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【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第二部 碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で後宮妃の心に花を咲かせます。

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4-1 皇帝やきもき~

 月英達が狄へ入った、と最北端の邑『せいりょう』から連絡を受けて、既にひと月近く経っていた。

 狄で必要なものを採取するのに、ひと月もかかるものだろうか。


「いや、遅すぎるだろっ!」


 燕明はれた思いに声を荒げ、執務机にドンと拳を落とした。


「いくら何でも遅すぎはしないか!? 月英達に何かあったのかもしれん。穿子関をくぐったという連絡はまだないのか!?」

「確かに……狄に行って、二週間もあれば帰ってくるかと思っていましたが……」


 青嶺から祥陽府までは、馬車で一週間といったところである。もし丸々二週間、狄にいたとしても、既に帰ってきていなければおかしい。

 いつもは冷静沈着な藩季でも、この時ばかりは焦燥に背中を湿らせていた。


「こうしてはおれん! 穿子関へ青嶺の地方軍を向かわせろ!」


 燕明が藩季に叫びながら、椅子をひっくり返さん勢いで立ち上がった――その時。


「ただいまでーす」


 部屋に満ちた緊迫感を一掃する、何とも間抜けな声が外から聞こえた。


「…………」

「…………藩季」


 燕明が目で合図をすれば、分かったように藩季は扉を開く。


「わあ、藩季様! 開けてくださって助かりました。ちょっと両手が塞がってて」


 扉の向こうには、予想通りの人物がにこやかな顔で立っていた。


「よく戻った月英! ……って、どうしたんだ」


 喜んだのも束の間、燕明は月英の姿に笑顔を引っ込めた。


「その……ぼろぼろの格好は……」


 燕明と藩季は、月英の異様な格好に顔を引きつらせ、上から下まで何往復もその姿を眺める。


「狄は、そんなに秘境の奥地のような場所だったか?」

「いえ、国書を読んだ限りでは、自然に擬態しないと生き残れないような生存戦略を試されるような地ではなかったはずですが……」


 二人が困惑するのも無理ない。

 月英の頭や身体には、名も分からぬ多種多様な草や蔦が絡み、顔や着物の至るところには、土やら何の汁か分からない謎の染みがついている。

 極めつけは、背中にいくつも携えた大きな袋の一つが、先程から時折ガサゴソと動いているのだ。何なのか聞くのも恐ろしい。


「そ、それで月英、無事に狄には行けたのだな?」


 燕明は取り敢えずの報告を月英に求めた。

 しかし、月英は『狄』という言葉で脳を刺激されたのか、意識を彼方へと向ける。


「あぁ……もう少し北に行けてれば、もっと色んな植物に出逢えたかもしれなかったなぁ。他にはどんなものがあったんだろ……」

「うん、月英。それで狄で目的のものは集められたのかな?」

「そういえば、ご馳走になった羊肉火鍋フオグオっての美味しかったなぁ。食膳処で作ってもらえないかなぁ。材料と作り方覚えてるし調理法を教えれば……」

「なあ、月英……」

「えへへ、楽しみだなぁ」

「…………」


 まるきり噛み合わない会話。もはや会話ではない。平行線上の独り言である。

 燕明は月英では要領を得ないと、その後ろで佇んでいた二人――春兄弟に目を向けた。

 ぼろぼろの格好なのは月英と同じなのだが、二人のほうは精気を口から垂れ流し、目の光も失われている。

 皇帝である燕明の視線を受け、二人は姿勢を正して適切な言葉を口にしようとした。が、疲れ果てた頭ではまともな思考ができなかったのだろう。


「あの、えー……その、ですね…………あの……」


 しどろもどろの彼らの口から次に出てきたのは、実に心中察して余りある言葉。


「…………疲れました」


 燕明と藩季は「お疲れ様」と、同情に力強く頷いた。


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