0-1 萬華国の真ん中で
魔法のiらんど大賞2021の大賞受賞作を転載しております。
どうぞ、中華世界のファンタジーをお楽しみください。
「――だからっ、この国を思えばこそだろう!」
何度言っても通じぬ苛立ちに、燕明は机を拳で殴りつけ、椅子から腰を上げた。
「そっくりそのままお返しいたします。今更国の体制を変える事で、この国に、民にどの様な得が?」
しかし隣に座る蔡京玿は、少しも意に介した様子なく淡々と言葉を述べる。
「異国融和策で新しい文化が入れば、それを糧にまた新たな文化も生まれたりするだろう!? 国は発展していかねばならんのだ!」
「詭弁ですな。我が国は既に全てにおいて満ち足りております。異国排斥は我が国の文化を守るためでもあるのですよ。今更新しいものなど誰が求めましょう。それに――」
蔡京玿は袂で隠した口元を、いやらしくつり上げた。
「それに先帝は、異国の文化など一切頼らずに、ここまで国を発展させましたが? よもや、その血を引くあなた様が、我が国は異国の助けなくば立ちゆかない――などと仰いますまいな?」
燕明は「この古狸め!」と心の中で悪態を吐き、悔しさに唇を噛んだ。
「だがそれで害された民は少なくないぞ。苛政猛虎――苛烈な政は虎に襲われるよりも民に害をもたらす。先帝の異国排斥の法でどれだけの民が苦しんだか、よもや忘れたとは言わせんぞ」
「法を破る者に罰が与えられるのは至極道理では」
「限度を超えれば道理も無理になる。赤子を抱いて処断された男を……俺は未だに忘れられずにいる」
官吏達の顔が一斉に俯いた。その表情は苦々しいものばかり。しかしそれも蔡京玿を除いてだが。
蔡京玿はふんと面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「そうですね。何か役に立つ新しいものを見せて下されば……まだ、殿下の意見にも一理あるというもの。まあ、異国からの一切を拒んでいるこの状況で、新しいものなど見つけられはしないと思いますがね」
蔡京玿は勝ち誇ったように一笑すると、朝議はこれで終わりだと言わんばかりに席を立った。それをきっかけに他の長官達も、チラチラと燕明を見ながらも朝廷を後にする。
最後に残った老人が、俯いた燕明に声を掛ける。
「――少なくとも、一官吏如きに言い負かされるようであれば、まだまだ即位を許すわけにはなりませんな」
「孫二尚書……」
孫二高は燕明の批難めかしい声には反応せず、ゆっくりとした足取りで朝廷を去って行った。