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【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第二部 碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で後宮妃の心に花を咲かせます。

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3-17 万里の後悔

 月英は、万里や春廷が、時折遠くを見つめる目に誰を映していたのか理解した。


「……分かってる。今なら、仕方なかったんだって思える。どうにもならないことなんか、この世にはたくさんあるんだって。でもあの時は……無理だった。ただの八つ当たりだって分かってたと思う。それでも言わずにいられなかったんだよ」


 吐き出さなければ、万里も現実に耐えられなかったのだろう。


「言っちゃいけない言葉を言った時、後悔なんてなかった。それがやって来たのは二日後――久しぶりにアイツと顔を合わせた時だったよ」


 春蘭が消えたその時から、家の中は灯りを失った。

 まるで吹雪の中に裸で立たされているような心地だった。

 前も後ろも分からず、足は雪に埋もれ動かすこともできない。自分を呼ぶ声は轟風に遮られ何も聞こえない。

 家の中は(かん)(じゃく)の地となった。

 そして、そう感じていたのは万里だけではなかったはずだ。

 確かに三人は同じ家にいたというのに、万里には自分以外の気配など感じられなかった。恐らく顔を合わせないようにと、各自部屋に籠もっていたのだろう。

 万里も部屋を出る気力すらなければ、二人と顔を合わせて何か言葉を交わすのも億劫だった。ただ窓辺から、いつか春蘭が猫を片手に『捕まえたわよー!』と叫んでいた李の木を眺めては、彼女の幻影を映していた。


 二日、扉を閉ざしていた。

 しかし、空腹というものには抗いがたく、渋々と万里が部屋を出れば春廷と鉢合わせた。

 そこで見た春廷の姿に、万里はとんでもないことをしでかしてしまったのでは、と後悔が押し寄せたのだ。


「アイツは、姉さんみたいな格好をしてたんだ」

「お姉さんみたいな格好って……春廷は昔からあんな感じじゃなかったの?」

「全く。昔は普通にオレみたいだったよ。まあ、多少オレより上品だった感はあるけど」

「万里は品があるのは顔だけだもんね」

「ホゲェとかいう悲鳴を上げる奴に言われたかないね」


 春廷は、いつも団子に纏めていた髪を背に流し、女物の羽織や帯を纏っていた。


「アイツはいつも優しかった。だからすぐに分かった。オレがあんなことを言ったせいで、アイツはオレの為に姉さんの代わりをやり始めたんだって……オレのせいで変わっちまったんだって」


 春廷の装いは次第に派手になり、髪には歩揺をさし、言葉も春蘭のようになっていった。


「変わっていくアイツを見るのがしんどかった。姿を変えてしまうほどに、自分は相手を傷つけたんだって見せつけられてるようでさ。あんだけ酷いことばっか言ったのに、どっちもオレを叱らないんだよ……それがまた怖かった」


 笑顔は少なくなったものの、父親も春廷も以前と変わらず万里に接した。

 二人だけが、春蘭のいない現実に少しずつ馴染んでいっていた。


「今、お父さんは?」

「暫く帰ってないから詳しくは分かんねえが、多分、まだ街医士を続けてるんじゃないか? よくやるよ……本当」


 鼻を鳴らし、実に皮肉った言い方であったが、万里の顔を見ればそれが嘲笑でないことは分かる。

 万里の表情を見て、月英は本当に彼が変わり始めているのだと感じた。

 ふと街医士の話が出たことで、月英は先程抱いた疑問を思い出す。


「ねえ、なんで万里は医官にならなかったの? 医術に興味がないってわけじゃないよね。だって、僕よりあんなに医術に詳しいんだもん」

「オマエを基準に考えるのもどうかと思うが……まあ、オレも医学には通ってたからな。医官並みの知識も技術もあるし、オマエより知ってて当然ってこった」

「……万里って本当、一言余計だよね」


 月英が瞼を重くして横目に睨み据えるも、万里は肩をす竦めただけで微笑していた。

 十五になった万里は、春廷と同じく医学へと進んだ。

 そこで三年習業し、いよいよ礼部の卒業考試を受ける――という段階で、万里は医学を辞めた。それから一転して科挙を受け、あっさりと官吏になってしまったのだ。

 おかげで万里は医学で学んで官吏になったという、奇妙な経歴を持つこととなってしまった。


「なんでそのまま医官にならなかったの? 成績が悪かったわけでもないでしょ」

 難関と言われる科挙にあっさりと受かってしまうくらいだ。試験に受かりそうもなかったから、などという理由は考えにくい。


「…………んだよ」


 再び抱えた腕の中に突っ伏してしまった万里の声は聞き取りづらく、月英は「え」と聞き返す。


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