第89話
一方、僕は今しがた男の口から出た『勇者』という言葉について考えていた。
あのサー・イボロとかいう男が言っていた『異界の勇者』とは大和田のことだったのか、という疑問である。
「ユウ、知り合いなの?」
「元の世界の時のね。あいにく仲はあんまりよくないけど」
ルリエーンが僕の袖を引っ張って小さく尋ねたので、僕は声を潜めてルリエーンに答える。
同じ世界の同輩とはいえ、再会できてうれしいといった類の相手ではない。
「んで? 門真? お前がこの世界にいるのはともかく、なんで『塔』にいんだよ?」
「ミカちゃ……萱嶋さんは? 他のみんなは無事なのか?」
「質問に答えろよッ!」
質問を無視されたことに激昂し、大声を上げる大和田。
前から激しやすいヤツだとは思っていたが、こうなるとどこか病的だ。
「第二層大陸に上がって萱嶋さんを捜すためだよ」
急く気持ちを押さえて僕はため息混じりに答える。
何せ、同じタイミングで転移したということはミカちゃんの居場所を知っている可能性も高い。
大和田から情報を得られれば、儲けものだ。
「居場所を知っているなら教えてほしい」
大和田はにやりと笑い、ねめつけるように僕を見やる。
「萱嶋は今、俺たち……『白の教団』に属している」
「そうか……無事なんだ、よかった。どこにいけば会える?」
「はぁ? お前ごときが会える訳ないだろ?」
大和田の顔が侮蔑に歪む。
「この状況わかってんのか? 同郷だろうがなんだろうが、五体満足でいられると思うなよ?」
そういうと大和田は不釣合いに見える、きらびやかな長剣を抜く。
ただ暴力的であった以前の大和田とはまったく違い、暴力性が圧迫感のようになって僕に向けられた。
これが、『神聖変異』を受けるということなのか。
僕は、油断できない相手だと気を引き締める。
「あなた、ユウの同郷の『渡り歩く者』なんでしょう? どうして!?」
ルリエーンが大和田をにらみつける。
「ん? 何だそのエルフは? お前の女かよ」
大和田の目が舐めるようにルリエーンに向けられる。
その不快さは、美しいルリエーンに今まで向けられた視線の中でも、最も酷い部類のものだ。
「安心しろよ……そのエルフとそこの女は生かしといてやる。門真、テメェもな。お前の前でそいつらをヒィヒィ言わせてやるよ!」
「あら、嬉しいけどボーヤは好みじゃないの。自分の右手で慰めて頂戴」
ミーネはうっすらと笑う。
顔をゆがめて紅潮させた大和田は、剣先を僕に向け、大声で号令する。
「この男は転移前の世界から聖女に付きまとい、危害を加えていた害悪だ! 懺悔を促すため生きて捕らえよ! エルフと女は改心の余地がある! 生きて捕らえよ! ……残りの者は神敵である! 浄化せよ!」
よくもまぁ、そこまで欲望むき出しでいて建前が口から出るものだと僕は感心した。
僕はというと、すでに臨戦態勢だ。
下卑びた視線と言葉を僕のルリエーンに向けたことを、少しばかり後悔してもらおう。
周囲の百人近い人数の狂信者達が一斉に獲物を抜く。
「ルーピンさん、正面の勇者とやらは僕が抑えます。後退して階段を制圧してください」
「へいへい、ここからはオレ達も本気で行かせてもらうぜ? オレらに手を出そうなんて考えを起こさないように、しっかり灸をすえてやるさ」
ルーピンの顔はいつものおどけた笑いではなく、凄惨な笑みに変わっていた。
大和田がルリエーンに、またミーネに向けた言葉はどうやら彼の逆鱗に触れてしまったらしい。
「ゴモン、ケイブ。おめぇらで階段を制圧だ。後方はミーネとオレ、ザイゲン、それとルリで抑える」
「承知した」
「わかった」
僕は、ただ一言いつもの警告を発した。
「大和田君、剣を収めてくれませんか? 僕らに敵意を向けないでください」
「うるせぇ! お前の目の前でそいつらをぶっ殺してそこのエルフを犯し終わったら収めてやるよ! テメーの首を落としてからな!」
彼はルリエーンを犯すと言ったらしい。
『神聖変異』を得て増長している様だ。
クラスメートの中でも粗暴で暴力に訴えがちな彼は、僕へのイジメの主犯格だったとも言える。
ただ、僕は虐げられるだけの人間ではなくなった。
守るべき人がいて、守るべき力が備わった一人の男として……抗わねばなるまい。
オーバーキルしても、文句を言うなよ?
大和田の声で取り巻き──騎士鎧を装備しているので宣教騎士とかいう連中が僕に迫る。
些か頭にきていた僕はそれらを掴んで薙ぎ払い、壁に叩きつけた。
現代アートさながらの模様が壁に広がって、むせかえるような血の匂いが充満する。
「ガアアァァァァッ!」
それを皮切りに、ケイブが獣のような怒号を上げながら動いた。
さながら鉄の塊となったケイブの突進じみた盾撃で、階段を封鎖していた数人が、冗談のように吹き飛ぶ。
その背後から素早く飛び出したゴモンが刀を一閃し、さらに数人の命を一瞬で刈り取っていく。
一方、南通路の教団員の者はさらに悲惨な目に会うこととなった。
鉄盾を携えた宣教騎士がプレッシャーをかけるべくバリケードを作るものの、その隙間をぬった正確なザイゲンの矢が次々と後方の教団員を襲った。
矢には毒が塗られていて、次々に行動不能になって行く。
さらにエルフの持った謎の武器が易々と鉄盾を貫通し、宣教騎士たちは為す術もなく倒れることとなった。
また、その後方では気配を感じさせない二人の暗殺者が次々と犠牲者を増やし、戦闘はあっさりと盛り上がりもなく……すぐに終わった。
──死屍累累。
その言葉のとおりに周囲には血の匂いが立ち込め、白い装束を赤く染めた死体が周囲に折り重なり、コンクリート地の床は血で染色された。
戦いを終えた『ザ・サード』の面々が見守る中、僕は残った者達……『勇者』大和田が率いる部隊と相対していた。