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【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第二部 碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で後宮妃の心に花を咲かせます。

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3-13 異国で医術

 一際人が集まっている天幕を覗けば、ちょうど大于と春廷が向かいあって話しているところであった。


「正直なところ、他国の者、しかもつい最近まで我らを属国と見下してきたものに、我らが大切な家族の身体を委ねたくはないという思いもある。だが、同時に家族の命は何ものにも代えがたい」

「仰ることも、そのお気持ちもよく理解しております」


 春廷は「ただ」と少し高くなった寝床に寝かされている少年を見遣り、眉間に皺を寄せる。


「彼には適切な処置が必要です。この部族の中にそれができる者がいましたら、その者にお任せになればよろしいでしょう」


 取りようによっては喧嘩を売っているとも思われかねない春廷の発言に、月英は「ひぇぇ」と背中に冷や汗を流す。

 大于も春廷の言葉を好戦的な響きとして受け取ったのだろう。

「ほう」と顎を上げ、品定めする目で春廷を見下ろした。

 口元には歪な笑みを描いている。


 ――ほらっ、そんな煽るようなこと言っちゃうから……!


 いつも物腰丁寧で、医術で分からないことがあれば、後ろかそっと最低限の助言だけをしていく春廷。

 表立って面倒をみる豪亮の優しさとはまた違った、陰から支えるような控え目な優しさを彼は持っている。

 まるで大輪の花の根元で秘やかに咲く、慎ましい菫のような。


「もし、病に乗じてこの子を害する心配をしているのなら、見張りを付けてくださって結構です。ワタシはこの子の治療ができれば、それで良いだけですから」


 しかし今、そこには月英の良く知る春廷はいなかった。

 医官であるというたった一つの矜持を胸に、春廷は異国の王と対等に言葉を交わしている。

 それは陰から支えるような秘やかさなどない、実に堂々たる姿であった。

 春廷と大于の間で、目だけの会話が行われる。

 暫くはどちらも視線を逸らなかったが、先に大于が瞼を閉じて白旗を上げた。


「分かった、治療はお主に任せよう。だが、そこまで豪語しておいて治せなかった時は……分かっているだろうな?」

「――っ春廷!」


 大于の言葉に、思わず月英は天幕の中へと駆け込む。


「大丈夫なの、春廷!?」


 医療具が入った袋を手渡しざま、春廷の手を強く握る。

 いくら萬華国の最先端医術を司る太医院の医官だといっても、治せない病もある。もし、その病を少年が得ていたとしたら。

 その先は考えたくはなかった。

 しかし春廷は少年を見遣ると、去り際と同じように片目を閉ざし、綺麗な顔に茶目っ気をのせる。


「大丈夫よ。信じて、月英」

「……本当に?」

「ええ、こんなところで死んでられないわ。ワタシにはまだまだやりたい事がたくさんあるのよ。それに、あの子……万里にさっきの言葉の意味を聞かなきゃ……死ぬに死ねないわ」


 月英の握る手を、春廷はそれ以上の力で握り返した。

 もう一度「信じて」と言って。


「分かったよ、春廷」


 月英も最後にもう一度手に力を込め、手を離した。

 天幕を出て行くときにチラと振り向けば、春廷はもう少年だけを見ていた。


「頑張って……春廷」



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