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【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第三部 碧玉の男装香療師は、国を滅亡させる!?

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2-8 のーんで飲んで飲んで!

「茶葉に毒が混ぜられていたって聞きました。鄒央さんが知っていることで構いませんから、当時の状況を教えてもらえませんか」

「ああ、いいとも。騒ぎがあった茶屋は『とうめいはんてん』という大きな店でね――」


 鄒央はその時の様子を語ってくれた。

 どうやら、体調不良者が出たのはそのとうめいはんてんという店だけだったという。


 その日、鄒央は月英から届けられた移香茶の茶葉を、注文のあった店ごとに量り分けていた。松明花に続き茉莉花の茶葉も好評で、香りが変わっても引き続き注文は入り続けていた。

 そうして店舗ごとに茶葉を包み終えた時、突然、東明飯店の店主が茶心堂に怒鳴り込んできた。怒鳴っている理由を聞けば、茉莉花の移香茶を飲んだ客達が皆、体調の異変を訴えたのだという。症状も皆同じような悪心や吐き気などばかり。


 最初、東明飯店の店主は料理が原因かと思ったが、客の食べたものは皆バラバラで、その中で唯一の共通点が移香茶だった。

 これが一人二人ならば偶然ですんだのだろうが、さすがに十人以上ともなると、東明飯店も大事にせざるを得なかった。


「あそこも原因をはっきりさせないと、客にあらぬ噂を立てられるからね。『茶が原因で、うちの料理はまったく問題はないですよ』ってな具合に」


 また、その証明のために店主は役所に駆け込んで、移香茶のせいで多くの客が倒れたと訴えた。

 そいう流れで、御史台が出張るような問題に発展したのだとか。


「鄒央さん。東明飯店以外での被害は出てないんですか?」


 移香茶が原因なら、同じ茶葉を使っているはずの他の店も、被害が出ていてもおかしくないのだが。

 しかし、鄒央は首を横に振る。


「他の店からそういった苦情は出なかったさ。ただ……」


 鄒央は申し訳なさそうに、声の調子を落とした。


「東明飯店がそう言ったことで、他の店も一様に移香茶の取り扱いをやめたいと言ってきたんだ」


 こればかりは仕方のないことだ。

 たとえ自分のところで問題はなくとも、よそで問題をおこしたものを使い続けようとは思わないだろう。


「ていうことは、東明飯店の茶葉だけに異常があったってことですよね?」


 月英が腕を抱え、口元を拳でぐりぐりと弄ってれば、今まで静かに聞いていただけだった翔信が口を開く。


「茶心堂さん、卸した茶葉の残りなどはありませんか?」

「移香茶は人気だったから、入る度に全部卸してたんだけど……ああ、そういえば!」


 鄒央は「ちょっと待っててくれよ」と言って、受付台の向こう――店の奥へと姿を消した。

 そうして次に姿を現したとき、彼の手には小さな紙包みが乗っていた。


「他の店から返品された茶葉をとっておいたんだったよ!」


 包みを開けると、中には少なめだが茶葉が入っていた。

 月英は鼻を近づけスンスンと香りを嗅ぐ。


「間違いないですね。茉莉花茶のものです」


 しかし、こうして香りを確認してみても、何か他のが混ぜられているような感じはしない


「見た目も、香りも……僕が茶心堂さんに届けた時とまったく一緒に思いますが」

「そうなんだよ。私はいつも茶葉が届いた時には、確認のため、包みごとに必ずその茶葉でお茶を淹れるようにしているんだが……見ての通り元気なもんさ」


 鄒央は拳を天井に向けて、両腕を力強く屈伸させていた。

 ふんふんと言いながら、あまり太くない腕を見せてくれるところが可愛らしく、思わず月英もクスリと息を漏らす。


「では鄒央さん、この返品された茶葉でお茶は淹れました?」

「いや。君のことは疑ってはなかったけど、流石に手を付ける勇気はなかったよ」

「でしたらすみませんが、この茶葉でお茶を一杯淹れてもらえますか」


 途端に陽気だった鄒央の表情が渋くなる。


「飲むつもりかい?」

「作った本人ですから」


 自分は絶対に毒など入れていないと言える。

 しかし、それを他者に証明する物がない。

 であれば、自分の身でもって証明するほかない。


「それに最悪でも、体調不良程度ですから」


 そう言って笑ってみせれば、鄒央はやれやれと肩を竦めた。


「本当……娘に聞いていたとおり無茶をする子だよ」


 鄒央が丁寧に淹れてくれたお茶が、コトリと月英の目の前の台に置かれた。

 興味が勝ったのか、月英より先に翔信が湯気立つ茶に鼻を近づける。


「はあぁ、これが茉莉花茶かあ。すごい良い香りだな」


 翔信は香りが気に入ったのか、何度も立ち上る香気に鼻を動かしては、良い香りだと呟いていた。

 しかし、あまりに長いので月英が翔信の手から茶器を奪い返す。

 やはりその道の手練れなのか、鄒央の淹れる茶はとても美味しいのだ。飲むのなら冷めないうちに飲みたい。


「クセになりそうだな」


 翔信の呟きに、鄒央の瞳が光った。

 きっと、翔信に新たな顧客になる可能性を見出したのだろう。

 根っからの商売人である。


「移香茶は鼻と舌で楽しめる二度美味しいものだからね」


 言って、月英はグイと茶器の中のもの全てを一気に飲み干した。


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