第80話
塔編も折り返しを過ぎましたが、この辺りですこし話が変化します('ω')
辿り着いたトロアナ30階層は、今までとやや様相が違っていた。
天井は非常に高く、巨大な水晶の塊が天井からいくつか突き出ており、そこからは柔らかな光が絶え間なく注がれている。
広さも今までの塔街の五倍以上はあり、通路部分はいつものコンクリートのような床だが、他は土で覆われていて、ところどころに畑も見られる。
背の低い木や、ブドウのような果物が生っている木もあちこちで見られ、それを収穫する農家らしき人影もあった。
街並はどことなく塔都市に似通っていて、背の高い建造物が連なって細い通路や階段をいくつも形成してされており、狭い場所に多くの人が住めるように工夫がなされている。
これは歩き回るだけでちょっとした観光気分だ。
僕たちに課された依頼は『この先の十階層』を調査することである。
塔に入るための条件として課された依頼であるため、先を急ぐ身の上とてないがしろにはできない。
この先、この世界で生きていく……あるいは行動するために冒険者としての信用は最低限保っておかなくてはならない。
どこで足元をすくわれるかわかったもんじゃないし、それが致命的な失敗になる可能性だってある。
それに、もしかするとこの調査の中でアン以外の色鱗竜に会えるかもしれない。
「どうします? まずは冒険者ギルドの支部ですか?」
辺りをきょろきょろと見回しながら、建物の配置を覚える。
この広さでこの入り組み具合だと、気を抜くと迷ってしまいそうだ。
「そうだなぁ……まずは支部に行って依頼受託を伝えたほうがいいんじゃねーか」
「そうねぇ。もしかしたら新情報が出ている可能性もあるし、塔街の情報屋に接触したほうがいいかもしれないわ」
ルーピンとザイゲン、それにミーネは迷うことなく、スタスタと道を歩く。
一度通った道は忘れないのだと、ルーピンが言っていたのを思い出した。
やや、方向音痴の気がある僕にとってはうらやましい限りだ。
「じゃあまずは冒険者ギルド。そんで次に俺とルーピンは探索者ギルドへ。ミーネは情報屋を当たってくれ。ケイブとゴモンは消耗品の買出し、ユウとルリエーンは宿の確保を頼む」
歩きながらザイゲンがさっと指示を出す。
こういうときの取りまとめはザイゲンが行うのが通例らしく、手慣れた様子だ。
しばし歩くと見えてきた、次の階層へと続く登り階段の直近に建てられた二階建ての建物……それが冒険者ギルドだった。
一階部分はカウンターとちょっとした酒場になっていて、塔内とは思えないほど多くの冒険者でごった返していた。
それというのも、ここから先に上がれないため足止めを食っているのだ。
向かった総合受付のカウンターには、元がよくわからない獣人族が座っていた。
爬虫類であろうことはわかるが、ワニなのかトカゲなのか……とにかく、ゴツゴツした鱗に覆われていて、縦長の瞳孔は紫色だった。
「オゥ、ラッシャイ。コノ階カラハ上イケナイヨ」
聞かれ慣れているのか、開口一番にその旨を告げられた。
「ニシシシ。知ってるよ。オレらはその調査依頼を受けて上がってきたのさ」
ルーピンに目配せされ、僕は依頼書の写しを取り出してトカゲ男に手渡す。
受け取ったトカゲ男は大きな目をぎょろぎょろと走らせ、それを僕へと返した。
「確カニ。イツカラ入ル?」
僕に……ではなくルーピンにトカゲ男が訊ねる。
依頼受託者は僕ではあるが、実質的なリーダーはルーピンであろうとアタリをつけたトカゲ男はなかなかに鋭い。
冒険者を相手することになれているんだろう。
「オレはリーダーじゃねぇ。決めるのはコイツだ」
ルーピンはニヤニヤ笑いを浮かべながら、僕の方を指差してみせる。
トカゲ男の表情は読めないが、僕に向き直ったところを見ると、答えを待っているのだろう。
「そう、ですね。では明後日の朝、入ります」
横にいたルリエーンがやや驚いた表情で僕を見る。
僕であれば「明日入ります」と言いそうなものなのに、と思ったに違いない。
そして、そう思ったのはルリエーンだけでなくルーピンたちも同じだったようだ。
「んん~? いいのかよ?」
「今日はここまで上るのに結構かかりましたからね。それにここからは一足飛びとはいかないでしょう? 明日は一日体を休めて万全の準備を整えたほうがいいと思うんですよ。下手すると、ドラゴンと対峙しないといけないかもですし」
ドラゴンの強大さは身に染みて知っている。
それが色鱗竜であれば戦闘は絶対に避けたいところだ。
……とはいえ、状況的に敵対的対峙となる可能性は否めない。
時間稼ぎをするにも、そのあと逃げるにも、やはり体力は必要だ。
「なるほど。ユウの言うことも一理ある。ここは暫定リーダーの提案を受けるべきだな」
「我輩も、ここから先はさらに細心の注意が必要だと思う。ユウの提案に賛成だ」
ザイゲンとケイブが言葉で、そしてゴモンは頷きで同意を示した。
「と、いうことで、明後日の朝にしようと思います」
「ワカッタ」
トカゲ男はなにやら書き付けて僕に頷いてみせる。
「では、明後日に」
ペコリ、と頭を下げて僕はカウンターを後にした。
ルリエーンや『ザ・サード』の面々もそれに続き、ケイブとゴモンは買出しのために市場へ、ミーネは伝手のある情報屋に会うためにそれぞれ散っていく。
残った僕たち四人は今後のことを軽く食事を取りながら決めた。
殆どはルーピンとザイゲンの案を確認するだけであったが。
食事中、幾人かの視線がこちらに注がれたが、特にそれを気にすることはなかった。
このタイミングに登ってくる人間が珍しくないわけがないからだ。
食事を終えて冒険者ギルドの外へと出た僕たちを、追いかけてきた数人の男女が呼び止めた。
いかがでしたでしょうか('ω')