3-21 北へ
風が次第に冷たくなる。
吐く息が夜色に濃い白雲を描く。
衣服から出た肌が、冷たさを通り越してヒリヒリしてくる。
空に輝く不動星を目印に、月英達を乗せた馬はひたすらに北へ駆け続けていた。
しかし、大自然を全身で感じながらも、月英は一つだけ腑に落ちないことがあった。
「ねえ……何で二人とも馬に乗れるの?」
月英は、嫉妬の滲んだ湿った目付きで、隣を駆ける春兄弟を見遣った。
「まあ、嗜みっていうか……」
「武官みたいな乗り方はできないけれど、普通に駆るくらいなら大抵の官吏はできるんじゃないかしら。むしろ乗れないほうが――」
「この、裏切り者ォ!!」
てっきり、二人とも文官だから馬など乗れないと思っていたのに。なのに今、春兄弟は手綱を巧みに操り颯爽と馬を駆っている。
彼らの身なりも相まって、どこからどう見ても立派な北の地の民である。
このままここに置いて帰ろうか。
「僕だけ惨め……グスン」
一方、馬になど乗ったことのない月英は、大于の馬に一緒に乗せてもらっていた。
手綱を握る大于の腕の中で、所在なさげに身を小さくして馬に跨がる。
ただでさえ小柄だと言われる月英が、大于の前にちょこんと座る姿は、端から見れば、まるで大型獣に捕食されているように見えないこともない。
「あの、大于さん。僕は骨と皮ばっかりなんで美味しくないと思うんですよ。結構変な草とかも食べてきたんで、出汁も絶対不味いです。だから、食べるならあっちを……」
月英はあっちと春兄弟を指さし、大于に差し出した。
生け贄にされたことに気付いた二人が何やら言っているが、馬蹄と耳をかすめる風の音で聞こえない。ああ全く聞こえない。
三人のやり取りを、がはは、と大于は豪快に笑って眺めていた。
「腹が減ったらそこらの兎や鷹でも捕って食うさ。我らの狩猟の腕は、大陸随一だぞ!」
大于は誇らしげに、強靱な腕を叩いてみせた。
確かに説得力のある腕である。月英が、腕をもう四本生やして腕相撲しても敵いそうにない。
「さあ、そうこう言っているうちに、そろそろ目的地に着くぞ」
言われて視線を前へと向ければ、そこは穿子関から遠く見えていた、冠雪した山の麓であった。
大于が馬を止めれば、倣って春兄弟も馬を止めた。
東の空は明るくなり始め、見上げれば綺麗な濃淡の帳が天上を覆っていた。
その真下の大地には、一面の白い雪が星の如くキラキラと月明かりに輝いていた。まるで夜空を写したような地上の光景に、声にならない溜め息がもれる。
しかし不思議なことに、雪原の隙間からは青々とした草がのぞいていた。
普通ならば、雪下の草など枯れているものなのだが。
もしかすると、北の地では常緑の草があるのかもしれない、と月英がその景色に思考を巡らせていれば、大于にひょいと持ち上げられ馬上から地面へ下ろされる。
「あの、ここに亞妃様の好きな香りが?」
目の前は一面の雪景色。亞妃は雪が好きということなのだろうか。
しかし、さすがに雪は持って帰れない。途中で溶けてしまう。
同じ事を思ったのだろう。春兄弟も首を捻って、大于に視線を向けていた。
「大于さん、さすがに王都までは――」と、隣の大于を仰ぎ言い掛けた時だった。
月英の頭を、彼の手が無理矢理に正面へと戻したのは。
「ようく見ておけ、これこそが絶景だ」




