3-3 あの頃と似ている関係
「救いなのは、今の月英殿の周りには、彼女に好意を持った者の方が多いということですね」
「最初は好意とはとんと無縁だったがな」
月英が臨時任官された初日の様子を思い出して、燕明は小さく肩を揺らした。
恐らく向かいに立つ藩季も、同じ場面を思い出しているのだろう。代わり映えしない胡散臭い笑顔が、少し濃くなっていた。
「それも今では、月英の心強い仲間だからな」
紆余曲折はあれど、今向けられている好意は全て彼女が自ら築いてきた結果だった。
目をそらさず、心を偽らず、相手と真っ直ぐに向き合い味方を増やしてきた――そんな最中に、今回の出来事だ。
「計ったように邪魔が入る」
「それでも彼女は決して諦めません。今回だとて、やろうと思えば彼女は、あなたに助けを求めることもできたはず。しかし、一言もそんなことを口にしなかった……父親である私の名すらも……」
撫でるようにして自分の腕を掴んでいた藩季の手が、ぎゅうと握る力を強めていた。
「存外、寂しいものですね……頼られないというのは」
ぼそりと足元に向かって呟かれた藩季の言葉は、燕明の言葉でもあった。
爪が食い込み、これ以上握れないとは分かっていても、燕明の手の力は増すばかりだ。
「誰にも頼らず……いえ、頼るということができなかった彼女は、見ている方がもどかしくなるほどです」
「きっと、我々が知らないだけで、命の危機など何度もあったのだろうな」
今回の件では、状況を聞くに恐らく命の危険はない。
しかし、香療師の命が絶えようとしているのは間違いなかった。
もし、このまま月英が反証を集めることができず、毒を盛った犯人が月英とされた場合、恐らく徒刑相当だろう。
官が民に毒を盛ったという点、大理寺が専決せず、刑部が出張ってきていることを考えると、笞杖刑で済むいうことはない。
徒刑――強制労働か、もしくは徒刑の代わりの除免官当――官職の剥奪か。
どちらにせよ、香療術が日の目を見ることはなくなるだろう。
宮廷を去り行く月英の背中を想像したら、胸が痛くなった。
「……頼ってほしいと願うのは、万民の皇帝としては失格だろうか」
燕明の自嘲じみた苦笑は、どこか投げやりだった。
「思うのは自由ですから」
皇帝と燕明個人という葛藤に、藩季は優しい答えを与えた。
藩季が知る燕明の生い立ちも、決して良いと言えるものではなかった。
確かに彼は飢えることはなかったが、平民が想像する、怠惰を謳歌したような煌びやかな生活を送っているわけでもなかった。
だから彼は、殊更月英を気に掛けるのだろう。
「私がクソ爺に拾われ、幼いあなたの護衛役として付けられたときは本当……出会った頃の月英殿よりひどい、死人のような顔をしていましたね」
「孫二高もよくお前みたいな悪たれを俺の護衛にしたもんだよ」
初対面で「ガキのお守りかよ」と舌打ちされたのは燕明の良い思い出――いや、忌々しい思い出だった。
「だが、あの頃の俺には、お前のその裏表ない態度が良かったんだろうな」
藩季が出会った頃の燕明は、まるで老爺が子供の皮を被っているかのようだった。
他人の腹の中を探り、言葉の裏の意味を読み、表情の嘘を看破する。
それが、彼の当たり前であり日常であった。
たった七年しか生きていないというのに、大往生目前のように疲れ果てた彼の姿を見る度、藩季の中から『お守り』という意識は消えていった。
お守りなど、燕明はまったく必要としていなかったのだから。
そこで藩季は、なぜ自分のような素性も知れぬ悪党が燕明に付けられたのか察した。
そういったことをしないで良い相手が必要だったのだろう。
「実に子供らしくないあなたに、私はいつももどかしく思っていましたよ。もっと私を頼れば良いのにと」
しかし、皇子という矜持が頼ることを良しとしなかったのか、それとも誰かを頼ることで弱いと見下されたら危険だと思っていたのか。
恐らくはどちらもだろう。
「今の俺は、あの頃のお前ということか」
藩季は鷹揚に頷いた。
「月英殿もまだ頼り方を分からないだけです。もどかしいのも分かりますが、いつか必ずこちらに目を向けてくれますよ。彼女の周りにはもう太医院や芙蓉宮、そして我々がいますから」
「ああ、もうあいつは一人じゃないのだからな」
藩季はええ、と眉をなだらかにした。
「だが、少し訂正があるな。今の俺とかつてのお前とが同じ立ち位置だと言ったが、俺はあの時のお前のような凶悪な面はしていない」
「そうですよね。失礼いたしました」
「そうだろ――」
「陛下は狸でしたもんね。私にはとてもあのようなアホ面は真似できませんし。同じなどと、とてもとても…………ぷっ」
「藩季、貴様ぁぁぁぁぁッ!」
中華後宮恋愛もので新連載はじめました。
よろしければ、互いの身分に気付かず想い合っていく寵愛ストーリーを
お楽しみください。




