3-11 異変
一斉に男達の視線が下がった。
恐らく男達が気にしているのは、月英達が悪人にはまるで見えないということだろう。しかも三人揃って年若だ。この中には、彼らと同じ年頃の子や孫を持つ者も多い。
「これが、いかにもな密偵であれば良かったのだろうが……いや、まず萬華は密偵など送るだろうか? 自分達より矮小と思っているものに」
大于は言葉に躊躇いを滲ませた。
「元より、開国の報せが嘘ということはありませぬか?」
「それを嘘かどうか判断する情報さえ、我々は持っておりませんからなあ」
「確かに」と面々が重々しく頷く。
萬華国については、何も分からなすぎた。
属国としての国交はあったものの、年に一度朝貢に訪れる程度で、その時も堅牢な建物に留め置かれ、萬華国の内情など知りようもなかったのだから。
その不明瞭さのせいで、今こうして決定的な判断を下せないでいた。
皆がこれと納得できる答えが出ないまま、時間だけが滑るようにズルズルと過ぎていく。
次第に張り詰めていた空気も緩慢なものへと変わる。
今でこそこのような合議制が保たれているが、元より白土の民は『小難しい話は好かぬ。文句がある奴は力でねじ伏せる!』という、血気盛んな気性の持ち主である。
特に老輩にこそその傾向が顕著であり、このように一族の長という年配者が多くなるような場では、彼らの気性に引っ張られることもしばしばだ。
案の定、今回もぱらぱらであった雑談が、いつの間にか本題へとすり替わっていた。
中には酒の入った杯を、真ん中の火で温める者まで出てくる始末。
「そういえば、ルウ爺のところの孫のアルグは大丈夫かい? 確か、寝込んで一週間は経つと聞いていたが」
「なぁに心配には及ばんよ。いつもの熱病さ。婆様も嫁もついとるし、アルグも今年成人を迎えるんだ。これくらい耐えきってみせねば、白土の男にゃなれんさ」
ルウ爺と呼ばれた老爺は、酒の入った杯に口先だけをのばし、すするようにしてズズズと呑む。
まるで狐のようだが、ほう、と息をつき幸せそうに頬を赤くするとぼけた姿は、狸のようでもあった。
老爺の表情に、心配の声をかけた男の方も気を緩ませる。
「ま、ルウ爺がそう言うなら良いけどよう。熱病で死ぬ子も多いからなあ……暖める薪が足りんようなら言ってくれ。持っていくからよ」
「かたじけねぇなあ」
そんな酒の肴のような何でもない日常会話を耳に挟みながら、大于が今夜だけでは結果は出ないな、と場の解散を口にしようとした時だった。
入り口から、男が転がる勢いで駆け込んできた。
いや、勢いだけでなく男は本当に足を滑らせ、入り口の垂れ幕を掴んで身体の支えとしていた。
本来ならば、「慌てんぼうだな」と笑い事で済むはずであった。が、そうはならなかった。
駆け込んできた男の顔は、明らかな異常を訴えていた。
ただでさえ白い肌からは温度さえも失せ、その瞳は落ち着きなく揺れている。薄らと開いた口は言葉を発しようとするが、震えで上手く紡げていない。
座していた男達が笑い事ではないと把握した時、やっと、男の口の動きに音が伴った。
「――っ爺様! アルグが大変なんだ、今すぐに来てくれ!」
老爺の手から酒杯が滑り落ち、寒々しい音をたてて砕け散った。




