第83話
更新です('ω')!
サンドイッチ片手に朗らかな表情で昨日も見た女信者に問いかける。
まさか、気づかれてはいないと思っていたのだろう。
六人の男女はぎょっとした雰囲気で僕を……僕だけを見た。
何故なら一緒に居たはずのルーピンの姿は僕の横にはなく、いつの間にか集団の背後で煙草をふかしながら退路を断っていたからである。
その煙のように、気配と姿をくらませるのが得意なのがルーピンという男の技術だ。
「あなたを止めにきたのよ! 調査をやめないというなら痛い目にあってもらうしかないわ」
「それは、あなた個人の判断ですか?『白の教団』としての総意ですか?」
パンくずのついた手を叩きながら女信者に問う。
「宣教師サー・イボロの指示であれば、教団の意思と受け取っていただきます。今、依頼のことについて行わない、という意思表示があれば一ヶ月もすれば塔を登れますよ。考え直す気はありませんか?」
「ありませんね」
僕の返事は即答で、かつ、にべも無かったように思う。
そもそも、そんな選択肢はハナから無かった。
「洗礼を受けた宣教騎士を相手にたった二人で勝てるつもりなの?」
宣教騎士というのはよくわからなかったが、なるほど……女性以外は全員が統一された武装で身を固めている。
僕が思い浮かべる『騎士』とはやや様相が違うが、戦闘員であることは間違いなさそうだ。
「最初に言っておきます。僕に殺意を向けないでください。剣を抜いた瞬間からあなた方は僕の敵になります」
「言わせておけb……ッ」
宣教騎士の一人が剣を抜いた瞬間、彼はそのままの体勢で崩れ落ちた。
その背後、集団のただ中にいつの間にかまぎれていたルーピンが、その男の胸をナイフで刺し貫いたからである。
「一人減ったぜぇ……? オレも坊主と同意見だ。得物を抜くならそれなりの覚悟をしてもらうぜ?」
再びルーピンの姿が掻き消える。
もはや何らかの魔法か加護の類ではないだろうか、とすら思う。
しかし、これは『注意誘導』を極めた結果だとミーネが言っていた。
万物を欺いて自分をあいまいにする、盗賊の極意なのだと。
優れた盗賊は何でも盗む。
──命ですらも。
「ええと、名前を知らないですが、さっきの方? 僕は急いで登る必要があるんですよ。一ヶ月も待ってられません。邪魔をするというなら、それこそあなた方に痛い目を見てもらうことになると思います」
僕の言葉に顔を赤くした女信者は宣教騎士たちに目配せし、手を振り上げた。
一斉に武器を抜き放った男達は、次の瞬間、愚かな自分達を悔いる羽目になった。
この長いかけあいの間に、魔術師たる僕が何も準備しないはずなどないのに。
「……<葬送の棺>」
僕のささやきと同時に、床から黒煙と共にあふれ出した黒い骸骨達が、うめき声を上げながら宣教騎士達にまとわりつき、かじりつき、貫き、組み付く。
まるで地獄から這い上がってきた亡者が、生者の血肉を求めるかのように。
組み付かれた者は、骨同様湧き上がるように出現した漆黒の棺に、悲鳴をあげながら押し込められ、そのまま黒煙と共に床にいずこかへと吸い込まれていった。
「なっ……なにが……!?」
高位黒魔法<葬送の棺>は本来、かなりの儀式と特殊な触媒(大量の人骨である)を必要とする魔法だが、僕は『自傷魔術』を使って、詠唱も儀式も省略または破棄した魔法を発動させた。
悲鳴が消えた後残ったのは雑踏から聞こえる喧騒と、しゃくりあげるように震える女信者の声だけ。
「坊主……えげつない魔法使うねぇ……」
「一番騒ぎにならない魔法ですよ。派手さもないし、毒も火も出ない、血だって殆ど出ません。昨日、冥界に行ったんで思い出した魔法なんですけどね」
いつもの仕草で頭をかきながら、苦笑した顔を女信者に向ける。
選んで殺さなかったわけではない。
ただ単純に絞った魔法範囲から彼女が逸脱していただけの話だ。
「ヒッ! 化け物!」
「失礼な。命のやり取りは僕だってしたかないんですよ。でも殺されるかもしれないと思えば殺すしかないじゃないですか」
女信者を見つめる。
バッソのときは助けた。
今回はどうするか?
