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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなたは裏切りを知らないままでいて

作者: むらさきチューリップ

文章練習として書いた、三題噺を使った文章を投稿してみました。

お題は、

・カフェ

・望郷

・裏切り

の三つです。

 私が通っている大学から、ほど近い場所にあるカフェ。そこに、いつものように彼女はいた。それを確認して、私は店内に入った。

「やっほー、ハルカ」

 私は店に入るなり、窓際の席に座っていた彼女へと近づき、声をかけた。

「あれ、アキちゃんだ! なんでここにいるの?」

 彼女は櫻野ハルカ。私こと赤沢アキの大学の同級生で、同じ学科の友人だ。大学に入ってから初めて出来た友人で、二年生になってからは、私がアルバイトを始めたこともあり、講義で一緒になる回数も減ったが、今でも時々こうして二人でお茶をしたり、遊びに行ったりしている。

「たまたま外歩いてたら、ハルカがいるの見えたから、入ってきちゃった」

 そう言って、私は彼女の真向かいの席に座り、自分の分のコーヒーを注文した。ふとハルカのテーブルを見ると、閉じられた教科書とノートが隅に追いやられ、食べかけのパンケーキの大きなお皿がスペースを占領していた。多分、勉強しようとカフェに入ったものの、食べ物に夢中になってしまった、といったところだろう。

「勉強は、ちゃんとしないと駄目だと思うよ。テストも近いんだから」

「うっ! い、いや、勉強もしてるよ? ちゃんと教科書も持ってきてるし……」

「そんな風には見えないけどなー」

「ううっ、アキちゃんは何でもお見通しだなあ……。気をつけますう」

 肩を落として反省するハルカだが、どうせまた同じようなことを繰り返すのだろう。一年の頃から、テスト前のハルカは一人だと勉強に集中できず、同じ講義を受けている時は、いつも私に泣きついてきたものだ。

「そういえばハルカって、最近いつもここのカフェいるよね、気に入ってるの?」

「うん! ここのお店のパンケーキがすっごく美味しいんだよ! でも、わたしアキちゃんと一緒に入ったことあったっけ?」

「いや、ここら辺の道通ると、毎回ハルカがこの店の中にいるのが見えるからさ」

「そ、そうなんだ。見られてたかー、なんかちょっと恥ずかしいなあ……」

「別に恥ずかしがることなんてないのに。まあでも、この前みたいに携帯を失くしたりするそそっかしいところは何とかしてほしいけどね」

「あ~、その節はご迷惑をおかけしちゃいまして、へへへ……。アキちゃんが見つけてくれなかったらどうなってたことかだよお」

 いつものように、私たちは何でもないような雑談を交わす。十中八九、この間にハルカの勉強のことは忘却の彼方へと追いやられているだろう。

「そういえば! わたし、今回のテストが終わったら、地元の同窓会に行くんだよ!」

 ふいに、ハルカがまるでテストの死亡フラグのようなことを言い出した。ハルカは地方から出て一人暮らしをしながら、ここ東京にある大学に通っている。しかし、同窓会があるというのは、私は初耳だったので少し驚いた。

「へえ、そうなんだ」

「そうなんですよ! いやあ、懐かしいなあ、地元。楽しみだなあ~」

 そう言って望郷の念に浸りながら、満面の笑みを浮かべるハルカの様子に、私は若干の不安を感じてしまった。

「ひょっとして、好きな男でも来るの?」

「ええ! いや、そんなんじゃないよ! 純粋に、昔仲の良かった友達と会えるのが楽しみだなってだけだから!」

 頬を赤く染め、両手をブンブンと振り回して否定の意を示すハルカは、とても可愛らしい。

「私を差し置いて彼氏なんかつくったら、裏切りだからね」

「何言ってるのアキちゃん!? 怖い、顔が怖いから!」

 おっと、私としたことが、良くない感情が顔に出てしまっていたか。気をつけなければ。

「同窓会に行ったらね、わたし、大学でこんな素敵な友達出来たんだよって、アキちゃんのこと皆に自慢するんだ!」

 そんなことを言って笑うハルカの表情には、一片の曇りもなくて、その言葉は嘘偽りなく本心から言っていることなんだってことが、伝わってきて。

「――そっか」

 咄嗟に、何て言葉を返していいか分からなくなって、結局私は素っ気ない返事をしてしまった。それでも、こんな私のことを、ハルカがこんなにも大切に思ってくれていることを、今は素直に嬉しく思った。

「あー、もうこんな時間! 大変、お昼休み終わっちゃう!」

 私が感傷に浸るのも束の間、ハルカは急いで残っていたパンケーキを頬張り、紅茶をストローで一気飲みし始めた。時間を確認すると、時計の針は確かに午後の講義が始まる十分前を指していた。

「あらあら、大変ねー。私は講義入ってないから関係ないけど」

「う~ら~ぎ~り~も~の~!」

「はいはい、拗ねないの。ここのお代は払っておいてあげるから」

「本当? ありがとう! おごり?」

「貸しよ」

「だよねえ、あはは。じゃあ、私行くから! お金はまた今度返すね!」

 そう言ってハルカは、慌ただしくバッグに荷物を詰め込んで立ち上がった。結局、哀れな教科書やノートは最後まで使われなかったようだ。

「あ、待ってハルカ! また携帯忘れてるよ」

 ハルカが再び携帯を置き去りにしかけたので、私は慌てて声をかけた。

「あ、ごめんありがとう! 私ったら、またやらかすところだったよ~」

「気をつけなよ。ちゃんと肌身離さず持ってなさい」

「はあい。じゃあアキちゃん、またね!」

 私の手から携帯を受け取ると、ハルカは風のように店を去っていった。

「裏切り者、か……。まあ、否定はできない、かな……」

 ハルカが去り一人になったテーブルで、私は一人、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。


 そして私はいつものように、ハルカが先ほどまで使っていたストローを回収した。

 ハルカとは何回も、こうしてお茶をしているのだから、もはやこの行動も慣れたものだった。ストロー、消しゴム、髪の毛、その他諸々、こうして集めているコレクションもかなり一杯になってきたので、管理も一苦労だ。

 念のため、私は自分の携帯を鞄から取り出して確認する。そこには、カフェから離れて大学へと向かう、ハルカの現在地が表示されていた。正確には、ハルカの持っている携帯の現在地、ではあるのだが。


 ハルカは、こんな私のことを友達だと言ってくれる。

 私はずっと、こうしてハルカの信頼を裏切り続けているというのに。

 大丈夫。私は今のままの日常で、今のままの関係で、十分満足している。

 だからハルカ、お願いだから、どうかずっと変わらないでいて。

 あなたは裏切りを、知らないままでいて。


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