第94話
転生魔王が完結したので、こっちもちょっと更新('ω')!
夕食が済み酒場を出た僕たちは、お互いに目くばせしながらばらばらの方向に三組に分かれて歩き出した。
ルーピン、ザイゲン、ミーネは繁華街に向かって、ゴモン、ケイブは宿屋街方面へ、僕とルリエーンは散歩をする様に見せかけて他の二組とは違う方向へと足を向ける。
当然、人数も少なく手練れにも見えない僕とルリエーンが罠役である。
しばらく塔街を見物するふりをしながら、ザイゲンから指定された路地へ向かう。
人気のない路地の先はちょっとした広場になっており、そこで不審者を囲んでしまおうという作戦である。
ただ、僕等にとって少し予想外だったのは、その不審者が短慮だったことだった。
広場に入った瞬間、彼らは襲い掛かってくるとは。
予想しないでもなかったが、まったくもって悪手だと思う。
「神罰であるッ!」
この言葉を聞いただけで、どこの間抜けな神が殉教者を増やすつもりなのかは明白だった。
ほんの一昨日、顔を合わせた片腕の男が振り下ろした湾曲した剣をするりと避ける。
剣はむなしく空を切り、勢い余った襲撃者──サー・イボロ上級宣教師──はたたらを踏むこととなった。
おそらく本人は不意打ちのつもりだったのだろう。
あのお粗末な追跡に知らないふりをする羽目になった僕らの気持ちも少しは考えてほしい。
「あなたは、先日の……」
「背信者め! どんな邪悪な方法で『勇者』を打ち破ったか知らないが……ッ! 相応の報いを受けてもらうぞ!」
その言葉と同時に白装束の集団が周りから姿を現し、僕らを取り囲む。
その数、十数人。
そりゃ目立つ格好でこの人数。そもそも追跡や尾行自体に向いていない。
『白の教団』とやらは少しばかり頭の足りない連中のようだ。
「揃いも揃って白い装束とは……悪い電磁波でも防ぐつもりですか?」
「……? この装束は悪意あるものの影響から我らの信仰を守る象徴だ!」
当たらずも遠からず……とため息まじりに独り言ちながら、僕は目の前の片腕の男を睨み付けた。
「悪意を放ってるのはあなたですよ。闇討ち、不意打ち、多勢に無勢。これなら部下を下がらせた大和田君のほうがまだ見込みがある」
「神の御前に、正義の可能性は無限だ! お前たち、殺せ!」
以前と同様、まったく話にならない。
それどころか、今度は問答無用で僕等を殺そうとするなんて。
やっぱり、どこかおかしい人のようだ。
「……僕等に殺意を向けないでください」
そう返事したときには周囲の白装束は、すでに全員が『ザ・サード』のメンバーによって音もなく制圧されていた。
「さ、遠慮せずにあなたも神のもとへ、どうぞ旅立ってください」
僕は震えるサー・イボロにそっとささやいた。
これで戦意喪失してくれれば一番楽なんだけど……。
そうでない場合、僕はまた人の命をこの手で散らすことになる。
今更だけど、あまりいい気分ではない。
「ばかな……ばかなばかなばかなッ! 私は『白き部屋の主』様の声すら聞いたことある上級宣教師だぞ! こんな! こんなことが……ッ!」
突然膝をつき、頭を掻きむしった男──サー・イボロのその様子のおかしさに、最初に気づいたのは姿を隠していたミーネだった。
「ユウ! こいつおかしいわよ! 魔道士でもないのに周囲の魔力を吸収してる!」
警告が発されたと同時に、サー・イボロが湯気を上げながら発赤した。
そのまま全身が赤く焼け焦げたようになり、口と鼻や耳、目からは黒い体液のような物があふれ出ている。
「なんだ……?」
「様子が妙だ! 気をつけろ、ユウ!」
ザイゲンの声に、錬気を始める。
何が起こっているのかわからない以上、何が起こっても対処する気持ちでいなくては。
「なんなの、これ……」
「ルーさん、距離を取って。フォローをお願いします」
「わかったわ」
異様な光景に全員が警戒しつつも、僕等は大きく変化するサー・イボロに近づけないでいる。
あまりに異様すぎて攻撃していいかすらわからないのだ。
僕たちが警戒する中、大きく開かれた口はさらに大きく開き……やがて裂けた。
そしてその口内から、『何か』がずるり……と這い出してくる。
血のような粘液を纏った、真っ黒い人型の『何か』。
黒い体は筋肉質だがどこか無機質な印象で、口には鋭い牙が不規則に並んでいる。
牙の隙間からはチロチロと赤い炎が時折漏れ出しており、可燃性なのか火がついたままのよだれがボタボタと地面に落ちて焦げを作っている。
体の大きさは、今しがた這い出してきたサー・イボロの体よりも大きく、その1.5倍ほどもあり……ケイブと同じほどの大きさだ。
「GAAAAAAAッ!」
目の前で炎交じりの咆哮をあげるその生物は、もはやサー・イボロなどではないことは明らかではあるが、サー・イボロ同様の敵意を僕たちに向けているのは明白だった。
ひどい殺気と敵意が、容赦なく僕に向けられている。
この邪悪な生物が何であるかなど知る由もないが……今、この瞬間がどうしようもなく危険だということは全員が理解していた。