「──まだやりますか?」
同様の問いかけをする。
もしかするとこの人だって、よき理解者になるかもしれない。
……しかし、女信者が腰の短剣を抜いた瞬間にその筋はなくなった。
その直後に額に飛来した大振りのナイフが直撃し、頭蓋ごと女信者の命を刈り取った。
ルーピンが投擲したものだ。
「どうして命を粗末にするのかねぇ。オレには理解できねぇよ。好みの女じゃなかったが、女を手にかけるのは……いい感じじゃねぇな」
おそらく魔法道具なのだろう、大型のナイフは独りでにルーピンの手に戻り、ルーピンは血を手ぬぐいでさっとふき取って腰のホルダーに戻した。
「僕だって理解できやしませんよ。人を殺るっていうのは何回やってもいい気分じゃないですね」
「それに慣れはじめたら一回自分を見つめなおすこった」
ルーピンの言葉に、ドキリとする。
人を殺しているというのに、自分がまったく動揺していない事実に、だ。
気分の良し悪しだけが、そこにある。
やってしまったという後悔や、自責の念といった物はまったくなく、ただただ『人を殺した』という事実が、なんとなくの嫌悪感を覚えさせるだけだ。
「僕は、どうしてしまったんでしょうね。もと居た世界では人を殺すなんて考えもしなかったのに」
「いまさら殺したことを考えても仕方ねぇ。この世界じゃ殺らなきゃ殺られるなんてことはよくある。特に最近はな」
ルーピンが肩をぽんぽんと叩く。
「僕の隠し事について、どこまで知ってるんです?」
「何も知らねぇって程じゃないが、ほとんど知らねぇ。ただ、隠してる限りそのことについてオレらはなーんもフォローできねぇ。それが歯がゆいだけだけさ」
「もしかして、ルリエーンのためですか?」
「なんでぇ、ばかやろう。何でそう思う?」
珍しく焦った表情のルーピンが目を逸らす。
「ただのカンです」
いつもの僕の苦笑に、ルーピンは黙って煙草をくゆらせる。
「あいつはなぁ、オレのはじめての弟子なんだよ。んでもって、本人は覚えてねーだろうが、オレとお袋の命の恩人で、オレの初恋の女なのさぁ」
憮然としながらも、どこか達観した表情でルーピンは語る。
かつて子供の頃、森林街道で魔物に襲われていた自分達親子を助けてくれたこと。
駆け出しの頃、町で見かけて恋をしたこと。
そして、『ザ・サード』として旗揚げした頃に、探索者ギルドの新人探索者として指導を頼まれたこと、など。
「さすがに長生きのエルフは俺のことを覚えちゃいなかったけど、オレはルリちゃんを忘れたことなんてぇなかった」
ルーピンが二本目の煙草に火をつけながら遠い目をする。
「そのルリちゃんが久々にあったらションベンくせぇカレシつれてて、二人で塔を登ると。ほっとけるわけねぇだろ?」
そう言ってルーピンは寂しそうな笑顔を見せた。
「だからよ、嫉妬半分、興味半分……お前ぇのことが知りたいのさ。塔を一緒に登れば人となりってのはなんとなくわかるもんだ。でもなぁ、隠してることは隙に繋がるかも知れねぇ、それがルリちゃんの危険に繋がるかも知れねぇと思うとな」
煙を輪にして飛ばしながら、ルーピンは苦笑する。
僕を信用したいが、持ち前の情報収集能力がそれ邪魔をするのだ。
知ってしまうが故に、僕を信用しきれないのだろう。
「わかりました」
僕は、ルーピンに頷く。
「ただ、少し待ってください。まずはルリエーンさんに全て話してから、というのが僕の通す筋と思えます」
ルーピンはただ、頷くと軽く手を振ってその場から煙のように掻き消えた。
その場に残った吸殻だけが煙を天井に立ち上らせて、先ほどまでルーピンがそこにいたことを僕に認識させる。
立ち上る煙を見つつ、僕は全てをルリエーンに明かす覚悟をした。
いかがでしたでしょうか('ω')
ルーピンのバックスタッブは大変に強力です……




