第97話
騒動が収まりつつある裏路地を後にして、僕たちは冒険者ギルド支部へ場所を移した。
そこで、おおよその経緯を責任者であるラコルに説明する。
彼はなかなか難しい顔をしていたが、特に口を挟むことなくじっと聞いていた。
「……以上です。なにか質問がありますか?」
『白の教団』と遭遇したこと。
リーダーらしき男……サー・イボロとトラブルになっていたこと。
そして、そのサー・イボロが化け物を生み出した後に絶命したこと。
全てを嘘偽りなく伝えた。
「ううむ……」
これにラコルは頭を抱えた様子で唸った。
塔に十階層ごと存在する『街区層』は、いわゆる塔においての聖域だ。
規模こそ小さいが、そこには人々の生活あり、安全が確保されていることが大前提として発展している。
武装商人や護衛冒険者を始めとした旅人の往来もあるため諍いが起こることはあるし、今までに野盗や強盗団といった人間の脅威がなかったわけではない。
しかし、過酷な環境を生き抜いてきた塔民にはそれらは大きな脅威にならなかったし、それらのトラブルで足止めをされようものなら、武装商人とその護衛冒険者が団結してそれらを完膚なきまでに叩きのめすことがほとんどだった。
だが、今回は事情が違う。
『街区層』に大きな被害を出すような強力な魔物が街区層に侵入するというのは、これまでになかった事例だ。
しかも、それが人から発生するのであれば防ぎようもない。
「その『白の教団』とやらに属する連中は、全員あんな化け物に変化できるのか?」
「おそらく、それはないですね」
ラコルの問いに、僕はほぼ確信をもって答えた。
「穢れに深く汚染された人間だけが、ああなるのだと思います。……多分、本人の意思とは無関係に」
サー・イボロは変化を自分で行ったようではなかった。
ただ、単純に死の恐怖や僕たちに対するストレスが高まった結果が今回の変化だったように思える。
つまり、サー・イボロの体に何かしらの因子が組み込まれていたのだろう。
「その穢れとやらに汚染されているかどうかはどう判断する?」
「外見的に判断するのはおそらく無理だな。俺たちだって気が付きゃしなかった」
ルーピンがそう告げる。
実際、変化に最も驚いたのは僕たちも同じだったからだ。
「サー・イボロは『白い部屋の主』の声を聴いたことがある、と言っていました。それが汚染の原因だろうと僕は疑っています。ともすれば、『白の教団』でも一握りの人間だけが穢れに深く汚染されているのではないでしょうか」
僕のその言葉に、ケイブも同意する。
「儂もそう考える。そういう連中は教団内でも上位の役職にあるのだろう。変化したサー・イボロも上級宣教師という特別な位にあったらしいしな」
「わかった、とりあえず『白の教団』には注意を払うように各階の街区層に伝令を飛ばしておく」
ラコルの目配せに、控えていたギルド職員が部屋を出ていく。
「さて、他にも二、三質問させてもらうぞ」
◇
ラコルの事情聴取はかなり細かい部分におよび、ようやく解放されたころには僕も含めて全員に疲労の色が見て取れた。
「おい、坊主。今日のところは引き上げて、この層で明日もう一日休憩を入れようぜ……」
ルーピンが疲れ切った声での提案に、僕はうなずく。
まったくもって同じ気持ちだ。
「そうしましょう、このコンディションで塔に挑むのは危険が過ぎます」
「ユウもなかなか分かってきたじゃねーか」
ザイゲンが口角を釣り上げてニヒルに笑う。
「ええ、皆さんがいなかったらと思うとぞっとしますね」
「あら、かわいいこと言ってくれるじゃない?」
ミーネが妖艶な笑みを僕へと向け、それを見たルリエーンが頬を膨らませる。
疲れていても、なんだかいつものやり取りだ。
当たり前の様に仲間がいて、当たり前の様に冗談を言い合える今の状況が、僕にはかけがえのない宝物のように思えた。
サー・イボロの事件から翌々日。
僕たちは登り階段の前に集合していた。
装備品や薬品のチェックを入念に行って、お互いに連携などを確認する。
順調にいけば、今日中に第二層大陸の塔都市である冒険者学園都市に到着できるはずだ。
「よーし、準備はできたなー?」
ルーピンの声に全員がうなずく。
「ま……普段通りいけば問題ねぇだろ」
ザイゲンが腰に下げた自動弩級を確認し、小さくうなずく。
「えぇ、上についたら僕のお金で一杯やりましょう」
その言葉が出発の合図となり、僕たち一行は第二層大陸へ向かう最後の十層へと足を踏み入れた。