第99話
──翌日。
ドゥナ大陸で迎える初めての朝。
僕たちは一つのテーブルについて、少しばかり豪華な朝食をとっていた。
厚切りのハム、新鮮な野菜、焼き立てのパン、湯気の立ち上るスープが並び、どれも美味い。
「これを食ったら、俺たちゃいくぜ」
朝食の席で、ルーピンはいつもの調子でそう告げる。
「はい。お世話になりました」
「よせやい。背中が痒くなっちまう」
ルーピンがそう笑い、ケイブはただうなずき、ミーネはウィンクして笑う。
「なに、お前さんなら心配ねぇさ」
朝からエールをあおるザイゲンがニヒルに笑って、僕の肩を叩く。こういう励ましを受けるのは慣れていなくて、僕は少し涙がでそうになった。
「ユウ。これを持て」
静かに朝餉を食んでいたゴモンが、机の下から小太刀を取り出してテーブルに置いた。
武器の事はよくわからないが、収められた鞘は質実剛健な造りで、よく手入れされているように見えた。
「これは?」
置かれた小太刀をまじまじと見つめながら、僕は問う。
「お主への餞別だ。抜いてみろ」
言われた通りに、小太刀を抜いてみる。
刃渡りは五十センチほど、青い光を反射する金属でできていて軽い。
鍔は黒い金属でできており桔梗の柄が透かし彫りされていた。
「ん? どうしたんです?」
小太刀を見つめる僕を、ゴモン以外の『ザ・サード』の面々が驚いた顔で見ている。
「見よ、お主ら。ユウで間違いなかったではないか」
「いやー、マジかよ。驚いたわ」
ルーピンが驚き、ゴモンが珍しく意地の悪そうな笑顔を見せる。
「銘を『流嵐』という。蒼聖銀製、刃渡りは一尺九寸。お主が使えば、大抵のものを斬って捨てることができよう」
これがとんでもない業物だというのは素人目にもわかる。
餞別だとは言うが、こんなものをもらってしまってもいいのだろうか。
「助けてもらったのは僕で、まだ報酬も支払ってないのに……いただけませんよ」
「いいや、これはお主のものだ」
そう言って、『流嵐』を押し付けながら、ゴモンが口角を上げる。
「ここにいる誰もが、それを抜くことがかなわなかった。一族の里長にそれを預けられた時は不思議に思うたものだが……昨晩、急にそのことを思い出してな。おそらくこれは運命なのだろう」
「坊主、ゴモンは冗談をいうタイプの人間じゃねぇ。受け取っておけ」
ザイゲンが置かれたままの鞘を僕に差し出す。
『流嵐』を鞘に納め、僕はじっとそれを見やった。
確かに、どこかしっくりくる。不思議なことだが、これが僕のものなのだ……と思えてしまうのだ。
「わかりました。ありがたく頂戴します。この恩はいつか」
そう頭を下げると、ゴモンが愉快気な顔で僕の肩に手を乗せた。
「いずれ里に寄ってくれ。お主と心いくまで打ち合ってみたい。故に、それまで必ず生きるのだぞ」
それに続いて、ザイゲンがにやりと笑って言った。
「そうそう、デカい貸しだからな! ちゃんと返しに来いよ」
ケイブが生真面目な顔でうなずく。
「俺もお前とやりあってみたい。いずれまた会おう」
励ましの言葉が胸にしみこんでいく。
「ルリちゃんも、また会おうぜぇ」
にやりと笑ったルーピンが早業の如く、ルリエーンの頬に軽く接吻する。
「ルーピンッ!」
瞬間、ミーネがフォークを鋭く投擲し、それは壁に深々と突き刺さった。
ビーン……と震動するフォークに冷や汗を流しながらも、ルーピンは笑う。
「いひひ、今回もルリちゃんはかわせなかったなぁ?」
そうおどけるルーピンに、ルリエーンがどこか僕に似た苦笑いを見せる。
そして、返事の代わりとばかりに、ルーピンをそっと抱擁した。
「ありがとう、ルーピン。あなたの旅に幸運がありますように」
「ああ、ルリちゃんも。坊主に飽きたら、また一緒に旅しようぜ」
「あり得ないわ。来世に期待してちょうだい」
お互いに軽口を言いあい、抱擁を解く二人。
嫉妬のような感情は、起こらなかった。この二人の絆は、男女のそれとはどこか違うところにあるのだと思えた。
ルーピンに別れを告げるルリエーンはどこか、姉のようであり母のようであり、妹のようでもあった。
「じゃあ、俺らはそろそろ行くぜ。坊主、また会おう」
「ええ、きっとまた」
去り行く『ザ・サード』の背中に頭を下げて見送る。
寂しくはあるが、再会の約束があるのだから、きっと僕らはまた会えるはずだ。
五人の姿が見えなくなって、僕は大きく息を吸い込む。
別れというのが、本当に苦手になってしまった自分を自嘲しながらも、僕はルリエーンに向き直る。
「よし、それじゃあ僕らも行こうか」
「ええ。私たちも準備を始めましょう? もしかすると、あまりゆっくりもしていられないかもしれないしね」
ルリエーンの言葉に僕は頷く。
僕と同郷の『漂流者』が、いまもどこかで穢れに汚染されて悪性変異しているかもしれないのだ。
その可能性がある以上、『白の教団』から早急にミカを隔離する必要がある。
せっかくルーピンたちが急ぎで第二層大陸上げてくれたのだ。
時間を無駄にはできない
決意も新たに僕たちは、新大陸での第一歩を踏み出した。
更新('ω')!
新作『英雄一家の〝出涸らし〟魔技師は、今日も無自覚に奇跡を創る。』
( https://ncode.syosetu.com/n7791hj/ )
も始まりましたので、そちらもどうぞよろしく!