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【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第三部 碧玉の男装香療師は、国を滅亡させる!?

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4-4 最終奥義・猫

「さて、現在容疑者の陽月英が私に何を聞きたいのでしょうか?」


 扉が閉められ、会話が内侍官たちの耳に入らなくなったことを良いことに、呂阡は棘のある言葉を吐いた。

 言葉だけではない。依然として月英に向けられる視線には、攻撃的な棘がある。


「私は忙しい身なので用件は手短に。それとも、今度は私に部下を奪うお伺いでもたてに来たのですか?」


 片口をつり上げ、皮肉たっぷりの笑みを向けられた。


「わあ、やっぱり根に持たれてる」


 逆恨みも良いところである。

 月英が香療師にと誘ったのではなく、万里が自ら来たのだから。

 だが、それは今言及すべきことではない。


「呂内侍、今僕はとても面倒な状況に置かれてまして」


 呂阡は知っているとばかりに、鼻で笑って返事する。


「それで、あの札について教えてほしいんです」

「あの札?」

「ほら、内侍官の人が百華園に入るときに出す、何だかよく分からない札ですよ」


 呂阡は視線を斜め上に飛ばし、「あぁ」と思い当たる節がある声を漏らした。


「割符ですか。でしたらわざわざ内侍省に来るより、春万里に聞いた方が早かったのでは?」

「万里とは今会えない状況でして。それに、万里がその札を使っていた記憶があまりなくて……『忘れた、ごめーん』って言ってる記憶はあるんですけど」

「あれはまったく……ッ」


 執務机の上で握った呂阡の拳が震えていた。


「はぁ……割符ですか……」


 呂阡は万里への憤りをようやく飲み下すと、拳を緩め、視線を月英ではなくその横の翔信に向ける。


「具体的かつ簡単に要点だけかいつまんで話してください。なぜ、今この状況で割符について知りたいのか。そちらのあなた……」


 はっきりと自分に話しかけられていることを悟った翔信が、腰を折った。


「失礼しました。刑部の翔信です。今は彼の監視役として行動を共にしておりますが、立場としては中立です」

「あの、僕が話しますけど」


 なぜわざわざ途中から会話相手を翔信に切り替えるのかと、月英が自分を指さす。

 しかし、「絶対無理」と間髪容れず二人から返ってきた。

 月英は唇を尖らせたが、二人が「じゃあ」と首を縦に振ることはなかった。

 翔信は呂阡が望んだとおり、重要な部分をかいつまんで、内侍省を訪ねた理由を話した。


「――なるほど。ただそれですと、私たちが使っている割符では無意味ですね」

 一応の理解は示してくれたことに安堵したのも束の間、まさかの呂阡の答えに月英は思わず呂阡へと駆け寄る。

「そこを何とか!」


 机を飛び越えて掴みかからんばかりの勢いに、呂阡は身を引いて、顔も引きつらせる。


「な、何とかという問題ではないのですよ! とにかく、あの割符では無意味で――」

「そこをお願いしますよぉ! 僕の命運は呂内侍に掛かってるんですから」

「勝手に嫌なものを掛けないでください」


 月英は覆い被さるようにして力なく執務机の上でだらりと伸びた。

 呂阡側で乗り出した頭と両腕をぷらぷらさせ、翔信側では宙に浮いた足をぶらぶらさせる。

 呂阡が溜め息をつく。

 眉間の皺は、最初に内侍官たちの前に現れたときより二倍に増えている。

 いい加減そこから降りてくれませんか、と呂阡が言おうとしたとき、月英の身体がピクリと動いた。

 そして、次に何を思ったのかガバッと机から降りると、そのまま窓際へと向かう。


「呂内侍……僕を助けるつもりはありませんか?」

「ですから、この割符では使いようがないと、何度も言っているではありませんか」

「分かりました。でしたら、こちらにも考えがあります!」


 言うが早いか、月英は窓を開き、そして肺一杯に息を吸い込むと大声で叫んだ。


「猫太郎ォォォォォ! 猫美ィィィィィ!」


 月英にとってこれはカケだ。

 自分の声に応えてくれるのか。

 しかし、杞憂であった。

 太医院のある西側から、小さきものが高速で駆けてくる姿が見えた。爪が石畳を蹴るチャッチャッという軽快な音をさせて猛然と突っ込んでくる。

 月英が窓辺を空け、さあと内側へと招き入れるそぶりをすれば、二匹は華麗なる跳躍をきめ、特別室へと飛び込んできた。


「さあ、猫太郎、猫美! あのおじさんをメロメロにするんだ!」

「お、おじ!? 私はまだ三十代――っふご!!」


 猫美のもっふもふの真っ白な身体が呂阡の顔に飛びついた。

 猫太郎は呂阡の足に頭を擦り付けている。


「く……っ、お、おやめなさい」


 言葉は嫌がっているものだが、彼の表情からは悦楽しか読み取れない。


「ふはは! 僕は見逃しませんでしたよ! 呂内侍の机の下に猫じゃらしが隠してあったのを!」


 先ほど、机の上で身体をぶらぶらさせているとき、机の下で見つけたのだ。色々な紐や布きれが先端に結びつけられた、愛らしい棒を。

 宮中で猫は滅多に見ない。侵入すれば衛士が追い出してしまうのだ。そんな中で、もし猫好きが猫を見つけたらどうするだろうか。

 答えは自明。

 月英は足元にいた猫太郎を抱えると、前足のふにふにした部分を呂阡の頬に押しつけた。


「あの割符では無理ということは、別の方法があるんですよね?」


 ふにふに。


「あばば、あ、あるにはありますが……っもふ」

「へえ。それを是非とも教えてほしいんですがね?」


 ふにふにふにふに。


「っあああああ! わ、割符ではなく割り印をお使いなさい! 二つ!」

「二つ? どういうことです?」


 ぷにっと。


「きゃぁぁぁぁ! 包の蓋と本体を跨いだ場所に二つです。一つは表の目立つところ。二つ目はうにゃあああああ!」


 呂阡は猫の誘惑に支配されながらも、割り印の使い方をごにゃごにゃと教えてくれた。


「……でたらめじゃないですよね?」

「わ、私の脳を信じなさい! 若くして長官席に座っている私のこの優秀な頭脳を!」

「何か腹立つ」


 月英が猫太郎をけしかければ、また呂阡の悲鳴が鳴り響いた。

 しかし悲鳴と言うには、余韻に恍惚とした悦が入っている。


「……さっきから俺、何を見せられてるの?」


 翔信は、まさか氷の内侍のこんなあられもない姿を見ることになるとは、と若干呂阡に同情を寄せつつも傍観に徹していた。

 絶対にあそこには交ざりたくなかった。


「もうお前、氷でも何でも砕き割っていくよな」

「へへ、ありがとう」

「褒めてないんだなあ」


 照れくさそうに頬を掻く月英に、翔信は瞼を重くした。


「じゃあ、呂内侍ありがとうございました」

「ぁああああッ!」


 すっかり膝の上で丸まってあざとい鳴き声を上げる猫太郎と、しきりに頭に上ろうとする猫美に陥落された呂阡をそのままに、二人は内侍省を後にした。



ギャグ全振り回です

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