第9話
本日ラスト('ω')!
そーっと薄目を開けると、傍に美少女黒竜王の一糸まとわぬ姿。
記憶に焼き付けて、僕はあわてて再度目を閉じる。
「なるほど。カドマよ、確かにこれは不思議と落ち着くの……我も気に入った」
「アナハイム様。念のために言っておきますけど、普通男女は同じ風呂に同時に入ったりしませんよ」
「カドマよ。お主はこれを独り占めし、その上で我は外で水でも浴びていろと申したのかの? 黒竜王たる我にそのような口を叩いた人間は史上初じゃぞ」
「いえいえいえいえッ! 僕が、僕が出ますから」
そう告げて石風呂から出ようとするが、アナハイムが背後から抱きすくめるようにそれ阻止した。
とっさのことでバランスを崩し、アナハイムにもたれ掛かるような形で再び湯船に僕は座り込んだ。
滑らかな肌触り、柔らかな胸の感触、えも言えぬ甘い匂い。
それらすべてが混然一体となって僕の背後に密着していた。
「よい。ともに在れ」
様子がおかしい。
今まで一定の距離感を保っていた黒竜王が、このような行動に出ることなど、一度もなかったことだ。
「アナハイム様?」
「カドマよ、お前は記憶の中でユウくん、と呼ばれておったな」
背後から聞こえる声は、どことなく責めるような口調だ。
「そんな風に名前で呼ぶのは幼馴染だけですよ」
「カドマとは名ではないのか?」
「ああ、もしかするとこちらではファーストネームとファミリーネームが逆転するのですか? だとすれば僕はユウ・カドマとなりますね」
ドラゴンがいるようなファンタジックな世界だ。
姓名が逆になることもあるだろう。
「ならばユウよ」
「はい」
僕を抱える一回り小さい体にぎゅっと力がこもる。
「我はお主の友となりえるのだろうか?」
「アナハイム様は恩人でご主人様ですよ」
「我はな、お前を待っていたのよ」
「どういう、意味です?」
ぽつりぽつりと、それでいて淡々と黒竜王は語った。
「この狂った神が封ぜられた洞窟でもう千年近くも孤独であった」
「気が狂ってしまいそうだった」
「この場所を放り出してしまいたかった」
黒竜王から紡がれる独白を、僕はただ黙って聴く。
「じゃが、お主が来てくれた」
黒竜王の頭が肩に乗せられるのを感じる。
「あのようななりだ。小さき者にどう接していいかもよくわからなかった。それでもお主は共にいてくれた」
「恐れず、媚びず、我の傍にいてくれた」
「……嬉しかった」
黒竜王は僕の背中に、ただただ頬ずりする。
不敬かもしれないが、とても可愛らしいと……愛しいと思った。
「アナハイム様……」
腹に回された手に自分の手を重ねる。
あんなに強靭そうな指が、爪が、今はこんなに細く柔らかい。
岩で作った浴槽の中で身をよじり、黒竜王に向き直る。
完璧な造形美を誇るご主人様が、泣きそうな顔で僕を見ている。
「故に、今一度問おう。我はお主の……ユウの友人たり得るのだろうか?」
「当たり前じゃないですか」
この、きわめて強大な力を持つ黒竜王が、まるで年下の少女のように思えた。
千年の孤独の深さは計り知れない。
しかし、孤独の恐怖を、苦しみを、悲しみを、諦観を、僕はきっと共有できる。
自分は、この黒竜王の友人たり得る。
……いや、そうでなくてはいけない。
黒竜王のそばには、僕しかいないのだから。
僕以外の誰も、黒竜王の孤独を癒すことは叶わないのだから。
「じゃが、お主は行くのじゃろう?」
「まだ、行くと決まったわけじゃありませんよ?」
「だが、ミカとやらがこの世界におれば、助けに行かねばなるまい?」
その言葉に胸が詰まる。
「意地が悪かったかの。すまぬ、許せよ」
「いいえ……でも、確かに彼女がこちらに来ているのなら、僕は彼女に借りを返さなくてはいけません」
「そうじゃの……」
僕の心を覗き込んだ黒竜王であれば、多くは語らずともそのことは理解できるはずだ。
黒竜王にとって僕がそうであったように、ミカは僕にとっての光だったから。
「でも、必ず戻ってきます」
「本当、か?」
「約束しましょう。これは友人としての約束です。親友のほうがいいですか?」
少し考えてから、黒竜王は小さく笑う。
「……友達以上、恋人未満がよい」
「……余計な知識を僕から吸収しないでください」
「よいではないか、減るものではなし」
笑う美少女黒竜王を、そのままそっと抱き寄せた。
本来の姿からは想像もつかない、黒竜王の柔らかく小さな肢体をぎゅっと抱きしめる。
「む……」
「竜の姿ではこうはいきませんからね。今だけです」
特に抵抗するでも怒るでもなく、アナハイムはおずおずと僕の背中に腕を回した。
「ユウ」
「なんですか、アナハイム様」
「様はもういらぬ。対等な者同士では使わぬ言葉じゃ」
「では、砕けるとこまで砕けて──『アン』と呼びましょうか」
「よい。うむ、それは……よいな」
抱擁に力を込めて、アナハイムが小さくうなずく。
「お主以外、誰も我の名を呼ぶことなど……ないのだからの」
嬉しそうに、心地よさそうに美少女黒竜王は僕の胸に額をこすりつける。
孤独を理解する者同士が、暗い迷宮の奥底で、心からの安息を得たのはまさに奇跡だったように思う。
この時間がいつまでも続けばいい。
僕は、この小さな友人を抱きしめながら、心の底からそう思うのだった。
ちょっぴり甘めにしてみました('ω')
よろしければ、感想・評価・ブクマなどレスポンスをくださいませ!