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【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第三部 碧玉の男装香療師は、国を滅亡させる!?

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3-1 あなたは何者ですか?

 万里は目の前で悠々と茶を飲む亞妃の姿に、目尻をひくつかせた。

 亞妃が呼んでいると知らせを受け芙蓉宮にやってきたのだが、当の本人は「呼んでませんが?」という態度なのだ。

 部屋の入り口に立つ万里にチラと目もくれず、湯気立つ茶器に息を吹きかけている。


「あの、香療術を所望されてるから呼んだんですよねえ?」


 もしかすると、彼女は月英が来ると思っていたのかもしれない。

 何せここ百華園は表とは隔絶されている。

 月英が今どのような状況に置かれているか知らないのだろう。

「呑気に茶なんかすすって、まあ」と万里は心の中で毒づく。


「アイツが来ると思ったんでしょうが、すみませんね、オレで。今色々と表は忙しくてですね、香療術も使えない状況なんですよ。ってわけで、何もできないんでオレはもう帰りますね」


 口など挟ませないとばかりに一息に言い切ると、万里は亞妃の返事も聞かずに踵を返して部屋を出て行く。


「本当、何もできない方ですのね」


 今日初めて聞いた亞妃の言葉には、棘が含まれていた。


「あ?」


 さすがにこれには、振り返った万里の声にも険が宿る。


「オレが気に食わないのも分かりますが、今ここにアイツがいないことも、香療術が使えない理由も何も知らないお方が随分な物言いをなさいますね」


 去り始めていた足先をもう一度亞妃に向ける万里。

 その顔は歪な笑みを描いている。

 対して、亞妃はまだ万里を見ようともしない。ただ茶器の中で波立つ水面を見つめるだけ。

 万里は気持ちを落ち着かせるために、亞妃から視線を切り、聞こえよがしな溜め息をついた。


「すみませんが、今はお姫様と無意味な言い合いする時間ももったいないんで……」

「月英様が逮捕でもされましたか」

「なっ!?」


 弾かれたように万里の顔が上がる。


「何で……それを……」

「何も知らないでと仰いましたね。では、あなたは月英様がなぜそのような目に遭われているのかご存じなのでしょうか?」

「……っそれは」


 フイと万里は顔を背けた。

 すると、亞妃の隣にスッと鄒鈴が進み出る。


「月英様の作られた移香茶によって、王都で体調を崩す者が出たんですぅ。移香茶の茶葉に毒が混じっていたとかで」

「移香茶に毒!? それは本当ですか!」

「ええ、月英様の茶葉を卸した茶商はわたしの実家ですからぁ、情報に間違いありませんよ」


 そういえば、王都で移香茶をどうとか言っていた記憶がある。

 ただその時は、まだ頭に血が上っていてまともに話を聞けてはいなかった。


「それで今はぁ、真犯人を捕まえるために、刑部の官吏と一緒に王都を駆け回っているそうですよ。父もその手伝いをしているようでぇ」

「あぁ……何となく分かってきたぞ。今回の騒ぎが……」


 もっと真面目に話を聞いていれば。

 避けずにもっと早く話し合えていれば。

 後悔先に立たずとは、まさにこのことだろう。


「廷の件で充分学んだってのに……っ」


 自分は何をやっているのか、という思いが万里の歯を食いしばらせた。


「手を尽くせばこのくらいの情報、容易く集められるものですわ。たとえ、百華園にいようと」


 そこでようやく、亞妃の顔が万里を向く。


「それで、あなたは何をなさっているのです? 何か手を尽くされていますか」


 グッと万里は声を詰まらせ、前髪をくしゃりと乱す。


「月英様が捕まり、香療術も抑制され……今、あなたは何をなさっているのですか」

「――ッオレだってアイツを助けたいですよ! だが、身内のオレら医官が動くことはできないんですって」


 証拠のない身内の言葉など、ただのかばい立てでしかない。

 下手をすれば刑部の心証を悪くしてしまう。

 それ以前に移香茶に関しては、医官はまるきりの門外漢だ。

 自分だとて、亞妃の松雪草の移香茶を一緒に作った程度で、正直知識もさほどない。


「あんな……香療房は任せろって啖呵きっといて……はっ、情けねえ」


 唇を噛んで感情を露わにする万里に対し、亞妃は冷然としてその姿を見つめる。


「それはあなたの仕事ですか?」

「え」

「月英様を助けることが、あなたの仕事なのかと聞いているのです」

「それは……」


 助けたいと思った。どうやったら助けられるか、あれから毎日考えている。

 しかし、それは自分の仕事だろうか。


「あなたは誰ですか。何があなたの仕事なのですか」

「オレは……オレの仕事は……」

「私が今日呼んだのは、月英様がいない状況でも、あなたがきちんと香療師であれているかを確認したかったのです」


 ですが、と亞妃は上から下まで万里の全身を視線で確かめた。


「今のあなたのどこが香療師ですか」


 最初に言われた時には腹が立ったが、もう一度言われた今はまったく腹は立たなかった。それどころか、確かにという情けない同意しかわいてこない。


「あなたには、あなたにしかできない事があるはずでしょう――」


 亞妃の灰色の瞳が万里を射貫く。


「――香療師の春万里様」



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