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【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第二部 碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で後宮妃の心に花を咲かせます。

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3-11 異変

 一斉に男達の視線が下がった。

 恐らく男達が気にしているのは、月英達が悪人にはまるで見えないということだろう。しかも三人揃って年若だ。この中には、彼らと同じ年頃の子や孫を持つ者も多い。


「これが、いかにもな密偵であれば良かったのだろうが……いや、まず萬華は密偵など送るだろうか? 自分達より矮小と思っているものに」


 大于は言葉に躊躇いを滲ませた。


「元より、開国の報せが嘘ということはありませぬか?」

「それを嘘かどうか判断する情報さえ、我々は持っておりませんからなあ」


「確かに」と面々が重々しく頷く。

 萬華国については、何も分からなすぎた。

 属国としての国交はあったものの、年に一度朝貢に訪れる程度で、その時も堅牢な建物に留め置かれ、萬華国の内情など知りようもなかったのだから。

 その不明瞭さのせいで、今こうして決定的な判断を下せないでいた。

 皆がこれと納得できる答えが出ないまま、時間だけが滑るようにズルズルと過ぎていく。


 次第に張り詰めていた空気も緩慢なものへと変わる。

 今でこそこのような合議制が保たれているが、元より白土の民は『小難しい話は好かぬ。文句がある奴は力でねじ伏せる!』という、血気盛んな気性の持ち主である。

 特に老輩にこそその傾向が顕著であり、このように一族の長という年配者が多くなるような場では、彼らの気性に引っ張られることもしばしばだ。

 案の定、今回もぱらぱらであった雑談が、いつの間にか本題へとすり替わっていた。

 中には酒の入った杯を、真ん中の火で温める者まで出てくる始末。


「そういえば、ルウ爺のところの孫のアルグは大丈夫かい? 確か、寝込んで一週間は経つと聞いていたが」

「なぁに心配には及ばんよ。いつもの熱病さ。婆様も嫁もついとるし、アルグも今年成人を迎えるんだ。これくらい耐えきってみせねば、白土の男にゃなれんさ」


 ルウ爺と呼ばれた老爺は、酒の入った杯に口先だけをのばし、すするようにしてズズズと呑む。

 まるで狐のようだが、ほう、と息をつき幸せそうに頬を赤くするとぼけた姿は、狸のようでもあった。

 老爺の表情に、心配の声をかけた男の方も気を緩ませる。


「ま、ルウ爺がそう言うなら良いけどよう。熱病で死ぬ子も多いからなあ……暖める薪が足りんようなら言ってくれ。持っていくからよ」

「かたじけねぇなあ」


 そんな酒の肴のような何でもない日常会話を耳に挟みながら、大于が今夜だけでは結果は出ないな、と場の解散を口にしようとした時だった。

 入り口から、男が転がる勢いで駆け込んできた。

 いや、勢いだけでなく男は本当に足を滑らせ、入り口の垂れ幕を掴んで身体の支えとしていた。

 本来ならば、「慌てんぼうだな」と笑い事で済むはずであった。が、そうはならなかった。

 駆け込んできた男の顔は、明らかな異常を訴えていた。

 ただでさえ白い肌からは温度さえも失せ、その瞳は落ち着きなく揺れている。薄らと開いた口は言葉を発しようとするが、震えで上手く紡げていない。

 座していた男達が笑い事ではないと把握した時、やっと、男の口の動きに音が伴った。


「――っ爺様! アルグが大変なんだ、今すぐに来てくれ!」


 老爺の手から酒杯が滑り落ち、寒々しい音をたてて砕け散った。



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