第96話
金曜日なので更新('ω')
声の主は、封鎖された一角からゆっくりと姿を現した小さな人影は、すたすたと澱みのない足取りでこちらへと近づいてくる。
朱色の上等そうな生地に金糸の繊細な装飾が光るローブをすっぽりかぶっていて、その表情は伺い知れない。
「お前さんは?」
警戒を強めたザイゲンがやや強い口調で問う。
これが敵である可能性は十分にあるのだ、当然の事だろう。
だが一方で僕は、妙な……そう、懐かしさによく似た奇妙な感覚を覚えた。
まるで久しぶりに故郷の幼馴染に会ったかのような、安心感がある。
「人はわらわを白師と呼ぶ。そのように呼ぶとよい……ところで名を請うときは、自分から名乗るというのが礼儀と思っておったがの?」
幼さの残る、少女の声。
しかし、その存在感は大きく見てくれと大きなギャップがあった。
ザイゲンもそれを感じたのか、すぐに言葉を返す。
「こいつぁ、失礼した。俺ぁ、ザイゲンってんだ。で、お前さんは何者なんだ?」
「わらわのことは後でよかろう。それよりも、そこな悪性変異を始末せねばの」
物怖じした様子もなく、黒い化け物に向かって歩を進める白師。
その進路にラコルが体を滑り込ませ、立ちはだかって留める。
「待て、この正体不明の化け物が何なのかを確かめる必要がある」
「そこをどけ、長く生かしておいてよい存在ではない。放っておけば穢れをまき散らすぞ」
聞いたことのない言葉のはずだが、それがなんであるかをなんとなく理解できるような気がした。
その言葉に込められた何かが、やけに心をざわつかせたからだ。
「……僕も同意見です。この化け物はあまりに強力すぎます。始末できるならすぐにでもしておくべきでしょう」
僕の言葉を受けて、ラコルはため息をつく。
「そうはいってもな……。この階を危険にさらす可能性のある存在だ。どうやって入り込んだか、あるいは出現したかを知る必要があるし、可能ならちゃんと調べておきたい」
「ラコル、遭遇状況などは我々から教える。この御仁の話によると、この化け物は毒をばらまくかもしれん。即対応せねば危険なのではないか?」
ケイブが白師にちらりと目くばせすると、小さな人影が頷く。
「その通りよ、獣人の戦士。人の長よ、穢れを浴びた人間の末路が知りたいというならそこな化物をよく見よ。広がればここは街ではなくなるぞ?」
幼い声で淡々と語る白師の言葉に、ラコルをはじめとして周囲が生唾を飲み込んだ。
ハッタリや嘘などではないと、どう考えてみてもこの人物が事実を言っているようにしか思えないすごみがあった。
判断に迷うラコルに、最後の一押しとばかりに声をかける。
「やりましょう」
「わ、わかった。しかし、これ以上街区を破壊されるのも困る。階段を上ってからやってくれないか?」
「これ以上の破壊など必要ない……すぐに済む。そこな少年、お主、使えるじゃろう?」
フードの奥からちらり意味ありげな視線を投げかける白師。
美しい金色の瞳が、試すように僕を見ていた。
その瞬間、彼女が何者であるかを僕は大まかに理解し、その意図を理解した。
「どうすれば、いいですか?」
「穢れた魂を焼き切るのじゃ。浄化の炎を噴けばよい」
ゆっくりと息を吸い込み、右手の手のひらに魔力を集中していく。
本来は息と共に吐きだされる<竜息>の魔法。
その青白い輝きを放つ炎は僕の手のひらでくるりくるりと回転をはじめ、やがて球体を形成していく。
──黒竜王の青い炎が僕の手のひらで踊っていた。
「ほう……お主の炎は静かで美しいのう」
踊る炎を見ながら、白師が金色の目を細める。
「後は……炎を、押し込んでやるだけじゃ。さぁ、穢れを払い、この男の魂を救ってやるがよい」
促された僕は、化け物の鳩尾……僕の拳の跡が残るその場所にそっとその炎を押し当てた。
まるで、何か神聖な儀式のようだ。
青い炎は、すーっと静かに化け物に吸い込まれていき……その一息後、化け物は穴という穴から青い炎を吹き出しながら燃え始め、やがて跡形もなく崩れ去った。
「わらはの用向きは、これで終わりじゃ。少年、なかなか美しいものを見せてもらった。縁が交わればまた会うこともあるじゃろう」
「あなたは──」
「黒き神が動く。ゆめゆめ、油断せぬようにな」
そう言い残すと、白師は白い炎を一瞬吹き上げて、次の瞬間……その場から掻き消えた。
この一連の流れを黙って見守るしかなかった『ザ・サード』の面々と、ラコル氏、そしてルリエーンは説明を求める訴えの目を、僕に向けた。
その視線を受けながら、僕はいつもの苦笑いを浮かべるほかなかった。
いかがでしたでしょうか('ω')