3-10 この先……
月英が「草むしってくるね!」と阿呆みたいなことを言って出て行き、天幕の中は見張りの男一人と春兄弟だけとなっていた。
二人の間に実に気まずい、尻がもぞもぞと落ち着かない空気が流れる。互いに右と左に身体を背け、視線が決して交わらないようにしている。
春兄弟の緊張がうつったのか、入り口に立っていた見張りの男もそわそわとして天幕の外を度々覗いている。誰か来てくれ、と思っているのだろう。
心なしか、じわじわと立ち位置が入り口へと近付いているように感じる。
万里は、人知れず溜め息をついた。
『もう少し、自分からでも歩み寄ったら良いと思うよ』――万里の脳内で、月英の言葉が再生される。
今回の北への旅は春廷がいると知ったからこそ同行を希望した。
月英が『万が一』などと不安になるようなことを言うから。
万が一を想像した時、万里は絶対に後悔すると思った。今行かなければ、もう二度と自ら関わる機会はないだろうと。
しかし正直、歩み寄り方が分からない。今更という思いもまだある。
もう一度、万里は地面に向かって溜め息をついた。
その時、背後で衣擦れの音がした。
「……ワタシも、薬になりそうなものでも探してこようかしら」
如何ともしがたい雰囲気を先に破ったのは、春廷だった。
「は……いや、え……」
入り口へ向かう春廷に、万里は戸惑いの声を漏らす。
「ごめんなさいね、万里……ワタシの顔なんか見たくないわよね」
春廷は背を向けたまま、気にするなと言うように手を振った。
遠ざかる背を前に、万里の中で苦い思いが沸き立つ。
「っいや、ちょっと待ってくれ――」
「できるだけ嫌な思いはさせないつもりだけど、この旅に間だけは我慢してちょうだい」
「待っ――!」
万里の声を振り切るように、春廷は足早に天幕を出て行ってしまった。
◆
夜、天幕の一つでは老若の男達が、厳めしい顔を突き合わせて議論を紛糾させていた。
「あの者達は、萬華の密偵やもしれませぬぞ!」
「亞妃というのは、リィ様の萬華での呼び名でしょう。我らの前でわざわざその名を出すとは、安心を誘おうとしているとしか……」
「そうだ、あれらを土産に萬華と交渉しては如何か」
「いやしかし、もしあちらの皇帝の逆鱗に触れることとなれば、リィ様の身に危険がせまりましょう。それに我らとて無事で済むかどうか」
琅牙族の中と言えど、大于の一存で意思決定はなされない。
血を同じくする家族がいくつか集まって一族となり、一族がいくつか集まれば部族となる。そうして部族が集まってやっと、白土の民とされる。
広大な土地で邑という定住地を持たず、それぞれの一族や部族が各個で動く中、意思の共通化は必須であった。
たとえどんなに些末な事でも、誰かにとっては重大な事という場合もある。
よって何か決め事をする場合は、同じ部族内でも、各一族を代表する家主達の意見を聞くことが必定となる。
現在、琅牙族を構成する一族は七つである。
大于を含めた七人の男達は、火を囲んで車座になり、右に左にと言葉を飛ばしあう。
大于は目の前を右往左往する発言を、腕を組んで瞼を閉ざし、耳だけを傾けていた。
「大于、もしあの者達が密偵だった場合、部族の中に留め置くのは危険かと」
呼び掛けられ、大于の意識が外へと引っ張られる。
瞼を開ければ、六人の男達の視線が自分の身に注がれていた。
「……危険であれば放逐するか――」
大于は敢えて、議論の中でも濁されていた言葉をわざわざ口にする。
「――殺すかになるが?」




