表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第二部 碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で後宮妃の心に花を咲かせます。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/158

3-22 絶景の香り

「雪景色が?」と、月英が訝しげに眉を顰めた次の瞬間、突如、絶景が目の前に広がった。


「え……なに……」


 大地に朝日が射し込み、雪原が輝きだしたと思ったら突然、視界一面が白一色になった。隙間に見えていた青すら全て白に塗りつぶされる。

 そして同時に、強烈な芳香が辺り一帯に立ち籠める。


「なに、この香り! 一体どこから……!?」


 濃厚な甘い香りの中に、鼻孔を抜けるような爽やかさが混ざった香り。

 月英の耳に彼女の言葉が蘇る。


『白くて、甘く澄んだ香りが好きですわ』


 ハッとして、月英は目の前の絶景に目を凝らす。

 そこで月英は気付いた。

 雪だと思っていたものは、全て白い花なのだと。

 朝日を受け、閉じていた花が一斉に開花したのだ。両手を広げるかのように、丸っこい花弁を大きく広げ所狭しと咲き誇っている。

 月明かりにキラキラと輝いていたのは、花弁を滑る朝露だったらしい。

 今は朝日を受け、宝石をばら撒いたかのように煌めいている。その荘厳とも言える幻想的なまでの美しさに、月英だけでなく春廷も万里も言葉を失っていた。


「もしかして、この花は亞妃様の……大于さんは知ってたんですね、亞妃様の好きな香りを」


 大于の口端が、微かに上がった。


「あの子は、幼い頃から何かあると『ここへ連れて行け』と、私の袖を引っ張ってはよく言ったものだった」


 腕組みし、目を細めた穏やかな表情で、目の前に広がる白い絶景を眺める大于。

 それは亞妃から聞いていた、入宮を『ちょうど良い捨て場を見つけた』と思っている者の顔ではなかった。


「その度に私は、小さなあの子をお主にしたように腕の中に入れ、暁の中を馬で駆けたものだ」


 目の前の景色の中にかつての亞妃の姿を思い描いているのか、大于の口角はゆるく持ち上がり、目尻には皺が刻まれている。

 その表情は、北の地をまとめ上げる勇猛果敢な大于でも、他者を圧倒する威容の雄でも、小動物を捕食しようとする獣のものでもなかった。

 ただ娘を想うだけの、どこにでもいる一人の父親の顔であった。


「すっげぇ! これ一面全部花かよ!」

「こんな寒い地でこれだけ咲くなんて……こんな花、見たことないわ!」


 感動の声を上げながら、万里と春廷は、引き寄せられるように花畑へと足を踏み入れていた。

 驚きに目を輝かせ、足元に繁る可憐な花を手にしたり、鼻を近づけたりしては、全身でその光景を愉しんでいる。

 まるで甘い芳香につられた蝶のようだ。


「この光景こそが、我らが地が白土(ツァガン)と言われる由縁だ。雪の中で春を待つ強さを持った、朝日と共に咲く『待雪草(スノードロップ)』」

「……待雪草(スノードロップ)


 月英がその名を唇に乗せれば、花々は返事をするように風に首を振った。

 小さな身体を喜ばせるように揺らし、甘くとも清々しい香りを撒き散らす。


「この花には、もう一つ呼び名があってな……寒峻な白土の中でも、より厳しい場所に咲く姿に、我らの地では『希望の花』とも呼ばれている」


「希望の花」と、月英は口の動きだけで呟いた。

 旭光が角度を深くし、白はより一層鮮やかな純白となる。

 視界を明るく染めるそれらは、光を抱く『希望』と言うに相応しかった。

 きっと彼女はこの光景を見て、幾度も胸に光を抱いたのだろう。俯きそうになった時も、足下が揺らいで膝を折りそうになった時も、逆境に負けずに咲く待雪草(スノードロップ)を前にして何を胸に抱いたのか、想像に難くない。


「希望の花……か」


 確かに、これ以上に彼女に相応しい花はないだろう。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