隣でまだひーひー言っている万里を目で示す。
亞妃も月英の視線を追って顔を向ける。
「ひ~……って、何だよ……」
すると、二人から注目されていたことに気付いた万里は、ばつが悪そうに顔を背けた。
しかしそれは不機嫌からの行動ではなく気恥ずかしさからのものだと、彼の赤らんだ耳が雄弁に語っている。
まあ、あれだけ嫌味を吐いた相手に茶を作って贈るなど、どのような顔をすれば良いのか分からないのも理解できる。
「さあ、亞妃様」
月英が指で茶器を押してより近くへと差し出せば、亞妃はそこでようやく茶器に手を伸ばした。
茶器を包む手がじんわりと温められ、自然と亞妃の身体から力が抜けていく。彼女は小さく「いただきます」と呟くと、茶器にそっと口を付けた。
そして、コクリ、と喉を潤おした瞬間。
「――っこの、香りは!」
亞妃はただでさえ栗鼠のように丸い目を、さらに丸くして驚いた。
「こ、香療師様! このお茶の香りは、もしや……っ!?」
瞳を揺らして見上げてくる亞妃に、月英は微笑みだけを返す。
「そんな……っ、だってこれは白土にしか――ってまさか……まさか! 北へ行かれたのですか!?」
「亞妃様、これは亞妃様の好きな香りですか?」
「――――っ!」
亞妃はグッと口を引き結んだ。
「覚えて……くださっていたのですか……っ」
「もちろんですよ。白くて、甘く澄んだ香り」
それは、亞妃が一番初めに月英に望んだ香り。
「でも、それはもう終わった事では……!?」
「僕、言ったじゃないですか、堂々と気に掛けることができるって。たとえ香療師として依頼された仕事は終わったとしても、僕個人として亞妃様をお助けするのは自由ですからね」
亞妃は茶器を両手でぎゅうと握り締めた。




